チャプター10
重たい音と甲高い金属音を同時に響かせながら、ゆっくりとドアが開いて行く。
「この奥に……っっ!!」
暗い通路の奥、まばゆい光に思わず目をつぶるが、ゆっくりと目を開けてみると、ろうそくに照らされた薄暗い部屋だった。明るさの差に強い光を感じてしまったのだろう。
この奥に何があるのか。伝説の聖剣でも眠っているのだろうか。許された者にしか売る事の許されない、秘伝の武器でも売っているのだろうか。期待は抑えられない。
「さあ、中へどうぞ」
シスターに促されるまま、部屋を進んで行く。そして、ぐるりと部屋を見回すと、その広さは地上の聖堂のおよそ半分。石牢のように四方は全て石で固められ、壁面の側を燭台が経っている。そして、その中央に何かしらの像が建っていた。騎士の像だろうか。誰もいないのが、却って不気味である。
「……一体、何があるってんだ」
「この像をよく見てください。これは、かつてこの街を救い、王都建設の礎となった聖人、聖ゲオルグの像です」
その名は、この街に生まれた者なら誰でも習い知っている。聖人・聖ゲオルグとは、この土地に巣食っていた魔物を打ち払い、土地を安寧に導いた騎士である。彼のおかげで、この国の第三代国王は気候の安定した国土中央のこの場所に王都を建設、遷都する事ができたとされている。
そして、その像は王都内であれば、いくらかの場所に見る事のできる、特別珍しい物ではない。しかし、この像は違っていた。鎧を身にまとい、剣をかざした騎馬の像となっているが、どうも、この像の身につけている武具は、本物の鎧と剣のようであった。わざわざ、人間が身につけられるものを作った上で像に着せるなどとは、どういうこだわりだろうか。という事は、どういういきさつで建造されたのか。否が応でも、興味が湧いてくる。このような場所に安置されているのも、あるいは武具の盗難を防ぐためかもしれない。
「この像は一体……? 見せるもの、じゃないよな?」
「ええ、もちろん。この鎧、とても美しいと思いませんか?」
少し惚けたように、シスターは像を見つめている。ゲートムントもそれに倣う。確かに、銀色の地金に草紋の浮き彫りと金色の塗装が施された、全身を覆うタイプの鎧だった。ゲートムント自身は、ここまでぴっちりと体を覆う鎧は着ないが、その美しさと質の高さは一目見れば分かる。戦士の鑑定眼は、こういう時にこそ発揮されるのだ。
「現在、知る者はごく一部に限られていますが、この像が身につけている鎧は、聖ゲオルグが身につけていた、本物の鎧なのです」
「えっ」
一瞬、言葉が出てこなかった。実物? 聖ゲオルグと言えば、何百年も昔の聖人である。その鎧の実物がまさか残っていようとは。しかも、これほどの綺麗な状態で。よしんば現存していても、普通は城の宝物庫で保管するべきではないのか。謎は尽きない。
「王城の宝物庫というのは、意外と狙われるものなのです。そして、劣化を防ぐために、この石室には特別な祈りが施してあります。これは、歴代陛下からの勅命という事になっています。聖ゲオルグは、それだけこの国、この街にとって重要な人物ですから」
「なるほどな。で、まさかこれを俺にくれるってわけじゃないよな? いくら陛下の勅命がらみだからって、こんな大事な物を、一時貸すんだって、陛下にしろ議会にしろ、承認は下りないはずだ」
「ええ。ですから、この鎧はお見せするだけです。本題は、こちらの剣です」
先ほどから気になっていたのは、やはり鎧よりも剣だ。ろうそくの明かりを受け、まばゆく光る刀身は、シンプルにして清廉。美しい柄は握りやすさを重視しているのか、しっかりと布が巻かれている。デザインこそシンプルだが、武器としての素性はとても素晴らしいように感じた。
