チャプター15
「ねえ、その装備、どこで手に入れたの? なんで自分だけいいのを身につけてるの?」
ツァイネは武器を納めたまま歩み寄り、話しかけた。その真意は他の誰にも分からない。ただ単純な興味なのか、何かの作戦なのか。しかし、この行動を怪しんだのは頭も同じらしい。明らかに動揺している。
「な、なんだよ、変な奴だな。どこで手に入れたっていいだろ? 俺たちの勝手じゃねーか! それに、頭の俺が一番いい装備で何が悪いんだ。そんなの、当たり前の事じゃねーか」
そう、まさにその通りなのである。そして、他の誰もが、彼の装備品がどんな物であるかなどという事には、微塵の興味も示していない。
もしかして、ツァイネにはそれが特別な装備に見えるのか。それとも、やっぱり何かの作戦なのか。
「こ、こっちに来んじゃねぇ!」
「でも、よく見ないとどんな物か分からないし。その装備、お店で買ったの? それとも、盗品? それとも、どこかの宝箱からでも、手に入れたの?」
小首をかしげ、本当に裏がないような訊き方をしている。ツァイネというのは、時折こういうよくわからない行動に出る事があった。
「それに、いくら子分だからって、こんな貧弱な装備じゃかわいそうだよ。こんなに刃渡りの短いナイフじゃ果物の皮を剥く事しかできない。こんなに粗末な革の鎧じゃ簡単な攻撃しか防げない。俺たちがちょっと力を込めて斬ったら、きっと鎧ごと裂いちゃうよ? さっきだって、できるだけ怪我をさせないよう気絶させるの、苦労したんだ。仮にも他人を襲おうっていう人たちがそれじゃ、いつ返り討ちに遭ってもおかしくないし、いつお縄にされてもおかしくないよ? ていうか、現に俺たち二人にあっさり負けてるし」
「う、うるせぇ! てめー、何が目的だ? 俺のスピードに驚いて、勝てないと思って妙な作戦に出たな?」
まるで相手の事を心配するような事を言い、一歩、また一歩と近付いて行く。武器を納めているとは言え、壮麗な鎧を身に纏った姿は、決して丸腰には見えない。
誰がどう見ても、この青い鎧と頭の着ている鉄の鎧とでは、防御力に大きな差があるという事が理解できる。防御力の差は戦力の決定的差ではないが、それでも、片方が実力者である事は十分に伝わる。
この、柔らかい威圧の中、何をすべきか。頭の中には、一つの答えしかなかった。
「こ、この野郎!」
隙を見つける事はできなかったが、それでも打って出るしかないと、一瞬で距離を詰める。そして、背後に回ろうとした。
「甘いよ」
「なっ!」
まるで頭の動きを察知したかのように、こちらも回り込み、正面に立つ。それは、一瞬の出来事だった。
「ほら、本気だともっと速いんでしょ? 俺の後ろを捕るなら、もっと本気出さないとダメだと思うよ」
「てめー!」
今度は頭がムキになり、尚速い動作で背後に回ろうとする。が、またしてもそれは阻止された。
「お前、ガキのくせにかなり速いみたいだな」
「冗談。俺、まだ本気じゃないよ?」
事実かはったりか、恐ろしいことを言う。すでにゲートムントには目視が精一杯の速度なのだ。一体、この二人はどこまで素早く動けるというのか。
「それに、そんなにガキでもないよっ!」
「はっ! な、なんだって……?」
気付くと、ツァイネは頭の背後に立っていた。いつの間に。
「こう見えても、お酒は飲める年だからね。それより、この武器」
「あ、バカ! この野郎やめろ!」
背後を捕ったのを活かし、頭の右腕をひねり上げた。そして、武器を奪い取ると、それをしばらくの間眺めていた。
「やっぱりだ……」
「な、なんだってんだ!」
明らかな動揺が走る。武器を奪われた焦りよりも、別の何かがあるようだった。
「この武器、やっぱり。これは北方のノルデンベルク地方で作られてる武器だね。ほら、刃の根元にあるこの刻印、これが印。ここに錨のマークが彫られてる」
「だ、だからどうしたってんだ」
何か、精一杯の強がりのように見える。頭の態度には、誰もが興味津々だった。一体、どんな秘密があるのか。
「言っちゃっていいのかな。あそこの武器って、装備者に驚異的な速度をもたらす、不思議な金属でできてる物があるんだよね。例えば……これみたいに」
「なっ! な、なんでそれを!」
そうか、それが秘密だったのか。そして、ツァイネが気になっていたのはそういう事だったのか。一同はここでようやく腑に落ちた。ゲートムントが対応できないほどの速度、そして一人だけ違う武器、頭の明らかな動揺。どれもが、一つの線で結ばれる。
