地獄の門番・オルトロス
鳴り止まぬ爆発音が洞窟内に響く。
僅かに振動が地を伝うが、敷き詰められた石の壁は動じる事無くこの空間を見守った。
「…地獄?此処が…。」
「正確に言うと地獄の手前の空間だけどな。」
ロウはゴクリと唾を呑み、ゆっくりと歩み寄る異形の者に、無意識に半歩程下がった。
すると、足元に何かが転がっている事に気付く。
「な、これって……!」
血まみれで横たわるソレは紛れも無くロウの身体であった。
「へぇ、シェリカの奴。上手くやったな。」
異形の者は横たわるロウの体をまじまじと見つめては、薄く笑みを浮かべていた。
「…シェリカだって?」
ロウは異形の者を鋭く睨みつけた。
白髪に朱混じりの長い髪。頬や腕に這うように描かれた痣のような青紫の線。百八十程あるであろう身丈に、比較的華奢に見える体格。切れ長に金色の瞳は何処か冷たい印象を与えた。何より特徴的なのは人間には無い、頭部より生えた二本のツノ。
ロウは異形の者の持つ気配に言葉を忘れて立ち尽くしていた。
「お前が『ロウ』だな?俺は地獄の門の番人、オルトロスだ。」
「門の番人…?オルトロス?」
ロウは、ふとシェリカと獄生の会話を思い出した。
(オルトロスの契約者。シェリカは確かにそう言ってた…)
ふわりと舞うようにロウに近付いては、その容姿を頭から足の先までマジマジと見つめるオルトロス。
「その髪の色。お前この土地の者じゃないのか?人間達が紅戦鬼と呼ぶ者は皆金色の髪のハズ。老いて色が抜けていくのは知っているが…。」
「やけに詳しいんだな。僕の父親は東の島国の者だ。僕には違う民族の血が流れてる。」
ロウは投げやりに言葉を吐き捨て、血溜まりの中に横たわる自分の身体に目を向けた。
普段から霊体を見る事が出来たロウは、自分が正にその霊体である事を容易に察する事が出来た。
「呆気ないものだな。僕は本当に死んだのか…。」
ロウがポツリと呟くと、先程まで居た洞窟と思われる空間は消え、白い大蛇の居た無音無風の空間に切り替わった。
「お前、知っているか?この土地の住人、つまり紅戦鬼と呼ばれる者の強さの秘密を。」
「強さの秘密?そんなの日々の修練のたまも…」
「アホか!努力だけで火や水を自在に操ったり出来ると思ってんのか?」
「なっ…!」
(こいつにアホ扱いされると腹立だしいのは何でだろ。)
「この島は地獄に近い場所だ。お前達は幼い頃から漏れ出す瘴気を体内に取り込んで、様々な形でエネルギーに変える技術を身に付けた。」
「…正気?」
ロウは聞き慣れない言葉に、話を割って聞いた。
「あえて訂正するまでもないから軽く流すが『瘴気』だ。」
(いやいや、ちゃっかり訂正されてるし流す気もまるで感じないんですけど。)
ロウは心の中でツッコミを入れた。
「瘴気は報われなく死んでった人間達の怨念や憎悪が地中に溜まり、地獄を巡って地上に溢れ出すエネルギーみたいなもんだ。」
「へぇ……。」
ロウは特に興味無げに辺りをキョロキョロと見渡している。
「故に、怨念や憎悪のエネルギーを使うお前達の戦闘スタイルは、非道だの残虐だのと言われ…って、あー、何て集中力の無い奴だ!」
オルトロスは心此処に在らずなロウに気付いて大きくため息をついた。
その様子もお構い無しに、ロウは再びオルトロスに視線を戻して言う。
「…で?僕に何をさせたいの?」
真っ直ぐに向き合う二人。
静かな空間が歪みを見せたかと思うと、辺りは殺伐とした広大な大地に切り替わった。
「……クク…話が早くてイイわ、お前。」
意表を突いたロウの言葉にオルトロスは一瞬沈黙したが、気に入ったと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「まずはお前の力を見てやる。いくぞっ!」
オルトロスは瞬時にロウの前まで間合いを詰め拳を突き出す。
「…ちょ、ちょっと待て!」
ロウはかろうじて繰り出された拳を躱し、間合いを取る為後方へ大きく跳んだ。
しかし、オルトロスはロウの更に背後まで跳び全身を半回転させると同時に渾身の蹴りを繰り出した。
「だから待てってば!」
ロウは身を屈めて蹴りを躱す。
僅かに頭上を掠めた渾身の蹴りは空を斬って地に戻り、僅かな隙も無く左の拳がロウに迫る。
「何で僕があんたと戦わなきゃならないんだよっ!」
ーーーバスッ!!
ロウはオルトロスの拳を掌で止めた。
「何でって…そりゃあ…。」
オルトロスは自身の拳を止められた事に驚きながらも、ロウの問いに答える。
「これからお前の身体借りる訳だし?俺。」
「…はい?」
オルトロスの返答に訳も分からず目を丸くするロウ。
殺伐とした大地は再び元居た洞窟内に切り替わった。