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紅戦鬼と地獄の門番  作者: 逢沢くいな
第一章 かの地に舞った紅の蝶
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黄泉より還りし魂の化身

「身体を借りるだと?」

ロウは受け止めた拳を払い除けて、態勢を整えた。

薄暗い洞窟内に、再び青白い鬼火が二つ、三つ…揺らめきながら淡く灯る。


「俺は神につくられた、地獄と地上の狭間に住む門番。地獄に魂を導き、逃げ出そうとする者には制裁を与える者。肉体は残念ながら持ち合わせていない。地上で自由に動くには同化出来る身体が必要だ。」


オルトロスはひと呼吸置いて言う。


「俺と契約を交わせ。」


文脈からオルトロスのやろうとしている事を察する事は出来た。 地上に出向いてやりたい事がある、そういった事だろう。

しかし、どんな理由があったとしても身体を自由に使われるのはごめんだ。

ロウは、臆する事無くオルトロスに言葉を返した。


「…嫌に決まってるだろ。何を企んでる?」


一瞬鬼火が消えかかり辺りは闇に包まれたが、両者は動じる事無く続ける。


「企む?人聞き悪いなぁ。世界を救う為だよ。…クククッ」

オルトロスはふと笑みを浮かべてロウを見た。

「世界を救う?僕はそんな大層な事に興味は無い。ただ、強くなって守りたいものが守れたら、それで…良かったんだ。」

オルトロスの視線から目を逸らし、俯いたロウの脳裏にはシェリカの満面の笑顔が浮かんだ。


「よし、じゃあ契約成立って事だな!」


オルトロスは両手をパンッと合わせて明るい表情を見せた。


「ちょっ、あ、あんた!人の話聞いて…そもそも何で僕なんだ。他にもっ…」

「お前は生まれつき霊体が見えたり、獄生やつらの声を聞いたり出来た。更には霊体の分際で俺の拳を受け止めやがった。理由はそれで十分だろ。」

「十分じゃないっ!くそっ…何だってこんな事に…!」

ロウは苛立ちを募らせ硬く拳を握った。


その様子を見たオルトロスがやれやれと言わんばかりに頭を掻きながら言う。


「二年前にお前は此処に来たな?その時地獄から逃げ出した獄生ごくしょうに取り憑かれた。」

「…取り憑かれた?僕が?」

ロウは記憶を辿ってこれまでの出来事を思い返してみる。

二年前と言えばシェリカと此処に来た時だ。

うすうすと感じていた違和感。

此処に入る前に見た影の正体。

思い当たる事が無いわけでは無い。


「まぁ、聞け。毎日大量の魂が此処にやって来る。この数年は特に、だ。さすがの俺でも逃げ出そうとする者全てを捕らえる事は出来ねぇ。」


確かに村には以前にも増して獄生が姿を見せていた。一人でどうにかなる数ではない。

ずっと引っかかっていたシェリカの言葉…オルトロスの契約者。


「…なるほどな、それをシェリカに手伝わせてるんだな?」


鋭い返答に驚くオルトロスは言葉を詰まらせて続ける。

「ま…まぁ、そういう事だ。只のアホじゃ無さそうで助かるわ。」


獄生が人間に取り憑いた場合、次第に自我を奪われ元の人格には戻れない。

獄生は地獄から逃げ出した怨みや憎しみを持つ人間の魂の化身。


人間に取り憑き再び生身の身体を手に入れる事を『黄泉還よみがえり』等と言う者もいる。


肉体と分離した魂。

シェリカが言っていた『時間が無い』という言葉に『悪しきを浄化する満月草』ーーー。


「お前の魂を肉体に返そう。それがあの女との契約の条件だ。」

「なっ…!それって…!」

一度死ぬ事で身体から魂を引き剥がし、身体を放棄した獄生を浄化して、彷徨う本体の魂を元の身体に戻す。


ロウは改めて自分がシェリカに救われた事を悟った。


「さてと。魂は戻してやる。…が、お前にやって貰いたい事がある。」

オルトロスは両手を胸元で合わせると素早く『印』を組んだ。

足元に瞬時に現れた黒い円陣。

「コレは…!!」

