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チャプター27

ーリュージュブルクの森・中央付近ー



「おじさーん、かまど作るのこの辺でいいですかー?」

「うん、いいと思うよ。ツァイネ君、テントの設営はどうだい?」

「こっちももうすぐ終わるよー! ゲートムントは荷物の運び出し、大丈夫?」

「おう! こっちもばっちりだ!」

 砦を出て一時間、フェリペの指し示したポイントに辿り着いた一行は、最前線のキャンプに入った。そして、その隅にテントを設営する。普段の野宿とは違い、ここを拠点に何日も過ごす事を考慮している。

「じゃあ、準備はおおむね終了かな? 三人はここの管理の人に挨拶に行くだろう? 私が後を整えておくから、行ってくるといい。馬たちにも、そろそろ美味しい人参を食わせてやりたいしね」

「お、本当か? いつも悪いなあ、おっちゃん。じゃ、行こうぜ。あっちの一番大きなテントがここの監督官のらしい」

「だね。じゃ、行ってきます。何かあったら、迷わず呼んでくださいね」

「き、緊張するなあ」

 口先だけの緊張を口にしたエルリッヒを従え、三人は宿営地の中央、一番大きなテントへと向かった。

 これから数日、厳密にはここにいる面々が勝利するか全滅するまで、ずっと過ごすのだ。挨拶は必要になる。

「あのー」

 ツァイネを先頭にして、遠慮がちにテントをくぐる。

「ん、なんだ?」

 中にいたのは一般の兵士。とても、現場の指揮官には見えない。彼がここのリーダーなのだろうか。

 小さく疑いつつも、話をしてみない事には始まらない。

「ここの監督官ですか?」

「何? 隊長は今外に出ておられる。挨拶なら戻ってからにしてもらおうか。それとも、他に用か? そもそも、お前たちの顔に見覚えなどないが。それに、女などいたか?」

「なっ! 失礼な! ちょっとツァイネ! あの書状貸して!」

 女呼ばわりされた事に機嫌を損ねたエルリッヒが、ツァイネの持つ王からの書状をぶんどった。ツァイネもまた、鎧を身に着けていなければこの程度の扱いなのである。ゲートムントはやぶ蛇になるまいと、ただただ静観している。

「わっ! ちょっと!」

「ほら、これを見てちっとは態度を改めなさい!」

 そうして、王からの書状を突きつけた。怪訝そうな兵士は、無理矢理押し付けられたそれを、いぶかしみながらも読む。

「なんだこれは。何々、紋章が入っているが? こ、これは! 火を噴く双竜の紋章!」

 エルリッヒは今の今まで知らなかったが、それこそ王家の紋章であった。夫婦だろうか、対になった二頭の竜が火を噴いている図案で、まさしく彼女の好きそうなデザインなのである。

「えぇっ? ちょっと見せなさいよ!」

 と、今度は逆に兵士から書状をふんだくった。そして、受け取って以来初めて、この書状に目を通した。

「あぁ! 本当だ! 竜の紋章じゃん……こんなところに……気付かなかったー!」

「え、エルちゃん知らなかったの? まあ、一般人は知らなくてもしょうがないか。でも、竜のものが好きなの? それこそ意外だよ」

「だなあ。そんな事一言も教えてくれなかったのに」

 しまった。これは墓穴を掘っただろうか。竜のモチーフに対するこだわりなんて、今まで確かに話した事はない。でも、竜族だからという事は、ばれないでやり過ごしてこそだ。ここはなんとしてもごまかし切らなければ。

「お、教えるも何も、うちのお店の名前、忘れたの? 後、ゲルプの町の出来事も」

「あ」

「そっか。『竜の紅玉亭』だもんな」

 こういう時のための保険ではなかったが、店の名前が都合よく働いてくれた。自分が竜族であればこそ、店にこのような名前をつけたのだ。それは、怪しまれずにこだわりを主張する一つの道具であった。咄嗟に思い出せてよかったと思う。あれやこれやと言えば、それだけ怪しまれてしまう。

 尤も、目の前にいる人間の娘が、実は竜の王女で、あの時自分たちを救った巨大な竜その人であろうとは、実際に元の姿に戻って見せない限り、恐らく説明しても信じてはもらえないだろうが。

「そういう事。だって、かっこいいじゃん。強いし。二人は、ひどい目に遭ったわけだけどさ」

「あははー、確かにね。ドラゴンにいい思い出はないなあ」

「でもよ、俺たちを助けてくれたのもドラゴンだろ? だったら、差し引きゼロじゃないか? 俺はそんな風に思えて来たけどな」

 これは意外な回答だった。てっきり、天敵のように思われているかと思っていたのに。嬉しい誤算としか言いようがない。

「ゲートムント、ありがとう!」

「い、いやぁ。大した事じゃねーって。ナッハッハッハ!」

「なんでエルちゃんが嬉しそうにお礼を言うの? よくわからないんだけど……」

「な、なあ、話を進めてもいいか? 勝手に隣で盛り上がらないでくれ。それから、お前がその書状を押し付けといてふんだくるって、どういう了見なんだよ。とりあえず、もう一回見せろ。王家の紋章だって所までしか確認してないんだ」

 話の腰を折るように、兵士が割って入って来た。しかし、彼の言い分は尤もである。勝手に話が逸れ、勝手に盛り上がった。面白くないのも、話が進まないのも、どちらも正しかった。

