迫る異変と確信
「・・・ロウ?」
不安そうな呼び声に我に返ったロウは、溢れ出る涙を乱暴に腕で拭った。
ゆっくりと流れる厚い雲は過ぎ去り、辺りは柔らかな月明かりに包まれていた。
「そうだ!獄生は・・・!?」
ロウは辺りを荒々しく見渡し、足元の影を見た。
「・・・僕の影?それに、確かに声がしたのに。一体どうなってるんだ?」
先程まであった巨大な影は何処にも見当たらない。
「ロウ?どうしたの?」
「あ、いや。何でもないよ。」
心配そうに声をかけるシェリカに、ロウは何も言えずにいた。
死してなお、姿を現す。
大抵はこの世に未練がある者や、死んだ事に気付いていない者である。
自分の記憶の方が疑わしく思われる程に、はっきりと目に映るシェリカ。
ロウは確かめたかった。
他の者には見えていない存在。
本当にあの時死んだのか。
目の前にいるのは本物の彼女なのか。
確かめる方法はひとつ。
ロウはシェリカの腕を掴んだ。
「ロウ?どうしたの?」
腕を掴むと同時にロウの表情は固まった。
ーーー体温を感じない。
かと言って骸のような冷やかさも無い。
まるで気の塊のようなものに触れている感覚。
それは霊体である事を証明した。
「ごめん。・・・行こうか。満月草探すんだろ?」
「うん!」
そっと手を放して力無げに言葉を返すロウとは反対に、シェリカは光が差すように明るく頷いた。
洞窟の入口まで来るとジメジメとした生温い風が吹く。
薄暗い道に響く一人分の足音に混じって、大量の獄生の声が聞こえてきた。
獄生は人を襲う。
他の国には戦えない者が多いと聞く。
この島に住む者は何処かにいる誰かの為に戦う。
本来は発見次第に滅するのだが、あまりにも数が多い。
以前ここへ来た時に比べて強くなったとは言え、出来れば避けたい戦いだ。
ーーーしかし。
「・・・やるしかないよな。」
ロウは持っていたランプを足元に置き、愛用の棍を低く構える。
「ロウ、ごめんね。付き合って貰っちゃって。」
「ん。問題ないよ。」
ロウの返事を聞くと、シェリカは両手で術を発動する円を描いた。
二人はそっと目を閉じて耳を澄まし、獄生の気配を探った。
10、15?嫌、20体前後だろうか。
反響で正確な数までは読みきる事は出来ないが、相当な数の獄生が目前に迫る。
その時だった。
ーーードーン!!
遠くで物凄い爆発音が聞こえた。
「何だ今の音!?外で何かあったのか!?」
ロウは入口の方向を振り返る。
爆発の衝撃なのか僅かに地面が揺れ、洞窟の石壁を小さな小石がコツコツと音を立てながら転がる。
「ロウ!待って!!時間が・・・時間がないのっ!お願い、早く満月草の所へっ!」
「時間?どういう事だよっ?」
ロウは再び向き直り、襲い来るであろう獄生に備えた。
「ロウ。二年前の事覚えてる?」
「・・・!?シェリカ、やっぱり知って・・・?」
ロウは確信した。
やはりシェリカは何か未練があってこの世に留まっていたのだと。
「ここからじゃ暗くて見えないけど、奥の二又の道。右に進むと満月草の咲く空洞があるの。」
「満月草のある場所まで知ってたのかよ。・・・ったく、何か全然分かんないけど分かったよ。とりあえずこいつ等片付けるか。」
ーーードーンッ!!
更に外では爆発音が続いている。
ロウは村の者達の無事を案じながらも、目の前に現れた獄生に渾身の一撃を繰り出した。
更に数を増して現れる獄生。
倒す毎にスピードに乗ってロウの棍術の技にキレがでてくる。
一撃で獄生の体を貫く程の威力。
獄生の血飛沫が石壁に張り付いては流れ落ち、辺りはまるで残忍な殺人現場と化していた。
『ガアァアッ!・・ん・げんっ!人間ん!』
『ヨコセ・・・体を・・ヨコセェェ!』
『嫌だァ・・戻リタクナイ!・・・アッチの世界には・・・!』
「大気に宿りし数多の水よ!刃となりて敵を打て!水刃乱舞!!」
空中に描いた円陣から練り出される水の刃。
獄生を数体切り刻んで大気に還っていく。
「うーん。やっぱり単独の魔術じゃ決定打に欠けるわね。」
「相変わらず自分に厳しい事で。シェリカはアタッカーとサポーターの合技が好きだからなぁ。」
ロウは棍を自分の肩にトンと乗せて、やれやれと反対の手で頭を掻く。
この島の環境、戦いの中で血に染まり育った者。
一見戦いとは掛け離れたような容姿のシェリカもまた、紅戦鬼と呼ばれる一人だ。
はたから見れば十分な威力なのだが、一撃で決まらないのが不満だったのだろう。
『何ナンダ・・・コイツら。』
『オ、オイ・・・。良く見タラこの女は・・。』
『アア、間違いナイ。コノ女ァ、オルトロスの女じゃネェか!』
ふと聞こえた獄生の言葉に、ロウは動きを止めた。
「・・・オルトロスの・・・『女』?」
誤字訂正しました。