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チャプター13

ーサウゼン街道 王都から南に15キロ地点ー



 一行は、ガラガラと馬車に揺られている。御者も、六頭のうち二頭の馬も、前回の旅と同じ顔ぶれだが、今回は六頭立ての豪華な馬車、乗り心地がまるで違う。座席は広くふかふかで、あの時は正面に向かい合うと膝がぶつかりそうなほどの広さしかなかったが、この馬車は違う。内装も豪華だが、床に人が寝られるほどのスペースがあった。こんな馬車まで保有していようとは、この御者が伊達ではない事を思い知らされる。

 サウゼン街道は王都を起点に、そこから南の隣国までを結ぶ、国土の南半部分を貫く街道である。海とは縁のない街道だが、中間地点になだらかな丘陵地帯がある他、途中を何本かの川が走り、いくつかの街は貿易や地場産業でにぎわっていた。

 街道の安全を確保するために、途中の街にはしっかりとした自衛団が組織され、王都からも定期的に治安維持のための討伐隊が派遣されている、国内有数の安全な街道だった。

「ねーえー」

 代わり映えのしない景色に飽きたのか、窓の外を見ていたエルリッヒが、飽き始めた気持ちを吐き出した。

 まだ、出発して一時間ほどしか経っていない。

「何?」

 乗り心地のよさからか、出発してすぐに眠ってしまったゲートムントとは対照的に、しっかりと起きていたツァイネが答えてくれる。

「後どれくらいで着くの〜?」

「えぇっ? エルちゃん、もう飽きたの? リュージュブルクまでは一週間はかかるよ?」

 その言葉に、思わず目を丸くする。

「えぇーーーっっ!!!」

「ちょっと、声大きいよ。ゲートムント起きちゃう」

 ツァイネが慌てて口を塞ぎ、なんとかその場が収まる。

「もがもがっ! ぷはぁ! ちょっと何するの。勝手に!」

「だって、ああでもしなきゃゲートムント起きちゃうって。それより、そんな大きな声を出して、一週間かかるの、知らなかったの?」

 すでに何度も見ているはずの地図を広げ、見せる。国土の中央に位置する王都と、南部国境付近にあるリュージュブルクの町とを結んでみせた。

 そして、今いるところを、大体の景色から割り出し、指差してみせる。

「まだこの変だよ。次の町まで後何時間かってとこだね。お昼過ぎには着くよ」

「えぇっ? まだこんなとこなの? 馬車の速度は変えられないし、もっと早く到着できないの? うーん、じれったいなぁ」

 元の姿に戻って飛べば、これしきの距離あっという間なのに。という考えが一瞬よぎったが、さすがにそうはいかない。この馬車で行かなければならないのだ。事態は急を要するため、これでも速度を出している。その事情を知っている以上、文句を言うのはお門違いである。

 しかし、そうは言ってもじれったい。

「むー」

「ま、大人しく乗ってたらいいよ。ゲートムントみたいに寝てもいいし、のんびり景色を見ててもいいし」

 少なくとも、ツァイネは窓の外の景色を見ていて楽しいのか、ぼーっと眺めている。実際はならず者や魔物が現れないかを見張る、という目的もあるのだが、エルリッヒにそこまでを察する事はできない。

「ん〜……」

 何をして過ごそうかと考えていると、

「すぅ……」

 いつの間にか眠ってしまった。かく言うエルリッヒも、夕べは期待と不安であまり寝付けず、まして今朝は早くに出発したため、睡眠不足だったのだ。

 そんな様子を見て、自然と優しい微笑みが浮かぶツァイネ。好きだからとかかわいいからだとか、そういう事以前に、この安らかな寝顔を見ているだけで幸福感が芽生えていた。

 やはり、これからもこの安らかな寝顔を守って行かなければ。この間のような醜態を晒す事なく、ドラゴン同士の同士討ちという幸運に頼る事なく、自分たちで勝利を収めなければ。そんな決意がわき上がった。




〜二時間後〜



 そろそろお昼ご飯のためにどこかに停まろうと、御者席でツァイネと御者が相談していた時、それは起こった。

「ヒヒーーン!!」

 馬たちの盛大ないななきが響き渡り、大きな振動と共にその走りが止まった。

「っ! なんだ!」

「何!?」

 これには、さすがに寝ていた二人も起き出す。その反応の早さは、さすが冒険者といったところだろうか。エルリッヒも、本来の野性からすれば、これくらいの反応は当然だった。

 一体何が起こったのか。

「二人とも!」

「ツァイネ、何があったんだ? 魔物か?」

「ゲートムント君! 私も何がなんだかさっぱり。ツァイネ君にまずは任せよう」

 ツァイネは馬車から降り、周囲を伺う。鎧も含め丸腰なため、何かがあっては、対処しきれない。できるだけ遠くで状況を把握したいところだ。

「……どうかな」

 街道は一本道で周囲に通行人はいない。茂みはあるが森はない。これだけ見通しのよい場所で、馬たちは何に反応したのか。もちろん、足下にも何もない。

 人間より凶悪な魔物なら、見通せない遠くからでもその気配を察する事ができるかもしれないし、盗賊なら、何かの仕掛けを施しているかもしれない。いずれにしろ、油断はならない。

