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幽霊の集会 Ⅱ

 今年、初めての木枯らしが足元で小さなつむじ風を作る。

 一歩歩くたびに銀杏だの、紅葉だのの葉っぱが纏わりついてきてめちゃ歩きづらい。

 あたしと冴子は、西城公園に向かって小走りで歩いていた。

 もちろん『幽霊の集会』の噂を調査するためだ。

 幽霊と聞いた時点ですっかり腰が引けていたのに、それでも出かけてきたのは、隣にいる怖いお目付け役のせいだ。

 そりゃ“ゆらぎ”の情報は欲しいのよ。

 でも、根っから幽霊が苦手なあたしが尻込みしちゃうのをわかってくれてもいいと思うの。

 あたしはここまで引きずるように連れて来た親友の横顔をちらっと盗み見た。

 けれど、冴子の顔は恐ろしいほど真剣で、薔薇色の口唇をきゅっと真一文字に結んでいる。


「ねえ、冴子。エティエンヌは“ゆらぎ”のことをこう言っていたの。

『ひとつの大きな意思であり、無数に枝葉のわかれた精神生命体でもある』って。

 もし、幽霊の集会が“ゆらぎ”の仕業だとしたら、おかしくないかな。

 だって、彼らがひとつの意思ならコンタクトを取り合う必要なんかないもん」


 あたしは友香に幽霊の集会の話を聞いてから、ずっと不思議に思っていたことを冴子にぶつけてみた。

 すると、冴子はすうっと目を細め、


「騎士様は“ゆらぎ”を無数に枝葉の分かれた精神生命体だって言ったのね。

 うーん。だとするとこういうことは考えられないかな? 

 端末にあたる“ゆらぎ”が無数にいて、ホストコンピューターみたいな“ゆらぎ”に情報を送ってるとか。

 それに、もしかしたらというか、あくまでもこれは仮説なのよ。

 “ゆらぎ”はまだ目覚めたばかりで、本来の力が出ないんじゃないかしら?」


 冴子の言葉にあたしはごくりと喉を鳴らした。

 エティエンヌはジャンヌが退治し損ねた“ゆらぎ”が再び力をつけ始めたのだと言った。

 だとすれば、“ゆらぎ”が目覚めたばかりだという冴子の説は的を射ている。

 それに、警察官を乗っ取った“ゆらぎ”が『お前はわたしの怖さをいまだ知らぬ』と言っていたではないか。


「うん、あたしも冴子の説に賛成だな。

 “ゆらぎ”は、ジャンヌ・ダルクでさえかなわなかった敵なんだもん。MAXの状態なら絶対に勝ててなかったよ!」


 けれど、その瞬間、ひとつの疑問が浮かぶ。

“ジャンヌは全てのファクリティを得ていたのだろうか?”

 もし、ジャンヌが全てのファクリティを得ていても使命を果たせなかったというなら、絶対にあたしに勝ち目はない。

 冴子はだんだん青ざめていくあたしに、


「なら、力を取り戻さないうちに叩き潰してやればいいじゃないの!」と、強い口調で言った。


 そりゃ冴子の言うことはよくわかる。

 でも、ジャンヌと違って何一つ持っていないのだ、エティエンヌ以外は。

 あたしは、膨れ上がる不安を顔に出さないよう気をつけながら、木枯らしが強くなった公園通りを歩き続けていた。

 

    

 ***



 西城公園の名は戦国時代、小さな出城があったことが由来らしい。

 公園を作る際、隣接する池に新しく山手池という名前がつけられたのだけど、誰もその名では呼ばない、以前と変らず守ヶ淵と呼ぶ。

 かつて守ヶ淵は、その名が示す通り川だった。

 群馬からの雪解け水を運ぶ小早川は、山手市に入る手前で二本に分かれ、その片方が守ヶ淵となる。

 そして、守ヶ淵は南北に長い山手市を分断するように流れ、山手市を過ぎるとまた一本の川となる。

 おそらく、農業用水を確保するための支流だったのだろう。けれど、戦後、東京のベッドタウンとして成長著しかったこの街で、農業は行われなくなり、守ヶ淵もその役目を終えた。

