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チャプター12

 旅立ちの朝、東から昇る日差しに包まれた店内に視線を送る。

「それじゃ、行ってきます!」

 大きな荷物を提げたエルリッヒが、無人のお店にひとときの別れを告げた。何日かかるか分からないが、別れは別れだ。大事なお店、出発の挨拶だけは欠かさなかった。

「よいしょっと!」

 調理器具に衣類にと、荷物は重たい。しかし、こんなに晴れやかな気持ちでいられるのは何故だろう。危険な悪魔退治に付いて行くというのに、全く恐怖を感じていない。だからか、この大きな荷物も一切重たく感じない。

「んー、軽やか!」

 担ぎ上げた荷物とともに、待ち合わせ場所である、王都の外門へと向かった。




ー王都 城壁外門ー



 王都と外界とを隔てるここは、この街の守りの要である。強固な外壁とともに、屈強な門番が二十四時間寝ずの警備をしている。街の安全の為、この外に出るには許可が必要になる。外からの旅人を自由に受け入れる気風や、貿易での出入りの関係もあり、許可自体は簡単に下りるが、都度門を守る兵に許可証を見せなければならない。

 その中で例外なのが、壁の外が職場となるギルドの兵士だ。彼らだけは、例外的に許可証がいらない。ギルドの登録証があれば、それが通行証となる。しかし、さらなる例外がフォルクローレだった。彼女はギルドの傭兵ではないが、採取には外に出なければならない。地元住人ならではの顔パスで門を通り抜けて行く。時には少々の怪我をする事もあるが、爆弾を片手に外で採取活動に励む姿は、兵士たちをして、自分たちよりも強いのではないかと思わせるだけのインパクトがあった。

 もちろん、その細腕に力があるわけではなく、手にした道具の力がすごいだけなのだが、それを製作し、使用する事も、実力の一つである。

「あの二人は来てるかな」

 外門に到着したエルリッヒは、周囲を探しキョロキョロと歩き回った。まだ誰も起きてこないような早朝、少し早すぎたか。いや、時刻の指定は日の出からすぐという事だ、遅いという事はないだろう。

「う〜ん」

 二人を捜しながら歩いていると、門番の兵士が話しかけて来た。どうやら、こんな早朝に探し人の様子で歩いている事が不自然に目に留まったらしい。

「お嬢さん、どうしたんだい? こんな朝早くに」

「あぁ、門番さん。えっと、ここで待ち合わせしてるんだけど、見当たらなくて」

 兵士はもうすぐ夜警が終わるという事で、若干浮かれ気分になっているようだ。一介の市民に過ぎないエルリッヒに、とても気さくに接してくれる。他の兵士なら、居丈高な様子だったかもしれない。

「こんな朝早くにここで待ち合わせ? て事は、外出だね? 誰か分かる? 俺の知ってる人なら、教えてあげられるけど」

「そっか、門番してると顔が広いんだよね。じゃあ、ギルド所属のゲートムントとツァイネの二人、知らないかな」

 ギルドに登録のある面々と外門の番とは、多かれ少なかれ顔見知りである事が多い。よくよく考えれば、直接尋ねた方が早かった。どうやら、この番兵も二人の事は知っているらしく、明るい表情が一層輝いた。知らない相手からでも、知り合いの名前が出るというのは嬉しいものだ。共通の知人である。友達の友達である。そんな関係は、やはり温かい。

「なんだ、あの二人か! あの二人だったら、ちょっと前に壁の外に行ったけど?」

「へ? 壁の……外?」

 それはどういう事なのだろうか。

「もしかして、待ち合わせって、あの二人? でも、壁の外じゃ危ないし、どういう事かな。お嬢さん、置いて行かれたんじゃない?」

「そ、そんな!」

 もしかして、危ない任務に参加させないためにこっそり置いて行こうという作戦なのか。だとしたら、断じて許せない。この背中に眠る翼をはためかせてでも追いついて、同行してやらなければ。

「お兄さん! 悪いけど、外に出るよ!」

「え? ちょっと! 許可証! 許可証がないと!」

 エルリッヒは慌てて走り出す。番兵から見ても重たそうな大荷物を持って尚、それをもろともしない勢いで。それは、およそ若い娘の持ちうる力ではないように見えた。

「そっか! ほら、これでいいでしょ!」

 と、城で受け取った許可証を見せる。遠目にも、一応はそれが許可証であると分かった。こんなにいい加減な事でいいのだろうかと思うが、この緩さこそがこの国の魅力であり、住み易さの一端だった。

 少なくとも、名前を聞く事すらできなかったエルリッヒが悪人でない事だけは十分に分かったし、許可証が本物なのも見て分かった。門番としては、これだけの事を見抜く目があれば十分なのである。それ以外には、不審者や魔物、それに盗賊などが入って来た時に勝てるだけの強さがあれば、他には何もいらない。もちろん、その強さこそが重要なのだが。

