慣わしと思い人
修繕を終えたロウは小屋に入ると、壊れたテーブルの代わりに置かれている木箱に目をやった。
木箱の上には淹れたてと思われるコーヒーが用意してある。
「ロウ、お疲れさん〜。いやぁほんとに器用で助かるよ〜。」
気の抜けた声でハルトが声をかけた。
「父さん、あんまり危ない物その辺に置いとかないでよ。」
「ごめんごめん。置く場所に困ってね。リスターさん、どうもお待たせしました。」
話を逸らすかのように奥の部屋にいるリスターに声をかけるハルト。
「なんじゃ。てっきり獄生にやられたのかと思っとったんじゃが・・・。薬剤の管理ぐらいしっかりやらんか。」
「はは。すみません〜。」
ナギを連れて奥の部屋から出てくるなり、ハルトを叱るリスター。
ロウは幼い頃に母を亡くしている。
こんな時に小言のひとつでも言ってくれる存在がある事は、ロウにとって頼もしい事この上なかった。
それぞれが机代わりの木箱周辺に楽に腰を下ろすと、リスターは早速と言わんばかりに用件を話し出した。
「ロウよ、お前さんも早いもんで間もなく15の歳じゃ。この島に住む者の務めは分かっておるな?」
「この世に在らざる生物「獄生」の殲滅。だろ?」
ロウは得意げに答え、リスターは小さく頷いた。
「しかし村の現状を見ての通り、戦いにおいて死者も多く、獄生と満足に戦える若い者も少なくなってきた。そこで、じゃ。」
リスターは持っていたコーヒーカップを木箱の上に置いて、真っ直ぐにロウを見た。
真剣な眼差しに口に注がれたコーヒーを飲み込むのも忘れ、動きを止めるロウ。
「・・・お前さん、成人の儀と共に祝言を挙げい。」
ブーーーッッ!!
ロウは口に含まれたままだったコーヒーを一気に噴き出した。
「な、な、何をっ、そんな。唐突な!」
思いもよらぬ話に、噴き出したコーヒーを拭くのも忘れ、絵に書いた様な動揺を見せた。
祝言ーーーつまり結婚。
この島の住人は日々戦いと隣合わせの為、より強い能力を持った子孫を残す事を望まれる。
互いの能力や相性によって、生涯を共にする者を決められる戦略婚が一般的だった。
「ちょっと待って下さい。私はロウの父親として納得できませんよ!まだ早過ぎる。それに・・・!」
「悪いが、これはこの島に産まれ育った者の問題じゃ。他所の者は口出し無用じゃ!」
「・・・っ!」
珍しく眉間に深いシワを刻み、出てこようとする言葉を抑えるハルト。
彼は元々はずっと東の小さな島国で暮らしていた。
医療の研究の為旅に出たが、嵐に巻き込まれ辿り着いたのが、この鬼ヶ島と呼ばれる島だったのだ。
郷に入っては郷に従え。
ハルトは独自の文化に口を挟むような事はしないと口を閉ざす。
他所の者がこの島に住みついたという話は、後にも先にもハルトだけであった。
「ハルおじさんとアリシアさんは、この島では異例の恋愛結婚だったんだよね。興味深いなぁ。」
黙々とロウが噴き出したコーヒーを片付けながらナギは、今までに読んできた本の物語と重ね、想像を膨らませた。
ナギはとても勤勉で努力家である。
さすがはリスターの孫、そしてシェリカの弟といった所だろうか。
「父さん、いいんだ。じいさんの言ってる事も分かってるつもりだ。・・・で、肝心の祝言の相手は?」
ロウは落ち着きを取り戻して座り直した。
大人ぶって聞き分けの良いフリをしていたが、ロウは祝言の相手にわずかな期待を持っていた。
歳も近く、戦いにおいて相性も良い。
そんな女性はロウの中では決まっていたのだ。
シェリカしかいないはずだ、と。
「打撃系のお前さんには良い組み合わせじゃ。とにかく写真を用意したから見てみろ。」
差し出された二つ折りの台紙を受け取ると、
緊張する両手でゆっくりと開く。
「・・・・。」
ロウは沈黙した。
ーーー現実とは所詮こんなものだろう。
開かれた写真に映っていたのは、シェリカではなかった。