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第二十二話 真夜中の決闘

 空は漆黒。大地には人の営みの灯り。冷たい風は骨の髄まで染み込み、人は他人に無関心に自分の家路をひたすら辿る。季節は秋も深いところまでに移っていた。

 僕は肌寒い風に体を震わしながら、屋敷への帰途を急いでいた。

「沙雪さんもなぁ、何もこんな寒い日に肉まん食べたがらなくても……」

まぁ、寒い日だからこそ肉まんが食べたいのかもしれないけれど。そして、じゃんけんに負けた僕が悪いのだけど。やっぱり、一人だけ寒い思いをするのは間違っている気がする。

「ま、過ぎたことを言っても仕方ないか」

僕は右手に下げた肉まんの袋から熱を分けてもらい、気合いを入れ、気持ち早足で屋敷を目指した。



 僕が住んでいる屋敷からコンビニまでの間に、公園がある。ブランコや滑り台、砂場などのメジャーな遊具と小さな広場があるだけの小さなものだ。コンビニに行くときは全く気にもかけなかったのだが、今は僕を強く惹きつけた。

 僕は公園に引かれるように、ふらふらとその中へと入っていった。すると、公園の闇の向こうから何かが風を切る音が連続して聞こえてきた。僕はその音が何か、良く知っている。竹刀を素振りしている時の音だ。少し、素振りをしている人間に興味が湧く。僕は風を切る音を頼りに、公園の奥の方へと足を進めた。

 少し歩いて見つけた人影。その人は一心不乱に竹刀を振るっている。変幻自在の剣筋と鮮やかなフットワークが、相手を想定した実践に近い素振りであることを容易に連想させた。

 その舞とも言える剣は、僕の錆び付いた闘争心を燃え上がらせるようだ。

 人影は飽きもせず、仮想の敵を打ちまくり、仮想の敵の剣をかわし続ける。と、人影の気配が劇的に変化する。殺気に近い剣呑な気配。人影は大きく振り被り、唐竹割りの要領で竹刀を振り下ろした。

 ゴォッ!

 と、竹刀にしては有り得ない音が僕の耳まで届き、それによって起こった風が僕の頬を撫でた気がした。

 素晴らしい。こんな逸材がこの町に眠っていたなんて。感動だ。


 ぱちぱちぱち。


 気が付くと僕は両手を打ち鳴らしていた。人影は僕に剣先を向け、威嚇するように叫ぶ。

「誰だっ!」

その声は美しいソプラノ。その上、聞いたことのある声だった。

「驚きだね。君がこれほどの実力をつけているとは、僕も見抜けなかったよ」

「その声は、滝川……朋?」

「うん。君とは奇妙な所で出会うね、里香」

暗がりからゆっくりとした足取りで姿を見せたのは最近よく関わりのある少女、里香だった。

 僕の言葉を受けて、里香の表情が少々険しくなる。

「こんな夜更けのこんな場所で何をしていた?」

「君こそ。こんな夜中まで修練かい?」

僕は質問を質問で返す。里香の顔はみるみるうちに赤くなり、剣先がかたかたと震えだした。

「質問しているのは私だっ! はぐらかすな!」

「別に何をしているかなんてどうでも良いじゃないか。悪いことはしていないんだし」

僕はあくまで軽い調子で言葉を返す。里香の頭にまた血が上る。悪循環。里香にとってみれば腹立たしいことこの上ないだろうが、僕にとっては愉快な遊びだ。それに、今日は存分に竹刀を振るってみたい気分だった。

