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チャプター3

「……陛下?」

 ツァイネは鋭い瞳で王を見つめ返した。王が何を言っているのか、少しだけ、推し量ろうとした結果である。

 ギルドは国が管理している公的機関である。王が依頼内容を把握しようと思ったら、それは雑作もない。誰が依頼し、どのような内容で、誰が遂行したのか。本来そのような事は王の執務にあってはチェックする事のない些末なものだが、何か事情があれば、話は別である。

 要は、腕っ節の立つ人間が必要、という事なのだろう。分からないのは、その腕前を披露する相手が、人間なのか、獣なのか、はたまたドラゴンなのか、という事だ。

「ツァイネよ、さすがは我が片腕たる親衛隊の人間だった男よ、察しが良いな。おそらく、お前さんが考えている事とそう離れてはおらん」

「じゃあ、南方に行って戦えって事ですね? 確かに、俺たちはドラゴンと相対しました。善戦したと……思います」

 言葉の歯切れの悪さに、ゲートムントも表情が曇る。そうだ、彼ら二人は結局ドラゴンには勝てなかったのだ。謎のドラゴンによる同士討ちで、結果的な勝利を手にしたに過ぎない。だからこそ、武勇伝を語る時でも栄光を口にはしない。

「なんじゃ、その歯切れの悪い言葉は。何かあるのか? ゲートムントと申したか、そなたもその顔、何かあるなら言うてみよ。余からの話が、荷の重たい話かどうかも、それで分かるという物じゃ。ここにはツァイネの同僚だった信頼の置ける物しかおらず、そなたら臣民は余に嘘をつく権利は持っておらん。どうじゃ?」

 王の瞳は優しかった。これが、国の父たる者の威厳であり、器なのだろう。普段はこの事について語る事を戦士の恥と思っているゲートムントが、ついつい口を開いて行く。

「あの時、俺たちはドラゴンをある程度追いつめる事まではしました。でも、とどめを刺したのは、俺たちじゃなかったんです。俺たちは、怒り狂ったドラゴンの攻撃に大きなダメージを受けて、気絶していました」

「では、何者がドラゴンを討伐したというのじゃ。ハインヒュッテのドラゴンと言えば、50年ほど前から国内の危険生物リストに載っておるほどの存在じゃ、そなたら二人で勝てぬと言うものを、何者が討伐したというのじゃ。その相手を、知っておるのか?」

 第三者の介入があって達成された、という話に、思わず王の目が丸くなった。自分の知らない話がある、という驚き以上に、自分の信頼するツァイネを超える実力者がこの国にいる、という事実が大きな驚きをもたらしたのだ。

 これには、周囲に控える親衛隊員も動揺が走る。さすがに、それはざわめきを禁じ得なかった。

「あのツァイネ以上の騎士がいるっていうのか……」

「俺たちだって、こいつの実力には一目置いてるんだぜ?」

「て事は、俺たちもそいつには勝てないって事だろ?」

「あそこのドラゴン、王立討伐隊でも歯が立たなかったってのに……」

 皆一様に疑問と驚きを口にしている。それはそうだろう。親衛隊というのは、王の側でその身の安全を守るのが仕事だ。忠誠心と同じだけ、実力も問われる。中でも年若く小柄なツァイネは、在籍時代から実力を買われ、そのスピードや戦法などが認められていた。それが苦戦したというだけでも恐ろしい話だというのに、まさかその上を行く人間が、少なくとも数ヶ月前にはこの国にいたというのだから、その驚きは当然とも言える。

「静粛に! 貴公ら、王の御前であるぞ。驚きはやむなしだが、もう少し静かにせんか」

 国務大臣の言葉に、ようやく静けさを取り戻す。それほどまでに、この話は大きな衝撃を持っていた。

「して、その者は何者なのじゃ? 可能であれば、ここへ招集したいのじゃが」

「それは……ツァイネ、言ってもいいか?」

「もちろん。ここは王の御前だよ」

 嘘をついてはならない、ごまかしてはならない、そういう場である。という事だ。ゲートムントも、等しくこの国の住人であり、王に忠誠を使う一人である。ツァイネの言葉に、逆らえるはずもない。

