ナザレの大工&蛇神さまのお話
ファンタジー要素を深める上で、避けて通れない勇者と魔王の伝説はキリスト教のイエスとユダの物語や旧約・新約聖書にはらむ善悪の矛盾とよく似通っているな・・・と考え、豊かな物語の源泉である民話と対照的なのであえて日本にずっと続いている蛇神信仰と合わせてみました。来年はへび年。神事とさせていただくなら、前厄払いの物語となります。
ナザレの地にイエシュアという若者が住んでおりました。
イエシュアは大工のヨセフの義理の息子で、義父を誇りに思っていました。
ある日イエシュアはヨセフが建てた白い土壁作りの家を見せてもらいました。
すると白い土壁作りの屋根の北東北の角に蛇がとぐろを巻いて寝そべっているのを見つけました。
蛇は今でこそ忌み嫌われる魔性の堕落誘引者に思われていますが、イエシュアがいたころはとても神聖な生き物でした。ヨセフはイエシュアに言いました。
「北東北に蛇がいるのは吉兆だよ。吉兆も難儀なことだ。神聖な食べ物を人に渡そうとしただけなのに人々の口に乗るまやかしの蛇に乗せられて悪者扱いだからなぁ。北東北にいる吉兆は人に付く悪霊・悪魔たちから身を守ってくれるからね」
とある公園が開けたときのこと。蛇神さまはひとびとがこの地で憩うならば良きことと、とてもとてもおよころびになりました。しかし公園はどんどん広くなり、中は堅い堅い土と石で積み上げられた噴水施設なので蛇神さまはえさとなる生き物を必死に探さなくてはなりません。自転車が通ります。ランニングをする人が通ります。はらわたがつぶれて死んでいる蛇神さまをあちこちで見かけたひとびともおられることでしょう。川は埋め立てられ、森は公園通路となり、道路となり、とてもとてもここには住めぬと多くの蛇神さまがお逃げになりました。
公園脇の白き神社のやしろには、数少ない蛇神さまがひとりゆるきゃらの格好でのんびりとくつろいでいるそうです。受験や安産や、いろいろなお願いをしに来はるひとびとがおはりますえ。
お逃げになった・・・亡くなられた蛇神さまたちは、たて髪をはやして怒ることもありますが、いつもはもっと深い深い山の奥におられるそうです。
近況:映画の「レ・ミゼラブル」「宇宙人王さんとの遭遇」「ル・アーブルの靴みがき」は見てみたいな。来年は初のシリーズに挑戦し、システムと格闘しながらディユリオンとシュトランゼの構想を練りながら来年を迎えることと思います。 それでは良いお年をお迎えください。
(といいつつ新作を書くかもしれないけれど)




