記憶に眠る現実
二年前。
その日も今夜のように禁を犯して僕達二人は洞窟に入った。
当時これまでに感じた事の無いような殺気と、蠢く獄生に心底恐怖したものだ。
興味本位で入った洞窟は正に地獄絵図。
僕は逃げる事に必死で、その時の記憶はほとんど無い。
目が覚めた時には相当な傷を負って布団の中だった。
ずっと付き添ってくれた様子のシェリカは幸いにも怪我をしておらず、心配そうに見守ってくれていた。
シェリカのじいさんが駆けつけて助け出してくれたようだったが、何か違和感を感じていた。
あの違和感は何なのか。
封印されていた苦い記憶が少しずつ思い出される。
確か、逃げ道を獄生に塞がれて、シェリカを守りながら一体ずつ倒して・・・
やっと洞窟の外に出られそうって時に、腕の長い巨大なやつに不意をつかれて・・・
その時にシェリカが・・・。
その続きがどうしても思い出せない。
何にしてもあの時とは比べ物にならない位僕達は強くなった。
毎日基礎トレーニング、実践、技の研究。
ただ強くなる為に。
何でそんなに強くなりたいと思ったのか。
そんなの決まってる。
もう二度と悲しい思いをしたくないからだ。
・・・・あれ?
おかしい。
二度と?・・・悲しい思い?
母さんが死んだ時か?いや、もっと最近に・・・?
『・・・オモイ・・ダ・・セ・・。』
何処からか声が聞こえる。
ずっと近くにいる。
聞き覚えのある声だ。
『お前・・・本当は・・・てる・・だ・・』
何だ?何を言ってるんだ?
よく聞き取れない。
いや、聞きたくないような。
「・・・誰だ?」
僕は何処にいるかも分からない、声の主に問う。
シェリカが心配そうに近付いて来る。
来ちゃダメだ。
そんな予感が、胸さわぎが止まらない。
『お前、本当は聞こえてるんだろぉお?オレ達の声がぁあっっ!』
ーーー獄生!?
立ち入り禁止の古い木製看板。
その奥に顔を覗かせる洞窟の入口。
厚い雲に覆われる月。
用意していたランプの灯火は一瞬風に煽られて揺らめく。
そして、厚い雲の切れ目に差す月明かりは、僕の影を映し出した。
「な、何だ!?この影はあの時の・・・!」
長い手に見覚えのある巨躯。
僕は改めて自らの手足を確認した。
ーーー大丈夫だ。
ちゃんと、自分の身体だ。
けれど足元に繋がった影は別モノ。
「シェリカっ!来るな!!」
咄嗟に叫んだ言葉は、ずっと心の奥に閉じ込めていた記憶を呼び起こすには、十分な鍵となった。
鮮明に脳裏に蘇る音の無い映像。
一コマずつ凄まじい勢いでフラッシュする。
固まった表情に、無意識に出た涙が頬を伝うのを感じた。
認めたく無かった。
だってこんなにもハッキリとそこに存在しているじゃないか。
話だってするし、触れる事も出来る。
「シェリカ・・・。お前は、あの時死んだんだな。僕を庇って・・・。」
そうだ。
僕はもうずっと小さな頃から極生の声を聞いたり、霊体を実体として見たり、触れる事さえも出来たけど。
それは僕にとっては当たり前の日常で、特別な力だなんて思っていなかった。
この島には大量の人成らざる者が蠢いている。
そんな話をすればたちまち気味悪がられた。
けど、シェリカだけは僕の話を信じてくれて、それでも変わらずに接してくれたんだ。
冗談は辞めてくれ。
じいさんが真面目な顔で答えた。
そりゃそうだよ。
大事にしてた孫娘は死んだんだ。
祝言?さぞや楽しみにしていた事だろう。
シェリカの晴れ姿。
シェリカじゃないのか。
僕の子供じみた些細な抵抗は、まるでただの嫌がらせじゃないか。
本当に「悪い冗談」だ。
ごめん、じいさん。
それから、姉ちゃんっ子だったナギ。
ーーーシェリカは僕が殺したんだ。
そういえば、目が覚めた時。
シェリカはあの闘いの後なのに、怪我してる様子もなかった。
それからじいさん。
シェリカもいたのに、声もかけなかった。
そうだよ。
じいさんには見えて無かったんだ。
シェリカの埋葬には立ちあってない。
ずっと逃げてた。
認めたく無かったんだ。
この現実をーーー。
思い返してはまた涙が溢れる。
誤字を訂正しました。