第十六話 罰ゲーム的な売店のおばちゃんのおまけ
すみません。前回の更新から非常に日が開きました。これからは早く書けるといいなぁ。
気まずい。物凄く気まずい。今すぐ北風が吹き荒ぶ冬の屋上から逃げ出したい。
つい先程からいつも静かな屋上は、いつもと違う方向性で静かになっていた。沈黙が重く僕の背にのしかかり、冬だというのにひどくねっとりと纏わりつく重苦しい空気が僕を責める。
全ては僕の隣で黙々と弁当をつつく剣道少女、奥寺里香のせいだった。
事の起こりは、昼休みの始まった二十分前のこと……。
『きーんこーんかーんこーん』
授業の終了と共に昼休みの到来を告げるチャイムが、学校中に鳴り響く。教室のざわめきは最高潮に達し、教壇の上に立つ数学教師(三十四歳、独身)は、ため息をついてチョークを置いた。
「次回はこの次から始め……」
『ありがとうございましたーー!!』
数学教師が全てを言い終える前に、クラスの男子のほぼ全てが勢い良く立ち上がり、そのまま廊下へと飛び出していった。
数学教師は惚けたように駆け抜ける生徒達を見送って、大きくため息をつく。
「……来週、小テストにしますから。彼らには絶対に教えないでおいてください」
教師は問題発言を残して、いつもより二回りは小さい背中で教室を後にした。
……先生、ドンマイ。雑魚生徒達、自業自得だよ。
僕は半ば本気で、静かに黙祷を捧げた。
……数学教師の勝ち誇った笑みと戦死した雑魚生徒達が織りなす地獄絵図が今にも瞼の裏に見えそう……。ていうか見えた。
僕はげんなりしながら、弁当を探して鞄の中を漁る。……漁る。
頭から血の気が引いた。
「ない……」
僕はがくりとうなだれた。鞄の中にアルお手製の絶品弁当が無かったのだ。
帰宅部の学生にとっての唯一の楽しみと言っても過言ではない、昼食。それが、無い。どうにも、無い。
なんという不条理。なんという不公平。なんという、仕打ち。
「この世に神はいないのかーーッ!?」
僕は叫んだ。有らん限りの声量で。喉が破れん程に。
「なに馬鹿なこと言ってるの」
その言葉が耳に入ると同時に殴られた。
沙雪さんだった。
ぐーだった。
……痛かった。
僕は涙目になりながら沙雪さんを小さく睨む。
「痛いじゃないか、沙雪さん」
「朋……。君、今の行動でファンクラブの会員が三十人は減ったよ……」
「多いよ!? 教室には二十人もいないでしょ!!」
僕の突っ込みに沙雪さんはこれ見よがしに大きくため息をついた。
「朋をストーキングしてる会員が三十人、そのみんなが幻滅したろうから」
「怖っ!!」
いくら油断しているとはいえ、剣道家の端くれである僕に気取られずに三十人のストーカーがいるなんて!!
僕はきょろきょろと教室のあちこちに視線を走らせる。………どこにも隠れている人間の気配なんて無い。
まさか、眼力とか索敵能力とかが鈍ったのだろうか。それはまたゆゆしき……、
「ま、全部冗談だけどね」
……冗談かよ。
僕は一気に脱力した。一日のエネルギーを使い切ってしまった気分だ。そしてお腹が空いた。
「ねぇ沙雪さん。僕にお弁当を」
「いや」
即答。質問する前に即返答。素晴らしい反射速度だった。
僕は軽く肩を落とす。
「まぁ、そうだよね。……じゃあ、僕は購買部という地獄に身を投じるよ……」
僕は涙を溜めて上目遣い、体はしなを作っての渾身の捨て犬ポーズ!
