最期の夜 ★
月明かりの眩しい深夜2時。
ふと目を覚ましたロウは喉の渇きを感じて水を飲みに起き上がる。
「・・・いつの間にか眠ってたのか。」
物音ひとつ無い静かな夜。
獄生の気配も感じない。
飲み干したカップを置くと、夕刻に聞いた祝言の話を思い出す。
「・・・なんだ、シェリカじゃないのか。」
「冗談は辞めてくれ。」
思わず漏らした言葉は小さな抵抗だったかもしれない。
返ってきたリスターの言葉が耳に焼き付いて離れないでいた。
「冗談?僕じゃ役不足って事かよ。」
なかなか寝付けず、闇を照らす満月に誘われるかのように、フラリと屋根に上がってはぼんやりと月を眺める。
「シェリカが知ったらどんな顔するかな・・・。」
曇った表情で考える事はシェリカの事だった。
「何してるの?こんな所で。」
突然声をかけられ、目を丸くして振り返ると
シェリカが立っていた。
「シェリカ!?お前こそこんな時間に何してるんだよ。」
ロウは驚きを隠すように聞き返した。
「満月草を探してたらロウが見えたから。」
そう言って優しく微笑むシェリカを背に、頭から離れないリスターの言葉がまた思い出された。
何故か胸が痛む。
「満月草は洞窟に行かないと見られないよ。」
満月の夜にしか咲かない花。
薄暗く湿気の多い場所で、一定の周期で美しい花を咲かす。
その周期が満月の日と重なる為、満月草と呼ばれているらしい。
全ては花が好きなシェリカから聞き学んだ知識だった。
「洞窟は獄生の巣だ。一人で行くなよ。」
「分かってます。・・・ロウ。最近調子はどう?」
シェリカはロウの横に座ると俯いたまま尋ねた。
「相変わらずだよ。なんだよ、急に。」
もしかしたら祝言の話を何処からか聞いたのかもしれない。
どちらにしても近いうちに知れる事。
ロウは自分から祝言の話を切り出した。
「明後日の成人の儀に祝言を挙げる事になった。相手は・・・」
「ロウが・・・祝言っ?」
話を遮って覗き込むように身を乗り出すシェリカ。
ーーー近い。
思わず赤面して言葉に詰まっていると、シェリカがサッと立ち上がり、両手を組んでは満月を見つめ、眼を輝かせていた。
「素敵っ!!」
「・・・・。」
予想に反した反応に少し肩を落とすロウ。
「それで?どんな人なの?」
「島の外れの集落に住んでるらしい、見たこともない女。」
嬉々として聞いてくるシェリカに、淡々と後にリスターから聞いた情報を伝える。
「そっかあ。うん。楽しみだね。」
「それだけ?もっと、こう・・・「私、寂しい」とかないのかねぇ。」
ロウはシェリカの口真似をしてみせた。
クスクスと笑うシェリカを横目に、力なくゴロンと屋根に寝転ぶ。
シェリカはいつも笑顔を絶やさず、何にでも一生懸命で明るくて強く誇り高い。
ほんの少しでいい。
そんなシェリカの悲しむ顔が見たかった。
それが本音だった。
いつの頃からか芽生えた感情に終止符を打つ時が来たのだ。
「ロウ。おめでとう。・・・幸せになってね。」
「・・・サンキュ。」
ありがとう。
心にもない言葉。
シェリカには・・・シェリカにだけは、幸せになってね、なんてありふれた言葉言われたく無かった。
嫉妬でもしてくれれば、納得のいかない祝言でも心は晴れたかもしれない。
届かない想いも少しは報われたかもしれない。
本当に届いて無い?
僕はずっと前からーーー。
穏やかな風。
優しい月明かり。
二人は静かに村を見渡した。
この日がこの村の最期となる事を知らずに。