毒舞う地に消える灯火 ★
北東から冷ややかな風に乗って島を包む爆風。
陽は昇り、いつもなら澄んだ空気を体感出来る一日の始まり。
しかし、この日ばかりは大気をも疑わねばならない事態となる。
ハルトは沈痛な面持ちで話す。
「おそらく砲弾の火薬に有毒植物が混ぜられています。大量に摂取すれば死に至る事もあります。」
ハルトは元は様々な薬品を取り扱う新薬開発の研究者だ。
火薬に紛れて香る有毒植物のユキワリソウも扱った事があったのだ。
「そんなっ!この距離でも風に乗って毒が飛んで来るって事か!?」
「じゃあ迎撃に向かった奴らは…!?」
ハルトの話を瞬間にして察知した村人達は、慌てて口元を手や服の袖で覆う。
「皆、落ち着かんか!とにかく南へ下って少しでも毒煙を吸わんように心掛けよ!」
リスターが一喝して逃げるように促すと同時にハルトは自身の家の方向へ駆け出した。
「ハルト!?」
「皆さん先に行って下さい!私は解毒薬を届けに行きますっ!」
慌てて自宅に戻ったハルトは、薬品を陳列している棚を乱暴に開けると、リュックに無造作にあらゆる解毒薬を詰め込む。
「くそっ……シアンの奴らめ!こんな無差別な攻撃があるか!ここの人達はいつだって平和に暮らす人達の為に、命がけで戦ってたんだぞ!」
リュックいっぱいに薬品瓶を詰め終わると、勝手口に向かうハルト。
その時、
「ハルおじさんっ!おれにも…手伝わせて!」
息を切らし後を付いてきたらしいナギが道を塞いだ。
「ダメだ!早く南へ逃げなさ…」
「みんなを助けたいんだっ!」
ナギの真剣な眼差しがハルトの心を突く。
「ナギ……分かりました。」
ハルトは肩からかけていた小さなバッグから注射器が数本入ったケースを取り出した。
(いくらなんでもこの子を連れて行くわけには行かない。睡眠薬で眠らせるか?)
「おじさん、睡眠薬は無駄だよ。こんな所で一人寝てる方が危険でしょ?」
思考を読まれて大きくため息をつくハルト。
「……全く、お姉ちゃんと一緒で賢い子だね。」
ナギの表情はハルトの言葉を聞くなり明るくなった。
「おれだって、姉ちゃんみたいにみんなを守りたいだ。たとえ死ぬことになってもね。」
ナギの強い意志の宿る瞳は、ハルトの心に僅かな不安を残した。
「ナギ、めったな事を言うもんじゃありません。あなたが死んだら悲しむ人がたくさんいるんですよ。」
ハルトはナギの頭をポンと軽く叩くと、注射器にリュックに詰めた薬剤の一つを入れた。
「これでユキワリソウの毒の耐性が出来る。けど長時間毒を吸い続けたら効果を成さないからね。」
空気を抜いて透明の液体をナギの腕に注入する。
「ありがとう。ハルおじさん。先に行って!おれが居たら遅くなっちゃうでしょ?」
「あぁ、すまないね。行ってくるっ!」
ハルトは迎撃地点に向けて再び走り出した。
(…ロウは無事だろうか?一体どこに行ったんだ?)
爆撃音が近付く。
眼前を覆う土煙を無意味に手で払いながら、ハルトは戦場へ辿り着いた。
「そんな!何でっ!?」
ハルトは驚愕した。
「何でみんな此処にいるんだ!?南へ逃げろって…!」
事態の呑み込めないハルトは、待機して居たハズの村人達に目を向けた。
ある者は剣に風を纏わせ海辺に竜巻を起こし、またある者は槍に水を纏わせ海底から水柱を呼ぶ。
「ハルトか。皆言う事を聞いてくれんでの。」
声のした方角を見ると、リスターが頭をかきながら現れた。
「リスターさんっ!コレは一体どういう事ですか!」
ハルトは危険な地と知ってなお、此処に集った村人達に焦燥感を覚えた。
「仲間を見捨てて自分だけ逃げるような真似はしたくないと、押し切られたんじゃよ。」
「そんな綺麗事っ……!みんなどうかしてますよ、誇り高いんだかバカなんだかっ!」
ハルトはリスターと目も合わさぬまま、リュックを勢い良く下ろして解毒薬投与の準備に取り掛かる。
「皆、お前さんを信頼しとるんじゃよ。解毒薬を届ける、そう言ったのはハルトじゃろ?」
リスターはニッと悪戯に笑みを浮かべた。
「あー、もうっ!絶対に、……絶対にみんなを、助けてみせますよ!」
ハルトは少し頬を赤らめて改めて決意した。
「長居してる間も無い!一気に決めるぞっ!八点陣形展開!術式準備はっ!?」
「万端!いつでも行けるわ!」
「敵は戦艦のみ!間違っても人に当てるなよ!」
「「了解っ!!」」
8名で編成された弓術部隊は、戦艦目掛けて一斉に弓を引く。
ほのかに残る土煙を切り裂くように、大きく弧を描く8本の矢に水を纏わす円陣が刹那に光った。
「「合技!ヤマタノオロチ!!」」
水の球体から練り出される8頭の龍が一斉に戦艦目掛けて放たれた。
「…すごい!本当に。私にもあんな力があれば少しは戦力になれたんでしょうけど。」
「何を言うておる。ハルトよ、お前さんはお前さんのやり方で戦っとるじゃろ。本当は皆よそ者だったお前さんを随分と前から受け入れとったよ。きっかけが無かっただけじゃ。」
「ハハ。みんなが私の言う突拍子も無い事を信じてくれました。15年…。長かったけどそれでじゅ…う…ぶ……。」
ーーーカシャン。
注射器がハルトの手を離れ地面に落下した。
「ハ、ハルトっ!?」
ーーードスッ…。
続いてハルトが何の抵抗も無く地面に倒れ込む。
大地がじわりと血に染まって行く。
ハルトの左胸から覗き見える血を纏う刃。
左胸を貫通した剣が引き抜かれた。
「ハ…ル……。」
リスターの足元はハルトの鮮やかな血で染まった。
「ハ…ハルトっ!しっかりせいっ!皆を助けると、そう言っておったじゃろうが!目を開けろっ!ハルト!」
リスターは必死にハルトに呼びかけた。
どくどくと溢れ出る鮮血を止める手立てを知らない。
怒りと悲しみが胸を貫通させた剣の持ち主に向けられた。
「ぐっ、一体誰がこんな事をっ!」
リスターは剣の抜かれた方向を怒りの形相で睨み付けた。
しかし、不覚にも怒りの形相は直ぐに解けてしまった。
滴り落ちる鮮血の剣を手にしていたのは、幼い子供。
「……リ…ズ…?お前、どうして?」
リズもナギ同様に物知りなハルトを気にいっていたハズだ。
大人達のくだらない感情とは違い、素直にハルトを慕っていた。
「よぉ〜し!おれが獄生を打ち取ったぞ!修行の成果だぜ〜!」
「バカなっ!リズっ!お前は…!」
「なんだあ?まだいるじゃん。獄生はぁ、発見次第に滅するべし!」
リズはリスターに剣を向けた。