 里香は激昂する。

「貴様っ! やはり何か悪巧みをーー」

「里香、今は深夜だよ。いくら公園でも大声は良くないと思うなぁ」

「なっーー」

里香は絶句し、ギリギリと歯を噛み締めた。僕は緩む頬を必死で引き締めつつ、きびすを返す。

「ま、無駄話も何だし、僕はもう帰ることにーー」

「待て」

里香は僕を引き止めた。つまり、彼女は僕の策に嵌ったのだ。まぁ、策と呼べる程上等なものでもないのだけど。

 僕は里香をじらすように、ゆっくりと振り返った。

「どうしたの? 僕はそろそろ帰りたいんだけど」

里香は無言で僕に棒状の何かを放る。僕は肉まんを放り出し、それを空中で上手くキャッチした。竹刀だ。

「立ち会え、滝川朋。やはりお前を叩きのめさないと私の気が済まん」

僕は竹刀の柄を握ったり開いたりして感触を確かめる。

「君に僕が叩きのめすことが出来るかな?」

「貴様ッ!」

里香は僕の用意も待たずに飛び出す。僕はそれを悠然と待ち構えた。

 初撃は突き。全突進力と全体重を剣先の一点に集約し、一撃の下に相手を沈めるであろう剛剣。

その練度の高さに僕は軽く目を見開き、しかし触れることなくひらりと避ける。

里香は突いた剣を引かず、そのまま凪ぐ。これも避けねば必死。が、僕の想定の範囲内であり首を少し下げるだけの動作でかわした。そこに出来る一瞬の隙。僕はそれを見逃す事無く、必殺のタイミングをもって竹刀を振るう。が、必殺の筈のそれを里香は紙一重でかわし、バックステップで間合いを取った。

「くっーー!」

「ふぅん。これに反応出来るのか……」

里香は歯をぎりと鳴らし、僕は感嘆の息をついた。傍目に見ると優劣は明らかなように見えるだろうが、実を言うと実力は五分五分といったところだろう。それだけ僕が強がっているということだ。まずい。これは一気に決めにかかるかーー?

 里香は先ほどの攻防で僕を過大評価したらしく、不用意に懐に飛び込むことをせず、じりじりと間合いを詰め始めた。

「君がそう来るんなら僕から攻めようか」

僕は笑みを浮かべて躊躇なく里香の間合いへと飛び込んでいった。


 勝負は一瞬にして決した、とはいかなかったものの、ものの5〜6合で決着がついた。今、僕の竹刀の先端は里香の首を捉えている。

「なっ……!」

里香は未だに自分の身に起こったことを理解出来ていない。ただ、突きつけられた竹刀が敗北を告げていた。

「僕の勝ちだね」

僕は竹刀を下ろし、試合の終了を告げた。里香は呆然と立ち尽くす。

「一体、何をした?」

「何をと言われてもね。絶対に防げないタイミングを作り出して、それを逃さなかったっていうだけの話だよ」

僕は事も無げに言い放ち、里香に竹刀を返す。里香はそれを機械的に受け取った。

「それじゃ、僕はこれでお暇するよ。なかなか、楽しかったよ」

最後のは強がりだ。僕はくるりと後ろを向き、そのまま歩き出した。後ろでは里香が動かぬまま、ぼうっと立ち尽くしていた。




 屋敷の玄関には沙雪さんが仁王立ちしていた。その顔は微妙にひきつっている。

「あれ、どうしたの沙雪さん?」

「朋。肉まんを買ってきたにしてはずいぶん遅かったね。その上何も持っていないようだし」

「………あ」

忘れてた! そういえば肉まん買いに行ってたんだ!!

 沙雪さんの背後にはオーラが見える。それは錯覚だろうが、僕の目は確実に危険を訴えていた。

「さ、沙雪さん。ここは穏便に……」

「行ってきて」

「は?」

「もう一回行ってきてって言ってるの!」

「は、はい!」

「一分以内にね」

「そ、それは無茶……」

「つべこべ言わない!」

「すみません! じゃあ行ってきまーすッ!!」

僕はもう一度寒空の下に飛び出したのだった。

10日以内の更新! なんて久しぶりなんだ……。猫小判は微妙に興奮気味です。

さて、第二十二話はいかがだったでしょう。朋君と里香の実力の片鱗が垣間見えたことでしょう。これ、将来的にかなり重要になる気がします。心の片隅に留めておいてもらえると幸いです。

今後はシリアス方向に進みます。バトルとか謀略とかドロドロとかが色々入り乱れます。コメディも忘れません………多分。

更新は鈍亀ですが、今後もよろしくお願いします。感想書いていただけると更新の優先度が上がります(笑)

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