 念のため、馬の様子も見てみる。すると、

「これは……御者さ〜ん。ちょっと見てもらっていいですか? 馬なんですけど」

「ん、どうした? 馬に何か……これは、石をぶつけられたような怪我をしているな。大した怪我じゃないが、この位置に傷があるとすると……街道の外から狙われたようだ……」

 右側の馬の一頭に、外側からの攻撃による怪我の痕があった。怪我と言っても小さいため、攻撃と言っても御者の見立て通り石を投げられた程度だろうが、どうやら、狙われているらしい。

「こんな事をするのは、人間だ。ゲートムント! 盗賊だ、戦闘準備するよ!」

「そら来た!」

 中にいるゲートムントに向かい、大きな声で叫ぶと、待っていたかのように返事が返って来た。まるで、こういうハプニングを待っていたかのように。

 すぐさま、ドアが開きエルリッヒが出て来た。

「ちょ、ちょっと!」

「ごめん、エルちゃん! 俺たち着替えなきゃならないから!」

 そう、着替えのためにエルリッヒを追い出したのだ。馬車は今、簡易男子更衣室となった。

 危ない外に放り出されたものの、おびえる事なく御者の隣に座る。御者席は位置が高く、見晴らしがよい。普段だったら、どれだけ爽快だろうか。

「エルちゃん、怖くない?」

「ん? 平気だよ。王都に来るまで色んなところで色んな経験してきたし、何よりこの旅には優秀な二人がいるんだから。悪魔退治に行こうって言う連中が、盗賊相手に負けてたら、始めから資格なし、だしね」

 妙なほどの落ち着きには、もちろん自身の「本当はか弱い娘ではない」という戦闘能力にも関係していたが、それ以上に、これまでの人間としての様々な経験と、二人を信じる気持ちが大きかった。

「あの二人、信用されてるんだねぇ」

「そりゃそうでしょ。大事なお客様で、大事な友人で、何より最強の戦士だから!」

 迷いもなく答えたその瞳は、強い輝きを放っていた。あの二人が惚れた光だ。しかし、事態はその二人の登場を待ってはくれなかった。

「この気配! これが、盗賊!」

「もう来たのか!」

 二人の会話を聞いているのかいないのか、遠くの茂みから盗賊とおぼしき人間が現れた。数は十人前後、皆一様に、手にナイフを握っている。

 御者もこういった連中に遭遇した事は何度もあるため、今更驚いたりおびえたりはしないが、緊張は走る。

 額に、一筋の冷や汗が流れた。

「着替えはまだかな」

「そのようだよ。それまで、どうして対処しようかね。エルちゃんも、経験あるって言っていたけど」

 見たところ、エルリッヒも丸腰である。そして、御者は懐にナイフを忍ばせていたが、あくまでも護身用に過ぎない、簡便な物だ。これでは、お互い戦力にはならない。

「へっへっへ、大人しく金目の物を置いて行きな! そうすれば、お前らの命だけは助けてやる!」

 盗賊の一人が、おもむろに話しだした。つまりは、脅しと言う名の交渉である。小柄で細身の男だったが、言う事は一人前の悪党である。

「いやぁ、待て待て。この馬は高く売れるんじゃないか?」

「お前ら、一番高く売るならその娘だろ? 金髪じゃないのは惜しいが、これだけの娘、王都中探したってそうはいねーぜ?」

「へっへっへっへ、じゃあ、丸ごと頂きだな! さあおっさん、さっさと出しな! てめーも、命は惜しいだろう?」

 大柄の盗賊は、下品な仕草でナイフを舐めると、これまた下品な視線を向けて来た。どうやら、エルリッヒの事を品定めしているらしい。

「……最悪」

「ごめんね、エルちゃん。こういういい馬車で走ってると、お金持ちか貴族が乗ってるんだと思って、襲われる事があるんだよ。なんとか、二人の着替えが終わるまでは、持ちこたえないとね」

 盗賊たちもバカではない。馬車の中には貴族か富豪が乗っているのだろうと思っているが、先ほどここで周囲を見聞していた少年がただ者でないという事くらいは、すぐに見抜ける。今馬車の中に戻って行ったという事は、戦闘準備をしている、という事だ。であれば、早めに片をつけないと自分たちが不利になる、とも考えていた。

 もちろん、数が多い以上自分たちが有利に決まっている、と考える者もいたが。

「で、御者さん、どうするの? 何かアイディアでも? 私は丸腰だし、御者さんもそのナイフだけじゃ厳しいでしょ。幸い、馬は売るつもりだから守らなくてもこれ以上怪我は負わなさそうだけど」