「じゃ、じゃあ、お前もそれを使ってるっていうのか!」
「え? 何の事?」
話はまだ続いていた。今度は、ツァイネの素早さについてである。ゲートムントをして目で追うのが精一杯の速度。幾多の戦場を共に駈け、公私ともに仲のよいゲートムントは気にする事もないが、盗賊には気になって仕方ないのだろう。
「お前のその速度、お前も俺のと同じ、素早くなる武器を使ってるっていうのか!」
「まさか。俺の武器、見てみる? どこにも錨のマークなんてないよ? これは、宮廷騎士団秘伝の武器だからね」
普段あまり人に見せる事はないが、ツァイネの剣には王家の紋が刻まれていた。これこそ、国王がその名に於いて相手の実力と人間を信用した上で下賜した武器だという証である。事実、騎士団を離れる者でも、その理由や素性によっては、与えられた武具は返納の上での退役をしなければならない者がいる。
「宮廷騎士団、秘伝だと?」
「そ。金目の物だと思ったらだめだよ? 普通のお店じゃ、値打ちが付けられないからね。安く買い叩かれて終わりさ。でも、一つだけ教えてあげられるのは、この武器に素早さを向上させる効果なんてないって事。後もう一つ。この鎧も、とても美しくてとても丈夫だけど、重さはちゃんとあるからね。伝説には、着るとむしろ身軽になって素早さの上がる鎧、なんていうものもあるみたいだけど、それは多分、おとぎ話の中の話だろうね。実際、その剣に使われてる金属って、大量に採掘される物じゃないから、鎧を作る事は禁じられてるみたいだし。盾までなんだってさ」
さらりと説明してのけるが、ツァイネが宮廷騎士団として各地に赴き、王城に伝わる知識を学び、ギルド付きになってからも各地を冒険してきて得た知識であり、ここにただの戦士とは違う知性が感じられた。
「くっそ! じゃあ、そのスピードはなんだってんだ!」
「俺の? これは……」
空いている片手で頭の延髄に一撃を加え、気絶させる。そして一言。
「俺の速度は、ただの努力の賜物だよ」
終止、いつも通りの穏やかなツァイネが、一瞬見せたそれは、普段とは少し違うトーンの言葉だった。
「ツァイネ、お前やったな!」
「ホント、偉かったよ〜」
「私も、馬たちと見ていてハラハラしたよ。まさか、特殊な武器だって見抜いていたなんてね」
ツァイネのもとに、三人が駆け寄る。気絶した頭を縛り上げていたツァイネが、笑顔でそれに応じた。
「みんな。見ててくれてありがと。ま、元王宮親衛隊員の俺としては、これくらいやらないと面目が立たないからね」
「いやいやそれにしてもあのスピード。お前があんなに素早く動けるなんて、久しく忘れてたぞ。俺もこの武器使ったら、速く動けるのか?」
「ちょっとゲートムント、やめなよね。それやったら、今度はゲートムントが盗賊じゃん」
「そうだよ? でも、彼らはどうするんだい? このまま放置しておくのか? 放っておいたら危険なようにも思うけどねぇ。誰が助けるか分からないし」
次の目的地に当たるゲルプの町からも、出発地点である王都からも遠いこんなところでは、なかなか取り締まる事もできない。だからといって、馬車に乗る人数ではなく、乗せる気もなく、拘引する事もできない。どうすればいいのか、御者は一人思案していた。
「おじさん、悩む事ないよ。ゲルプの町の自警団に連絡して、しょっぴいてもらうんだよ。彼らは早馬を持ってるから、あっという間にここまで来てくれるはずさ。縄はキツく縛ってるからほどけないだろうし、お互いをバラバラに転がしておけば、目覚めた時もそうやすやすとは助けられないだろうし。一応、この武器だけは先に預かって、向こうで管理してもらおうかと思ってるけどね」
「ツァイネ君、機転が利くねぇ」
「さっすが元親衛隊員。こういう時の対処もお手の物なんだね」
「お、おい。俺の功績はなしか? 俺だって同じ事考えてたんだってば。何もこいつだけが頭がいいわけじゃないんだって!」
二人してツァイネをほめるので、ついついゲートムントがひがみ始めてしまった。どこまで本気かは分からないが、盗賊団を軽々と蹴散らした直後のこの軽いやり取り。彼らは、伊達に王の信任を得ているわけではなかった。
「分かってるよ。ゲートムントも十分すごいって!」
「ああ。私も驚いたよ。二人とも、獅子奮迅の働きだったじゃないか」
「ほんとにそう思ってくれてんの? っとによー」
「はいはい、ひがまないひがまない。さっさとゲルプの町まで行っちゃおう」
街道に、四人の軽快な笑いが響き渡った。
〜つづく〜