「気をつけなよー! 盗賊や魔物に時間は関係ないからね!」

「ありがとーっ!!」

 門をくぐり、城壁の向こうへと向かうエルリッヒの声は、すでに遠かった。




ー王都 城壁外部ー



「はーっ、どこだ? まだ、そう遠くへは行ってないはず!」

 数ヶ月ぶりに城壁の外に出ると、そこは見渡す限りの平原。やはり、見ていてとても清々しく雄大な気持ちにさせられる。

「んーっ! 気持ちいい〜! すぅ〜……はぁ〜。空気も美味しい!」

 ついつい、二人の捜索を忘れて深呼吸をしてしまう。だが、朝の空気は、それだけのさわやかさがあり、まだ夜露の残る足下の草は、まさに命の輝きそのものだった。

 肺の中いっぱいに、冷たい空気が入る。こうして、大自然の力を取り込むのだ。

「あれ、エルちゃん?」

 人心地付いたところで、聞き覚えのある声に呼ばれた。そうだ、あの二人を捜して、追いつかなければならないのだ。深呼吸をしている暇はない。

「ゲートムント! ツァイネ! あいつら〜! って、あれ? 今の声……」

 駆け出しそうになるそのタイミングで、その必要がない事に気付いた。今声をかけて来たのは、まさしくーー

「ツァイネ!」

「おはよ、エルちゃん」

 そこにいたのは、黒いインナースーツに身を包んだツァイネだった。会いたい人物に、会う事ができた。だが、わき上がる感情は嬉しさではなく喜びではなく、ただ一言、自分を置いて行こうとした事への憤りだった。

「おはようじゃないよ! なんで私を置いて行こうとしたのかな?」

「え? 何の話?」

 当のツァイネは知らぬ顔をしているが、城壁の外にいる以上、置いて行こうとした意思は明白であり、それはエルリッヒの許せるところではなかった。

 顔を合わせた以上同行するが、それとは別に事の次第を確認し、しかと糾弾せねばならない。まずはどちらが言い出した事なのか、ツァイネの尋問からだ。

「とぼけないで。現に私を置いて行こうとしてたじゃん」

「えぇっ? 何の事さ。俺たちここでエルちゃんを待ってただけだよ? ちょっとゲートムントも呼んでくるよ。ゲートムントー!」

 エルリッヒの追及をかわすように、ツァイネは馬車の方へと消える。こんな近くに、こんな立派な馬車が停まっていたなんて。焦ると小さな事にも気付かないものなのかと、少し反省する。が、現れたゲートムントののんきそうな顔に、再び憤りがわき上がって来た。

「あ、ゲートムント!」

「あぁ、エルちゃんおはよう。で、俺たちが置いて行こうとしてるって聞いたんだけど、どういう事?」

 やはり、二人揃って気楽な態度をしている。ばれた以上、素直に言えばいいのだ。怒りもするし責めもするが、絶交するとまでは言わないのだから。いや、嫌われたくないという心理を理解すればこそ、知らぬ存ぜぬを貫き通す事にしているのかもしれないが。

「どういう事もこういう事も、門の近くで探してもいないし、たまたま門番の人に訊いたら外に出たって聞いて、慌てて出て来たんじゃんか! 危ない任務なのはわかるけどさ、無言で置いて行くのはひどくない?」

 怒りとともに、話していて少し悲しくなって来た。なんだろうこの感情は。仲間はずれにされているような感覚だろうか。それとも、その程度にしか思われてなかったという感覚だろうか。

「いやだから、ひどいも何も、元々ここが待ち合わせ場所だったでしょ?」

「うんうん。だからここでずっと待ってたんだよ」

「えっ? だってそんなまさか。外だよ? 危ないよ? 二人はともかく私は……それに、そんな話私聞いてないし」

 二人の言葉に昨日の記憶を探ってみるが、城壁のところで待ち合わせ、としか思い出せない。二人が口裏を合わせているのでなければ、自分の間違いで正しいという事になるのだろうが、はたまた記憶違いなのか、はじめから話を聞いていなかったのか、どちらなのだろう。少しだけ、昨日の自分を叩いてやりたくなった。

「えーっと。思い出せないんだけど」

「えぇっ? 昨日、お城から出る前にそう決めたじゃん。聞いてなかったの?」

「みたいだな、この様子じゃ。エルちゃんらしくないとは思うけど、俺たちの飯を作ってくれるためだけに同行してくれ、なんて言われちゃ、話も耳に入らないかもな。王様の思いつきのせいだなんて、俺たちには言えねーけど」

 ゲートムントの言葉が本心なのか彼なりのフォローなのかは分からない。だが、単純にエルリッヒの不注意という話に持って行かないでくれている事は、感謝すべきかもしれない。恐らく、今回の件はまぎれもなくただの不注意なのだ。元々信用しているとはいえ、口裏を合わせているような気配も、何かしらの目配せをしているような所も見受けられないのだから。

「と、とにかく、誤解が解けてよかったよ。俺たちの無実も証明されたし」

「だな」

「ホント、無駄に怒っちゃってごめんね。この埋め合わせはするから!」

 形式的に、手を合わせて謝罪する。二人も、困りこそすれ言いがかりを付けられた事に怒る様子はない。そんな事で下がるほど、好感度は低くないのだ。

「いやいや、いいって。ねぇ、ゲートムント」

「そうそう。俺たちも、こういう事も考えて中でどっちかが待ってるべきだったしな」

 やっぱり、いい奴だ。この二人を信頼していてよかった。改めてそれを実感する。

「なんだか騒がしいと思ったら、こっちにいたのか。お、エルちゃんも来たね? じゃあ、これで全員揃った、という事だね」

「ん? その声……御者のおじさん!」

 話の腰を折るようにして現れたのは、あの時お世話になった御者だった。あの時とは馬の数と馬車の立派さが違っていたが、今回もお世話になるという事のようだった。

「今回もよろしくね、エルちゃん」

「こちらこそ!」

 さあ、メンバーは揃った。いよいよ旅立ちだ。




〜つづく〜

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