これに同情しない女の子なんて、
「頑張ってね〜」
いた。
………冷たいなぁ、沙雪さん。
行くと宣言してしまった手前、止められないなら行くしかないじゃないか。
僕はとぼとぼと教室を後にした。戦場へと身を投じるため……。
で、簡単に言えば既に戦争は終わっていた。購買部の棚はほとんど空っぽで、購買の守護神のおばちゃんはタバコなんぞをぷかぷか吹かしていた。
僕はうなだれておばちゃんに話し掛ける。
「おばちゃん、なんか食べられる物とか残ってない?」
おばちゃんは僕をぎろりと一睨みして、ぶっきらぼうに告げた。
「あるよ」
「ほんとっ!?」
僕の未来に光が差し、
「わさびパンと辛子明太パンだけど」
その光は絶望の紫の光でした。
「それでもいいよ……」
お金を払いわさびパンと辛子明太パンを受け取りながら、僕は涙を流してこの世の不条理を嘆いた。
おばちゃんは僕を憐れんで、おまけにジンジャーエールをくれた。
………死ねと言っているのでしょうか………?
僕はぎこちなくお礼を言って購買部を後にし、屋上へと向かうことにした。なんとなく教室には帰りたく無かったから。僕のボディーガードのような仕事をしている沙雪さんを少し困らせてやろうと思って。
思えばその選択が間違いだった……。
扉を押し開けると、屋上には人っ子一人いなかった。まぁ、冬に好き好んで外でご飯を食べようとかいう頭の狂った人間もあまり居ないだろう。
僕は適当に、フェンスを背もたれに屋上の端の方に腰掛け、袋からジンジャーエールだけ取り出した。わさびパンと辛子明太パンなんて食えるか!!
「昼は抜き、か……」
僕はうなだれながらジンジャーエールの蓋を捻り、それを喉に流し込んだ。
炭酸が喉ではじけて、それがまた美味しく、寒さを引き立てた。
「あほらし……」
僕はおかしな意地を張っているのが本当に馬鹿馬鹿しくなって来て腰を上げようとするのと同時に、錆びた扉が悲鳴のような音を上げた。
僕以外にこんな場所に来る物好きがいるのか。
僕はその人に興味を感じて、浮かした腰を下ろした。
扉が重くゆっくりと開き、お互い顔が見えたところで二人とも硬直した。
「なっ……、滝川朋! どうしてここに!?」
「指を差すな、奥寺里香……。それに、僕がここにいて何が悪い。少し空に近いところでご飯を食べたかっただけだよ」
焦っている里香を見て少し冷静になった僕は、冷ややかに返す。それでも多少おかしなことを言っている気がしないでもないが、気にしないことにした。
どこか滅茶苦茶なようで説得力のあるその言葉は、里香を怯ませるには十分だったらしい。里香は次の句を継げず押し黙った。
「くっ……、今は竹刀も無いし勘弁してやろう。……私もここで食べていいか?」
「ん? いいけど。ここは僕の部屋ってわけでも無いし」
「ありがとう」
里香はいつもの刺々しい表情から一転、棘のとれた柔らかい表情を浮かべた。
ドキリとする。柄にもない話だけど、里香が物凄く可愛らしく見えた。
そして里香は、何を間違えたのか僕の隣にちょこんと腰をおろし、弁当の包みを開いた。
なっ、なっ……何ぃーー!? どうして僕の隣に!? もしやこれは心理作戦! 宿敵の隣でプレッシャーを掛けることによって僕を消耗させようというのかーー!?
僕は押し黙ったまま、また里香は黙々と弁当を攻略し、ひどくゆっくりと静かな時間が過ぎて行くのだった。
という感じで回想終了。今のどうにも居心地の悪い状況に至るわけで。
僕はどうやってこの空気を打破すればよいのかと思案に暮れるーー。
次回に続く。
わさびパン……クリームパンのクリームをわさびに差し替えた罰ゲーム用の逸品。完食した人間は学校卒業まで神と崇められる。
辛子明太パン……パンの皮を被った辛子明太子。つまりは辛子明太子を薄いパン生地で包んだ逸品。辛子明太子は激辛を使用し、パン生地の使用によりなんとなくご飯には使いにくい。
ジンジャーエール……言わずと知れた強炭酸ジュース。辛いものを食べた後に飲むと、文字通り死ぬ。天国も地獄もなく無に帰す。
以上、作中の不思議食べ物紹介でした。




