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第一話 遅刻な朝と化け黒猫

物語の導入の為、あんまり笑いが無いかも知れません。

 僕は海とも空ともつかないどこまでも広がる青の中を漂っている。世界が自分を残して全て消えてしまったような錯覚。漠然と寂しい気もするが、世界征服には好都合だと僕は笑い、どこまでも漂って………。


『ほら、もう朝ですよ魔王様! 早く目をお覚ましください!!』


突然と世界を揺らす大音声。あまりのうるささに僕は寝返りを打った。

 もっとこの朝の気持ちいいまどろみを噛み締めていたいんだよ。

 そんな僕の気持ちはお構いなし。僕を目覚めさせようとする存在は容赦なく怒鳴る。


「魔王様、遅刻しますよ!」

「………」


僕は眉間に皺をよせて声に背を向けるようにもう一度寝返りを打った。

 まだまだ寝たりねぇんです。本当勘弁してください。


「やはり強行策しかありませんか………」


声は残念そうに、しかしそれ以上に嬉しそうに呟いた。何か、いやな予感が………。


「起きなさい、魔王様」

「痛っっっ!?」


右頬に走る激痛に、僕は文字通り飛び起きてしまった。直ぐに右頬に手を当てる。


「三本の筋………?」


前にもこんなことがあったような、気がする。それも結構最近。むしろ一週間程前。

 痛みに顔をしかめている僕の膝の上に、その痛みの元凶である黒猫が飛び乗った。右前足の爪は飛び出したまま。


「ようやく目を覚ましましたか」

「誰かさんのおかげで最悪の目覚めだけどね………」

「それは結構」


皮肉のつもりで放った言葉を黒猫は軽くかわして、僕の膝から飛び降りた。


「では魔王様、私は食堂でお待ちしております」


黒猫は颯爽と僕の寝室を後にしていった。くそぅ、恨み言の一つでも言ってやれば良かった。

 あの黒猫の名は、アルベルト・レインブラック。呼び名は大体アルで定着している。スラッと細い体躯にぴんと伸びた尻尾、黒く光沢のある毛並みはどことなく高貴な雰囲気を醸し出していた。それもそのはず、彼は大昔から魔王を補佐している猫又と呼ばれる存在で、由緒正しい悪猫なのだ。

 僕は覚めきった目を時計に向けた。時刻は7時丁度。まぁとりあえずは、血のにじんだ傷口を洗いに行こう。僕は寝間着のまま洗面所へと向かって行った。



「これはまたやってくれやがったねぇ………」


僕は鏡の中の自分とにらめっこしている。

 鏡の中には年齢の割に幼い僕の顔。その右頬にはさっきつけられた大きなひっかき傷。


「これ、消えないだろうなぁ………」


僕は大きくため息をついた。僕の友人達に笑われてしまう。朝起きれなくて猫にひっかかれたなんて言えるはずもないし。


「良いんじゃないでしょうか? ほっぺたの切り傷は悪党のシンボルですよ?」


僕の背後に唐突に現れたアルはさも愉快そうに言った。この猫、本気で皮はぎ取って毛皮にして売り払ってやろうか?



「あぁ、でも魔王様のような童顔では野良猫と喧嘩したようにしか見えませんよねぇ?」


アルは声を上げて笑っている。

 うん、決めた。アルは毛皮にして売り払ってしまおう。そのお金で有能な代わりの補佐役を雇おう。

 僕は口の端を思い切り吊り上げて笑みを形作る。


「ねぇ、アル。苦しむのと、一瞬で済むの、眠るのとじゃあ、どれがいいかな?」

「えっ? 私は眠るのが一番………」


アルは僕のただならぬ空気を読んだのだろう、言葉を切ってすぐさま飛び退いた。一瞬後、僕の蹴りがアルの居たところを通過する。その手加減の欠片もない攻撃にアルは震え上がった。


「な、何するんですか! 今のが当たったらいくら私でも怪我しますよ!?」

「そうだね。君がちょっと調子に乗ってるから、殺してお金にしようかなーって」


冗談の欠片もない僕の本気の怒り。アルはそれを感じ取って2〜3歩後退りする。


「あの、たちの悪い冗談はやめにしませんか? 私は由緒正しい優秀な悪猫、つまり魔王のマスコットですよ?」

「冗談で僕がこんなに怒ると思う? それに君が優秀なのは、人の神経逆撫ですることだけだよね」


アルの後退りに合わせて僕も2〜3歩踏み出した。僕には分からないが、こういう時の僕の顔は満面の笑顔になるらしい。

 アルは引きつった笑いを浮かべて、いきなりべたりと床に張り付き額を地面にこすりつけた。


「すみませんでした! 私は本当に調子に乗っていたようです。どうかお許しを!!」


 僕はアルの土下座を見て満足して頷き微笑んだ。

 自分の非を認めて謝ることが出来ない人間に生きる価値はない。逆に言えば、どんなに最悪な人間でも素直に謝ることが出来るのならそれだけで生きる価値がある。それが僕の悪党の美学の一つ。


「そう、最初からそうすれば良かったんだよ。そうすれば僕もこんなに怒らないよ」


僕の優しい言葉にアルはゆっくりと顔を上げる。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「魔王様………、やはりあなた様こそ魔王に相応しい………。私はあなた様を見つけられて嬉しゅう御座います………」


アルは目を輝かせて僕を見つめている。そんなに尊敬の眼差しを向けないでほしい。僕はありふれた悪党の美学に従っているだけなのだから。しかし、悪の頂点として崇拝されているのはそれ程悪くはない。


「僕がどう魔王らしいのか分からないけれど………、まぁいいや。お腹も空いたし朝食にしようか」

「あの、そのことで真に申し上げにくいことがあるのですが………」

「?」

「もう8時を回っております」

「嘘っ!?」


懐から懐中時計を素早く取り出し、文字盤を睨み付ける。短針は8の字を過ぎ去り、長針はもうじき2を指そうとしていた………。


「ち、遅刻ーっ!!」


そうして僕の慌ただしい日常の朝食は遙か彼方に連れ去られ、僕の成長がまた遅れるのだった………。ってそんな感傷に浸っている場合じゃなかった! 早く着替えないと!!


 慌ただしく着替えて慌ただしく顔を洗って、僕は空腹のまま玄関を出た。空は青く澄み渡り、綺麗な秋晴れとなっている。


「じゃあ、行ってくるよ」


僕は見送りに出て来たアルに声をかけて、今さっきまで居た屋敷を見上げる。

 通称、幽霊屋敷。壁の至る所に蔦が巻き付いた巨大な洋館は、近所の子供達どころか大人にまで恐れられている。まぁ、実際に化け猫が出るからあながち間違いとも言えないけど。他にも2人程化け者が住んでいたりするし。

 僕はそんなことを考えながらちらりと黒猫を一瞥した。アルは可愛いらしく首を傾げる。


「何かございましたか?」

「ううん、何でもないよ」


そうしていれば本当に可愛いただの猫なのにね。


「まぁ、貴方が何を考えているか興味はあるのですが今は時間がありません。とりあえずはお見送りだけにしておきましょう。行ってらっしゃいませ」

「うん。いつも通り5時には帰るよ」


黒猫にそう返して僕は学校へ足を向けたのだった。はてさて、今日はどんな1日になるのやら。

次回、学校の話に続きます。

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