 我に返った三人は、もう一度書状を手渡した。お前呼ばわりされた事は癪に障るが、この態度にいちいち腹を立てていては、恐らくは話はまたも進まなくなってしまう。こちらの身分が分かってから跪かせればいいのだ。

「何々? ふむふむ、なるほど」

 書状に一礼をしてから、中身を読んで行く。王の直筆という事で、所々でありがたそうに目を潤ませながら読むその姿は、一種異様に見えた。忠誠と妄信は違う。だが、その言葉は十分に伝わっているようだった。

 ひとしきり読み終わると、書状はエルリッヒの手に返された。自分が持ってていいものかと思ったが、ここは素直に受け取っておく。そして、ツァイネには渡さない。

「なるほど、お前たちが悪魔退治に追加で遣わされた、という事か。それも、陛下直々に」

「そういう事。そうと分かったらさっさと今までの非礼を詫びなさいよ。こっちは王様に直に会って、直に認められてんだから。それに、このツァイネは優しい顔してるけど、元親衛隊員だぞ? さあ、詫びれ! 失礼な口を利いてごめんなさいと詫びてよね! 女の子に失礼な態度を取ってごめんなさいって!」

 言っている事はむちゃくちゃだったが、確かに筋は通っている。騎士の端くれとして、女呼ばわりやお前呼ばわりは、いかにも礼節に欠ける。それは、詫びるだけのものを持っているのだ。

 兵士は、相手が国王直々の信任である事や、元親衛隊員の仲間である事も鑑み、屈辱を感じながらも従う事にした。

「くっ! も、申し訳ない事をした! これより先の駐屯期間、好きに過ごすがよい! じゃなかった、好きにお過ごしください!」

 文句を言われないうちに言い直す辺りが、彼の性格の律義な一面である。が、これで面目は立った。エルリッヒは満足げな顔に変わる。

「よろしい」

「はぁ。それでは、元親衛隊のツァイネ殿、一応、新規着任の証明として、代表の署名をここに。三人ひとまとめで構わない。隊長へは、こちらから報告しておこう」

「ダンケ、助かる。って、隊長さんてのは、どんな人なんだ? いい人か? それとも、態度のでかい奴なのか? 強いとか偉いとか、その辺はまあ想像するだけでも十分だけど」

 ここの隊長というのが一体誰なのか、気になってしょうがない三人。それはそうだ。これから、その人物に剣を預けるのだから、人格者でなければ困る。

「それは、明日にでも分かる。今日はもう休むといい。毎朝出陣前に朝礼を行っている。君たち三人には、そこに参加して挨拶をしてもらう。これは、新規着任兵の恒例になっているんでな、悪いが避けられない。その時に、隊長と顔を合わせる事になるだろう。明朝、起床ラッパで起きたら、このテントの前に集合してくれ」

「了解。じゃあ、隊長殿によろしく」

「だな」

「さよーならー」

 三者三様の態度でテントを後にした。

「んー、なんか、挨拶とかめんどい事になりそうだね」

「俺は慣れっこだよ? 親衛隊も、結構人の出入りが激しかったから」

「そんな事より、俺は朝早く身支度を整えなきゃならないのが嫌だよ。もっと気楽に行こうぜ? 気楽に」

 口では言うが、決して本気ではないし、二人もそれを分かっていた。ただ、生来の性格がこういう性格なのも、よく分かっていた。

 これには、さすがのツァイネも苦笑いをするしかない。

「あはは。冗談キツいよ。でも、出陣は明日か。今日のんびりできるのはありがたいけど、どんな感じになるのかな」

「俺、組織に組み込まれるのは嫌だぜ? 自由部隊で戦いたいんだけど」

「あははー、分かる分かる。それに、ゲートムントは槍だから、どうしても周りを巻き込んじゃうしね。とりあえず、それは明日分かるんだろうね。だから、まずはおいしいご飯を食べて、のんびり過ごして、しっかり寝る! これだね!」

 あっけらかんとした笑顔に、毎回救われる思いがした。なぜ、これほど危険な場所にいて、周りが殺伐としているのに、こんなに明るく自然な振る舞いでいられるのだろう。王都に来る前の経歴を一切知らないとは言え、もう少しくらい、エルリッヒという娘の素性を知っても、訊いてもいいんじゃないかという思いが、二人の中に芽生えていた。

 それが、恐るべき闇の中に手を突っ込むような行為であったとしても。それでも、「好き」という感情は、本来清濁合わせ飲んで受け入れるものなのだから。

「あ、そういえば!」

「何?」

「なんか思い出した事でも?」

 少しずつ色を変える空を見ながら、エルリッヒが大きな声を出した。突然の事に驚きを隠せない。

「テント、四人で寝るのに狭くない?」

「え!」

「な!」

 そうだ。今の今まで忘れていた。これからの数日間、同じテントに寝るのだ。野営用の設備も最小限に抑えた結果、辛うじて四人が寝る事の出来る広さのテントにとどまった。この狭い中で一緒に寝泊まりするという事を意識すると、途端にドキドキしてくる。

「ど、どうしよう! 誰がどこに眠れば!」

「俺はエルちゃんの隣!」

「うえぇ〜、何だこの二人……」

 無用のもやもやと煩悩を生みつつ、三人はテントに戻って行った。

















「じゃあ、エルちゃんの安全のために私が隣で寝ようね」

 という、御者の申し出が待っているとは露ほどにも知らず。




〜つづく〜

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