第十七話 滝川朋が去った後には
遅くなりました。その上短いです。非常に短いです。申し訳ありません……。
「滝川朋、お前はどうして剣を置いたのだ?」
長い、長い静寂を打ち破ったのはこの静寂を作り上げた張本人である奥寺里香だった。
……全く、口を開いたと思えばなんつー重い話題を……。
というか里香は何処で僕が剣道をやってたってことを知ったんだろう? 高校に入ってからは竹刀を一度も握ったことはないし、引っ越して来たから今住んでいる地域じゃ無名の筈なんだけど……。
「僕は剣なんて一度も握ったこと無いけど?」
「とぼけるな! 中学の同級生の剣道部でお前のことを知らないのは、どこぞの山奥の田舎者くらいのものだぞ!」
「……僕ってそんなに有名?」
僕は猜疑の目で里香をじとっと見つめる。里香は僕の視線を受け止められず、目を泳がした。
「……済まない、誇張しすぎた。私もお前と同じ街に住んでいた。だから、お前が練習試合百十数戦全勝しながら一度も公式戦に出場しなかったことも知っている」
「………そう」
まさか、僕を知る人間がこんな学校、僕の中学校周辺からは進学対象にさえならない県外の無名校に、いるなんて思いもしなかった。
僕は大きく、大きくため息をついた。
「ぶっちゃけ、あんまりに情けなさすぎて非常に恥ずかしくて話しにくいんだけど……」
「お前の事情など関係ない。さぁ、話せ」
「………へいへい」
自己中も行き過ぎるといっそ清々しいもんだな、なんて思いながら、僕はやけくそ気味に口を開いた。
「僕はね、才能が無いから剣を置いたんだ」
「………は?」
里香は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。意外な言葉だったらしい。
……僕にはその反応が意外なんだけど。
僕は他に語ることは無いから黙って里香の反応を待つ。里香は余程意表を突かれたのか、なかなかフリーズが解けなかったが、ようやく立ち直り激昂した。
「馬鹿を言うな! 努力に努力を重ねてもお前のいる高みまで辿り着けぬ者も多いのだぞ!? 才能があるくせに簡単にーー」
「才能がある、だって?」
僕の小さな呟き。しかしそれは里香の激昂を収めるだけの迫力を有していた。
「僕が竹刀を振るっているところを見たことがないのに、どうしてそんなことが言えるのかな?」
「え? 私はーー」
「それに、君は僕がその他大勢が絶対に届かない頂にいるって言ったけど、僕のは誰でも努力次第で辿り着ける。……手と足に潰れた豆に豆が重なるくらいに、毎日血反吐を吐くのが習慣になるくらいに鍛錬を積めば、ね」
「それは詭弁だ! 人には誰にも向き不向きというものがある!!」
「そう、それは君の言うとおりだね。ところで……、僕の中学生の頃の体育の成績を知ってるかい?」
「知るか! そんなのは今はどうでもーー」
「良くないんだな、これが。僕の体育の成績はいつも2。……ちなみに皆勤賞とってるから、僕」
「な……に? それじゃ……」
「そう。僕の運動神経はほぼ0。単純な運動能力なら君に遠く及ばないだろう。……僕には才能が、無い」
「………」
僕は語りたいことは全て吐き出し、里香は何も言えず、重苦しい沈黙が屋上にのしかかった。
里香は俯いて、弱々しい声で言葉を押し出す。
「しかし、それでもお前は強い。私はただお前に剣道をやって欲しい……」
いつもの凛とした雰囲気とは正反対の、今にも泣き出しそうな里香。
僕は小さくため息をついた。
「確かに、そんじょそこらの高校生には負けないくらい強いとは自負してるよ。ただ、伸びもしないものを未練がましく続けるほど暇ではないし、僕は日本中に誇れる才能を見つけなくちゃならない」
「それはどういうーー」
きーんこーんかーんこーん。
そんな時、昼休みの終了を告げるチャイムの音が校内に鳴り響いた。
僕はさっと立ち上がり背中越しに、
「この話はこれで終わりだ。次に会った時は、また問答無用で斬りつけてくればいいよ。じゃね」
そうして、そそくさと教師へと急いだ。
そうして奥寺里香は屋上にぽつんと取り残された。先程までいた滝川朋の代わりに、隣には購買部のビニール袋が風に靡いていた。
「私に、捨てろと言うのか……?」
里香の朋へと抱く殺意は一層苛烈なものへとなった……。
次回こそ、次回こそは……。