「これは、実はレプリカなのです。本物は、この地に巣食っていた魔物を討伐した際、同時に失われてしまいました」
「へ〜」
レプリカか。それにしても十分に美しく、素晴らしい。こうして同時に保存するくらいだから、これも曰く付きの名剣なのだろうか。
「これ、どういういい武器なんだ?」
「元々聖ゲオルグが使っていた聖剣は、名剣デーモンスレイヤーとして後世に伝説のみが伝わるものですが、これはただのレプリカであり特別な効果はありません。しかし、本物の鎧と共に飾り、保存するための対の武器として、最高の職人が最高の品質で作ったと聞いています。それも、純銀で。そこで、銀製の武器をお求めのあなたには、この剣を託します」
またも、言葉が出なかった。それほどの物を託してくれようとは。シスターの瞳は、何も冗談を言っているようには見えない。という事は、本気という事だ。彼女の一存で、という事はないだろうが、こんな上手い話があっていいのか。
「ありがたい話だけど、いいのか? 俺の事は、さっきの書状で信用してもらうしかないけど、戦いに行くんだぞ? もしかしたら、聖ゲオルグのようにこの剣を失うかもしれない。それでも、いいのか?」
「ええ。ですから、担保として銀貨をいくらか寄付して頂きます。もしこの武器を失ったり損傷させてしまったり、返却できなくなった際には、それを鋳潰して新しく武器を作り直させます」
一見言っている事は正しそうだが、鋳潰すにしても手持ちの銀貨では全額預けても全然足りないだろうし、そもそもこの剣とは純度が全然違うだろう。こんなに割の合わない話でよいのだろうか。
「その蝋印には、それだけの力があるのです。陛下の勅命で、しかるべき、かつてこの教会でも販売していたような、しっかりとした銀製の武器をお求めだというのです。これを託せるのは、あなたしかいません」
「なんか、買いかぶられてる気がするけどな……」
ここまで言われると、少し恐縮してしまう。もっと平凡な、市販品が欲しかったのに。名剣のレプリカなどと、大層すぎやしないか。
そんな事を考えていたら、シスターはふっと微笑み、語りかけてくれた。
「名剣のレプリカは、大きな実戦を経て、レプリカではない、本物の伝説の武器になります」
「シスター、上手い事言うな。じゃ、俺たちがこれを伝説の武器にしてくるか」
シスターの軽妙な冗談に乗ってみる。が、言われてみればそうなのだ。自分たち戦士は、常々歴史に名前の残る伝説の武器をその手にしてみたいと思っている。ぢksぢ、その一方で、その伝説の武器も、はじめは何の事のない武器なのだ。であれば、自分が戦士として実績を残し、伝説を残せば、今使っている武器が、あるいは伝説の武器として後世奉られるかもしれないのだ。
「その意気です。どのような命が下ったのかは分かりませんが、健闘を祈ります」
「ありがとな」
二人は、向かい合って笑顔を交わす。
「それでは、御武運を。念のために、こちらもお持ちください」
あの後、剣は司祭の見守る中、ゲートムント自らが像から引き抜き、司祭たちの祈りとともに、自分と同行のツァイネが使う事を許可された。そして、同様に教会に伝わっている鞘に納められると、安すぎる担保、銀貨五百枚と引き換えに、ゲートムントに手渡された。
シスターから渡されたのは、市販品のナイフが三本。これは三人旅だと教えられての事だ。それと、剣を象ったペンダント。これも、ただのお守りだが、安全祈願という意味だろう。その、気持ちが何よりも嬉しかった。
旅立ちを前にした戦士にとって嬉しいのは、こういう気持ちなのだ。
「ダンケ! じゃあ、頑張ってこれを返しに来られるよう、努力するから。神父様たちにも、よろしく言っといてくれ」
「はい」
こうしてゲートムントは重たい荷物と共に、銀の剣を持って、意気揚々と教会を後にするのだった。
〜つづく〜