禁忌とされた古の術★
ロウの言葉にシェリカも一瞬動きを止めた。
「・・・だぁれぇが、あの変態の『女』ですって!?獄生が何か言ってるのね!?」
『ヒィィッ!お、オニ!』
目を吊り上げて指を指すシェリカに、獄生達もタジタジである。
「私はオルトロスの契約者、シェリカ・ステーラよ!急いでるの。道を開けなさい!!」
強い口調で群がる獄生に命ずるシェリカ。
『チ・・・奴が出てクルと面倒ダナ。』
獄生の群れは散り散りになり、奥へ続く道を開けた。
「契約者って・・・。」
ロウはシェリカに詰め寄ろうとすると、突然足元に違和感を感じた。
「・・・!?何だ?足が・・・。」
自分の意思とは裏腹にまるで動こうとしない左足。
「ロウ、こっち・・・」
振り返って手招きをするシェリカは異変に気付いてロウに駆け寄ると同時に、大きく半身を捩じって右ストレートの体勢をとる。
「はあぁああっ!!」
ーーードスッ!!
鈍い衝撃音が響く。
ロウの足元めがけて繰り出されるパンチが何かにヒットしたようだ。
「わっ!いつの間に獄生が・・・!?」
シェリカはロウの左足を掴んでいた獄生を吹っ飛ばしたのだった。
「獄生この人に手を出したら許さないから!」
周辺に残っていた獄生達が身を潜めるのを確認すると、スカートに付いた土埃をポンと叩き落として立ち上がるシェリカ。
「・・・あ、その。何だ。ありがとな。」
ロウは表情を見られないように左手を軽く口元に置き、目線が合わないように明後日の方向を見ながら礼を言った。
助けて貰った事よりも、シェリカに言われた言葉の方が嬉しいといった様子である。
「ほんとにロウってば、昔っから獄生に好かれやすい体質なんだからぁ。」
冗談でも無い会話を二人は穏やかな空気に変え、更に先に歩を進めた。
こうして共に過ごしてきた時間。
それは間違い無く二人の記憶。
細長い道をほんの少し右手に曲がると開けた空洞があった。
そこには、青白く輝く美しい花を咲かせた満月草の幻想的な空間が広がっていた。
「わあぁ!綺麗っ。満開だよぉ。」
シェリカは嬉しそうに駆け回っては立ち止まり、時折しゃがみ込んで満月草を見つめる。
まるで花から花へと移り気に舞う蝶のようだった。
「・・・ほんとに、シェリカなんだな。」
例えばそれが霊体であったとしても、他の者には見えない存在であっても、シェリカには違いない。
ロウは嬉しそうに満月草を愛でるシェリカを見ながら、ふと考える。
先程シェリカが口にした時間が無いと言う言葉。
あの日から二年。
この世に居られる時間が残り少ないと言う事だろうか。
それに契約者とは一体?
シェリカの未練とは満月草を見る事だったのか?
どれも答えは出ないまま、暫く考えこむ。
外の様子も気になる。
ロウはシェリカに声をかけようと半歩程踏み込んだ。
その時、
ーーー!?
一瞬辺りに閃光が走り、足元に黒く大きな魔術の陣が現れた。
「満月草には悪しきを浄化する効果があると言われてるの。」
「浄化!?それよりこの黒い陣はーーー!」
突然の揺れと重力。
ロウは重力に耐えられず、地面に手足を付いたまま力いっぱいに頭を起こして状況を探る。
「獄より出でよ!死の使い、ザルエラ!」
すると黒い陣の中心から大きな鎌を持った何者かが現れた。
顔は真っ黒のマントに隠れて窺う事は出来ないが、強力な重力の中でも平然としている。
「・・・これは、ーーー鬼術!?」
鬼術は古に存在したと言われる鬼の一族が使用した、異界の者を強引に呼び出す召喚術。
莫大な精神力を必要とし、術者にも様々な代償が必要となる。
その代償は後に『鬼の呪い』と言われ、人が扱うにはあまりにも危険である事から禁忌とされた。
「・・・・さよなら。」
シェリカは真っ直ぐにロウを見つめた。
全身に感じていた重力は一瞬解け、満月草の花が一斉に舞い上がり、甘い香りと淡い光がロウを包み込む。
「シェリカ、何で・・・。」
黒いマントの者が大きく鎌を振りかぶる。
躱そうと思えば躱す事の出来る距離ではあったが、ロウは動く事をしなかった。
振りかぶられた大きな鎌は、ロウを目がけて打ち下ろされた。
体を大きく斬りつけられ、後方に倒れながら自らの体から飛び散る血飛沫が見える。
ーーードスッ・・・。
舞い上がっていた満月草の花が、ふわりと落ちてくる。
淡い光がゆっくりと消え、薄れゆく意識の中でシェリカの声が聞こえた。
「・・・もう、思い残す事は無いわ。後は頼んだわよ、オルトロス。」
誤字訂正しました。