「……ドラゴンです」

「なんと! ドラゴンによる同士討ちとでもいうのか!」

 一瞬、それまで黙って話を聞いていたエルリッヒの表情がこわばった。

「そうです。と言っても、俺たちは気絶していましたから、見ていたのは同行の御者ですが」

「そうか……あの土地には、まだドラゴンが棲んでおったのか。しかも、それまでのドラゴンより凶悪というのであれば、また懸念事項が増えるのぅ……しかし、同士討ちとは……」

「いえ、棲んでいるのかどうかは……」

「待ってください!」

 ツァイネの言葉を遮ったのはエルリッヒ。

「おぉ、そなたもおったな。なんじゃ、何かあるのか?」

「……はい。ドラゴン同士の戦いで勝利を収めたというのは事実ですけど、そのドラゴンは、二人には手を出さずにその場を去ったんです。少なくとも、人間に害のある存在と決めるのは、どうかと思います……早計なんじゃないでしょうか」

 王の前、慣れない場所、慎重に言葉を選びながら、話を組み立てて行く。町娘としての屈託のない姿しか知らない二人には、とても新鮮に映った。

 固くなった表情と、胸元で固く組まれた両手から、その緊張が読み取れる。

「それに」

 ツァイネがすかさず助け舟を出す。この場に慣れている自分だけが助けられる。そう思っての事だ。

「なんじゃ? まだあるのか?」

「はい。そのドラゴンは、付近一帯にはいませんでした。どこかへと、飛び去って行ったようでした。恐らく、別の場所に棲息している物と思われます」

 いきなり現れ、ドラゴンを倒し、自分たち人間には目もくれずにいなくなる。誰が聞いても、どう考えても、納得のできる話ではない。普通に考えたら、ツァイネたちはもうこの世にいないはずなのだ。

「そうか、そういう事か」

「……」

 「別の場所に棲息」、という言葉に複雑な思いを禁じ得ないのはエルリッヒ。無理もない。まさか、件のドラゴンが目の前にいるとは、誰が想像しようか。それだけに、もしばれたらと思うと、その身が引き裂かれる思いがした。

「では、質問を変えよう。人間であのドラゴンに最も多くの手傷を負わせたのは、そなたら二人である、という事で間違いはないな?」

「それは、そうですと自負できます。もちろん、装備や爆弾、罠のような道具の力も借りましたが」

「俺も、それだけは誓って言えます。ツァイネとのコンビネーションは、あのドラゴンに大きなダメージを与えました」

 大きな誇りが、瞳に力を与えてくれる。王が見たかったのは、これなのだ。頼もしいこの国の戦士。土地と国を守り、自らの治世に貢献してくれるであろう力。話だけでは、書面上の戦歴だけでは窺い知る事のできない、光。

「そなたらは、余が見込んだ戦士、いや、騎士のようだ」

「光栄にございます!」

「ゲートムント、大げさだよ」

 大きく頭を振って頭を下げたその所作に、思わずツァイネが苦笑い。本来なら、ツァイネがリラックスしすぎているのだが、自分ではその自覚はない。

「よいよい。ゲートムント、顔を上げよ。それでは話が続けられぬではないか。ドラゴンを倒したかどうかという事は、実力を確認するためにした質問でしかないのだ。本題は、ここから先じゃ」

 言われて、二人ははっと気付く。そうだ、南方のリュージュブルクに行って、その実力を発揮してこいという事しか、まだ聞かされていない。剣を振るい槍を振るう相手が何者なのかを聞くのは、まだこれからだった。

「もしかして、戦うのは、ドラゴンなんですか?」

「もしそうだとしたら、いくら俺たちでも……」

 ここへ来て、前回勝ててはいない、という事実が再び首をもたげた。が、王の表情からはそうではないという様子がうかがえた。では、一体何と戦うのか。

「安心せい、ドラゴンと戦うわけではない。あのような大物、そうそうはおらぬでな。じゃが、安心できるわけでもないか。貴公らに戦ってもらいたいのは、いや、倒してもらいたいのは……」

 ごくり、と誰かの喉が鳴った。一同に緊張が走る。

「悪魔だ」


 王の顔は、相変わらず真剣そのものだった。




〜つづく〜

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