見覚えのあるその陣はシェリカが使った鬼術と酷似していた。


「さぁ、契約の時だ。お前はその陣の中心に立って俺の言葉を黙って聞け。」

「ちょっと待て!そもそも契約って何だよ!?」

「お前は力を手に入れる変わりに俺に身体を貸す。しかも!生身の身体に帰れるオプション付だ。」

オルトロスは人差し指を立ててお得感満載に言ってみた。


「それ、結局は黄泉還りってやつじゃ…?獄生から救われてもあんたに取り憑かれたんじゃ意味がないだろ。断固拒否だな。」


ロウは立てられた人差し指をパシッと手の甲ではたくと、話にならないと言わんばかりにそっぽを向いた。


「ククッ…それは少し違うぞ?身体を借りるのも少しの間だけだし、お前の意識は当然残る。更には人間が欲して止まないものが手に入る。」


「欲して止まないもの?」


しばし考えてはみたものの、なかなかその答えは出てこなかった。

時間が惜しいとばかりにオルトロスがその答えを口にする。


「不老不死の身体と不治の妙薬だ。」


普段ならバカバカしいと流してしまう話なのだが、この時は違った。

ましてや『不治の妙薬』に関しては、父であるハルトの研究テーマでもあった為いくつかの書物を実際に見た事がある。

鬼の持つそのつのを煎じて飲めば、どんな万病でも治り、その角を巡って多くの者が戦場に血を流したと記述されていた。

しかし、どの書物にも詳しい詳細は書かれておらず、実際にそんな薬があったのかも疑わしく思える内容だった。


「本当にそんなものが…?」

ロウが呟くよりも早く、オルトロスは自身の頭部にある角を指差した。

「…確かに『鬼』の角だな…。」

オルトロスの正体を知らぬ者は、鬼だ物の怪だのと言ったであろう。


それが事実ならまた疑問は増える。


「…お前、そろそろ肉体に戻らねぇと取り返しがつかなくなるぞ?」

「だから、僕は不老不死だの妙薬だのには興味ないんだよ。なんであんたの好き勝手にされなきゃならない?」

「たくっ!頑固だな、お前は!」

オルトロスがパチンと指を鳴らしと、ガラガラと何かガラスのような物が砕け落ちる音が聞こえた。

「何だこの音?何が起こって…?」

変わらない洞窟内。

だが、音が鳴り止んだかと思うと、獄生が何やら驚いた様子でこちらを見ている事に気付く。

「いつの間に!?…いや、元々そこらに居たって事か。」

「その通り。落ち着いて話そうと思って防護壁張ってたんだが…。来たな。」


オルトロスの視線の先を追うと、ひらひらと一羽の美しい紅色の蝶が舞っている。

オルトロスは近付いて来る蝶に手をかざし、瞳を閉じた。

(一体何をやってるんだ?)


「…ふん。なるほどな、お前はそんなに険しい旅にはならないだろう。十二番の扉な。迷わず進めよ。」


オルトロスはそう呟くと、首に下げられた鍵の様なものを奥の空間に向け、そっと手首を傾けた。

すると、空間に僅かな歪みができ、歪みの中から褐色の巨大な門が現れた。

一羽の蝶はクルリと身を翻し、門の手前まで来ると人の形へ姿を変えた。


「な…なんで…?どういう事だ、オルトロス!!」


ロウは血相を変えてオルトロスに掴みかかった。


「おま、落ち着…ッ!」

「落ち着いていられるか!アレは…あの後ろ姿は…!」


オルトロスは掴まれた腕を振り払うかのようにロウを引き離した。

それと同時にロウは慌てて閉じかけた門に向かって駆け出す。


「父さん!?待って…!待ってくれ!何処どこ行くつもりだよっ!!父さんー!!」


ロウが呼び掛けると、その人物は振り返り優しい笑みを浮かべる。

その人物はロウの父、ハルトに間違いなかった。


「一体何処に行くつもりなんだよ、父…さん。」


ゆっくりと扉は閉じられ、再び歪んだ空間の中へと門は消えた。




ーーー何処へ?


その答えはもう知っている。











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