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チャプター16

ーゲルプの町 宿屋「ホテル ディー・プリンツェン」ー



 午後、町に着いた一行はまず一番に自警団の事務所に赴き、盗賊団の捕縛と、彼らが装備していた武器の保管をお願いした。何があってもおかしくない状況、まずは武器を奪っておくのが大事だった。

 通報を済ませると、早速宿を取った。街道の通過点であるが、観光地ではないため、連泊する人間は少ない上に、冬はあまり盛んな人の往来がない。ゲートムントたち二人の部屋、エルリッヒの部屋、御者の部屋と、三部屋を確保するのも容易だった。


 男二人が泊まるのはツインの部屋。夕食まではまだ時間があり、エルリッヒの提案により、少しの間休憩がてら自由時間にしよう、という事になっていた。二人は今日の事を話題に盛り上がっていた。中でも一番のトピックは、ツァイネが見せた驚異的な速度についてである。

「なあ、親衛隊ってのはみんなあんなスピードで動けるのか?」

「うん、そうだよ。あの頭が使ってた武器、グリューネ鋼っていう鉱石でできてるんだけど、あれでできた武器はこの国じゃ特産品指定されてるんだよ。だから、陛下を守る親衛隊はあれで武装した相手が襲って来ても鎧を着たまま立ち回れるよう、徹底的なスピード訓練をするんだ。もちろん、それだけじゃないけどね。親衛隊秘伝の剣術なんてのもあるし」

 こともなげに言ってのけるが、それは恐らく壮絶な事だ。簡単な努力で身に付く物ではないだろう。一体、どれほどの訓練を重ねて来たのか。

 しかし、ゲートムントの脳裏に、一つの可能性と疑惑が去来した。

「すげーなー。けどさ、それって、親衛隊がその金属でできた武器で武装したら済むんじゃないか? それに、俺もそれでできた槍を使ったら、あんだけ素早く動けるって事だろ?」

「ま、それはそうなんだけどね。装備者に圧倒的素早さをもたらす不思議な効果だから。でもね、あれでできた武器は、実はそんなに強くないんだ。特殊効果と攻撃力は、別なんだよ。かと言って、腰にぶら下げてるだけじゃ効果は発揮されないし。個人的には、お勧めしないよ」

 これまたこともなげに答える。知識がある、というのはこういう事なのだろうか。いつもながら、助けられるとともに、感心してしまう。自分より年若く、自分より背が低く、自分より温和な性格で、自分より柔和な物腰で、それなのに、自分を遥かに超える知識と、恐るべきスピード、そして比較するのが怖くなる強さを秘めている。

 なんと頼もしい友人だろうか。

「なるほどな。お前の意見は参考になるよ」

「でしょ。切れ味は大した事ないから、例えばこないだのドラゴン相手だと、部位によっては斬り込めずに弾かれちゃう。それじゃ、意味ないからね〜」

 攻撃が弾かれるという事態は、戦闘においてはとても大きな隙であり、一歩間違えば死にすら繋がるミスである。攻撃が通らない事で与えるダメージは減り、弾かれる事で隙が生まれ、より刃こぼれしやすくなる。武器の鋭さや切れ味が悪いという事は、包丁が切れないのとはわけが違うのだった。

「やっぱ、俺にはこれが一番か」

「そういう事。大型の魔物相手に使う武器じゃないよ」

 こういう事を知っているからこそ、落ち着いた対応ができたのだろう。攻撃力、切れ味があまりよくないという事は、攻撃されても大したダメージにならないという事だ。そこまで分かっていての行動だったのだろう。生身で受ければ手痛いダメージも、鎧越しに受けるのであれば、話は別だ。

「さすがに、子分たちが装備してたナイフよりは強いし、直接刺されたり斬られたりしたら、それなりにダメージを受けるし、俺たちの鎧でもあれをへし折るまではいかないんだけどね」

「詳しいなぁ。けど、あの速度は脅威だろ。少なくとも、俺には脅威だったぞ」

 槍の使い手であるゲートムントは、ツァイネに比べて速度は遅い。扱う武器の重さが段違いなのだ。駆け出しの頃は、比較的軽量な、柄が木でできた槍を使っていたが、今はより強力な、全体が金属でできた槍を使っている。これはそれだけ重たい。その代わりに、ツァイネの青い鎧に比べると軽装な鎧を身に纏っているが、その程度で埋められる差ではなく、やはりどちらかと言えばパワータイプ、というのが戦闘スタイルだった。