「そうなんだよ、そこが問題なんだ。十人ばかしの盗賊を相手に立ち回るのは、ちょっと厳しいね。どうしようか」

 これが現実だった。せめて、あのフライパンだけでもあれば、十分な戦力になったものを。だが、ここで悔いていては仕方ない。何としてでも時間稼ぎのプランを考えださなくては。

 みんなが無事で、自分の正体を気取られず、盗賊たちと渡り合う方法。とても難しい。しかし、一方で何としてでもこの局面を乗り切らなければならない。旅立ち初日にこんなところでつまづくわけにはいかないのだ。

「…………」

 そう思案していると、不思議な事に気付いた。なぜか、盗賊たちが襲ってこない。こちらの様子をうかがうにしては不自然で、かと言って、ゲートムントたちの参戦を待っていては不利になる、という事くらい理解しているはずだ。何故?

「な、なあ」

 盗賊たちの会話が耳に入って来た。小声で話しているのだろうが、人間以上の聴覚を持つエルリッヒには、聞こうと思えば十分に聴こえる音量だ。こういう時、人間の姿をしていても利用できる能力と言うものがとてもありがたい。

「な、なんだよ。どうした?」

「あの女の目……」

「あぁ? 目? ひっ!」

 のっぽの盗賊が、顔を引きつらせた。

「お前も気付いてたのか。さっきから、なんか妙な感じだったんだよ……」

「ただの赤毛の美人じゃなさそうだな」

「用心した方がよさそうだな」

 一歩、盗賊たちが後退した。話を聞いていると、エルリッヒの目が怖い、というような事らしいが、それについて憤るよりも先に、一歩距離を開けさせる事に成功したという事実を喜ばねばならないだろう。

「ちょっと、失礼じゃない? 私の目、そんなに怖いわけ? っとに……」

「……エルちゃん? っ!」

 一瞬、顔を覗き込んだ御者の表情が凍り付いた。

「お、おじさんまでそんな! ね、ねえ、そんなに怖い目をしてる?」

「い、いや、なんていうか……ねぇ。真剣に考えてるから、ついそうなっちゃうんだと思うよ。おじさんは」

 御者はコメントに困り、ついついお茶を濁すに戸惑ってしまった。この娘は、なんという目をするのだろう。遠巻きの盗賊をたじろがせるだけの力、恐ろしさ、それが確かに備わっていた。

 しかし、それを具体的な言葉には表せないでいる。何も、彼のボキャブラリーが少ないという事ではない。言葉では形容しがたい、直感的な恐怖があったのだ。

 一見すると、いつもの見慣れた青い瞳だと言うのに。

「むむむ……」

 目が怖いと言われた。という事は、目つきが悪くなっていたのだろうか。それとも、無意識に見る者を凍り付かせると言い伝えられた、『竜の瞳』が目覚めてしまったのだろうか。凍り付かせると言っても、実際に冷凍する能力があるわけではない。という事は、やはりそういう事なのだろうか。

 いかんいかん、気をつけねば。

「ご、ごめんなさいおじさん。つい怖くなっちゃったみたい」

「い、いや、いいんだよ。それに、盗賊たちもちょっと怖がってくれたみたいだから、結果オーライだしね!」

 この機転と切り替えが、御者がその道のプロとして培って来た能力の一つだ。乗客との円滑な関係のためには、そして円滑な馬車の運用には、必要なのである。

「ありがとう。だけど、せっかく怖がってくれたんだから、おじさんの言う通りだよね。てゆーか、さっさと着替えて出て来なさいよ!」

 ガン! と大きな音がする勢いで馬車を蹴り、催促をする。鎧を着るのが簡単でない事は分かっているが、この状況が危険な事に何も変わりはないのだ。御者はもちろん、エルリッヒとて、ナイフで切られれば怪我をする。竜本来の姿と今の姿では、皮膚の硬さはおろか肉質全体が違う。身体能力は別でも、あくまでも、生身の人間なのだ。

「ちょ、ちょっと、エルちゃん? 馬車を壊さないでくれよ?」

「分かってる。だから十分に手加減してるから。ほら、早く!」

 つい、内弁慶な性格が表に出てくる。本来の力を出してしまわぬよう、細心の注意を計りながらの蹴りだが、大きな音と振動と、十分な催促になっているはずだ。

「エルちゃん! そんなに急かさないでよね。危険な中待たせたのは悪かったけどさ」

「そういうこった。でも、もうこれで大丈夫だ。俺たちが来たからにはな!」

 ようやく、馬車の中から声が聞こえた。着替えが終わったらしい。

「よっと」

 いつも通りの青い鎧に身を包んだツァイネと、竜の鱗を用いた赤い鎧に身を包み、ハインヒュッテの村で購入した、あの黒い槍を手にしたゲートムント。これほど心強い事はない。

「盗賊が、ひぃふぅみぃ……」

「ざっと十人だな。お前ら、覚悟しろよ?」

 立派な鎧姿の二人を見てたじろぐ盗賊に、ゲートムントが強い瞳で睨みつけた。




〜つづく〜

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