 それでも、ゲートムントはツァイネの相棒としての訓練を積み、並の槍使いよりも素早く動く。それを自覚しているからこそ、ツァイネ、ひいては親衛隊の面々がどれだけ素早く動けるか、という事を実感できるのである。

「敵に回して一番怖いのって、お前かもな」

「いやいやそんなー。俺なんて、ゲートムントのリーチには全く届かないじゃん。子供の頃だって、何度もいじめっ子から助けてくれたし。それに、俺がゲートムントの敵に回るとしたら……恋争いくらい?」

 ふと呟いて、次の瞬間ゲートムントの表情が険しくなったのを見て、危険を察知した。普段どれだけ仲がよくとも、恋敵には違いないのだ。

「ごめん、この話題はタブーだったね」

「今のところはな。でも、いつか決着はつけるからな」

 こればかりは譲れない。いつまで続くか分からない休戦状態でしかなかった。そして、自分たちに脈がないかもしれないと考え、大きなため息をついた。

「「はぁ〜」」

 そして、窓の外を見て、これまた二人揃って呟いた。

「「がんばろ」」




ーゲルプの町 目抜き通り(無名)ー



 ちょうど同じ頃、エルリッヒは一人ゲルプの町を散策していた。思えば、西からやって来たエルリッヒは南への旅行経験はあまりなかった。この町に来るのも始めだった。観光地ではないという事だが、果たしてどんな物が見られるか。

「ん〜、本当に小さい町なんだ」

 町の規模は小さく、大きな通りにいくつかのお店があり、その脇に居住区があり民家が建っている。が、それだけであり、観光名所は何もなさそうだった。明日も早朝に出発してしまうため、観光するなら今しかないと思って時間を作ったが、ただの宿場町、期待に添う物はなかった。

「こりゃ、宿屋に戻ってのんびりするのがいいかな」

 これからどうしようかと思案していると、ふと小さな路地の一角に、大きな砂時計が置いてあるのが目についた。

「あれは、なんだろう……」

 路地のあるのは居住区、辺りの家に要のある人間しか利用しない路地のはずだ。なぜこんなところに?

 近寄って、じーっと眺めてみる。

「ふわぁ……すごいなぁ」

 日が傾いていたせいか、影になっていたが、それでもそのディテールは十分に見えた。エルリッヒの体よりも大きな器に入り、ゆっくりとこぼれ落ちて行く水色の砂。そして、石材でできている台座には、美しい天使の彫刻が施してあった。

「綺麗……上も……」

 思わず見とれてしまう美しさだったが、上を見上げた瞬間、驚くべき物が目に入って来た。

「なっ! 何、これ……ドラゴン?」

 それは、まさに今羽ばたき空を飛ばんとする、竜の彫刻。台座には天使の彫刻が施してあったが、天部には竜の彫刻が施してあった。

「これは、これはたまらない!」

 ドラゴンであるエルリッヒにとって、竜の彫刻はたまらなかった。雄々しく飛翔せんとする姿、まるで勇ましく雄叫びをしているかのような鋭い表情や口元、今まさに大地を蹴ろうとしているかのような脚、そしてまるで動き出さんばかりに雄弁に勢いを示す尻尾。そのどれもが、見ていて目を奪われるほどの出来映えだった。

「これは素晴らしいわね」

 恐らく、人間でも見惚れてしまうでろうこの作り、ドラゴンのエルリッヒにとっては、尚目を奪われる物だった。

 自身の体がそのまま比較見本になるドラゴンの見識と鑑定眼をして、じっと見入ってしまうほどの出来。気にならないはずがなかった。

「これを誰が……」

 ここに置かれている謂れはもちろん気になるが、それよりも、これほど精巧な彫刻をどうして作る事が出来たのか。どこでドラゴンの姿を見たのか。是非とも作者に話を聞いてみたくなった。

「さーて、どうするかな」

 誰も通らない路地で、腕組みをして首をひねった。




〜つづく〜

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