 今は非常時のため池としてその姿を残すばかりだ。

 しかも、守ヶ淵に近寄るものは、ほとんどいない。

 何故なら、竜神に生け贄として捧げられた子供達が沈んでいるという守ヶ淵は、霊感のないものでも肌が粟立つほど強力な霊感スポットだからだ。

 もし、幽霊の集会が“ゆらぎ”の仕業なら、闇の化身である彼らは、この場所と相性がいいのかもしれない。


「あのさ、やっぱエティエンヌと仲良くしたほうがいいよね?」


「まぁそうね。手っ取り早くHでもしたら?と言いたいとこだけど、それは無理だしね」


「えっ、どうして?」


 あたしは顔を赤らめながら小声で訊ねた。

 だってそうするのが一番手っ取り早いかな、なんて考えてたんだもん。

 すると、つくづく呆れたといった様子の冴子が、


「ちゃんと神原さんの話を聞いてたんでしょうねぇ。

 ファティマ第三の預言は『ゆらぎの出現と救世の乙女』だったでしょうが。

 乙女ってわざわざ注釈つけるくらいなんだから“ゆらぎ”を倒すまで処女でいろってことだと考えてちょうだい。

 そりゃ、あたしだってあんた達が仲良くなるのはいいことだと思うし、賛成よ。

 相棒とのコミュニュケーション不足で“ゆらぎ”に負けましたなんて笑い話にもならないもん。

 でもね、“ゆらぎ”を倒したら、彼と別れるのだってことを忘れてはダメよ。

 だって“ゆらぎ”がいなければ、導きの騎士なんて必要のないもんなんだから。

 いずれ別れる定めのあんたたちが深い仲になってもお互い傷つくだけでしょ? 

 あんたはそれでなくても彼に好意を抱き始めてるっていうのに」と、言った。


「やだな、あたしがエティエンヌを好きなわけないじゃない!」


 確かに、エティエンヌと離れるなんて考えたことはない。

 現状じゃ“ゆらぎ”を倒せるかどうかすらわかんないし。

 でも、もし、もしだ。

 もし、“ゆらぎ”を倒すことが出来たら二度と会えないのだ、あの怒りんぼ魔人に。

 そして、あのBluest blue in blueの瞳に見つめてもらうこともなくなってしまう。


「ううん、今のあんたを見てなおさら確信したわ。

 あんたは彼が好きなのよ。

 だって、なんとも思っていないなら『処女じゃなきゃいけない』ってところを真っ先に気にするでしょ?」


 そう言い捨てると冴子は、あたしを置いてきぼりにして、守ヶ淵の正面へ出よとした。

 小さな虫が飛び交っているのさえ目もくれず、すごくあせったように。

 あたしはまだぽけっとしてたけど、それでもあわてて冴子の後を追いかけた。


「あれを見て!」


 急に立ち止まった冴子が守ヶ淵の水面を指差した。


(えっ・・・・?)


 冴子に指差された方を見たあたしはフリーズしてしまった。

 おそらく恐竜のようなものが飛び込んだのだろう、水面が大きく揺れ、その反動で小さな津波が幾度も押し寄せてきている。


(熱っ・・・!)


 あたしは右手のあまりの熱さに手のひらを開いた。そこには普段見えないはずのオリーブの徴がこれでもかってくらい光を放っている。


「ま、まさか。竜神ってことはないわよね?」


 冴子が、YESという言葉しか返せないほど怯えきって訊ねて来る。

 右手のひらを握りこんだあたしは何も答えぬまま、冴子を連れ、大急ぎでその場を離れたのだった。



 ***


 

「アレはなんだったのかしら?」


 冴子は西城公園を出たところで切り出して来た。

 それに対するあたしの答えは決まっている。もちろん竜神だ、しかも“ゆらぎ”付きの。

 あたしのオリーブの徴は“ゆらぎ”にのみ反応する。

 そして、わずかに見えた大きな龍の尻尾。それが示す結論は一つしかない。

 竜神は“ゆらぎ”の味方に付いたのだ。

 けれど、それを冴子に話すべきかどうかあたしは迷っていた。

 いや、本当はずっと前から迷っていた。

 冴子が行方不明の弟、聖樹を心配してくれるのはうれしい。

 でも、それだけで彼女を“ゆらぎ”退治に加えるのはどうなんだろう。

 今のあたしでは我が身を守ることさえ危ういのだから。それは警察官“ゆらぎ”の時で身にしみている。

 なら、冴子にはこのまま何も知らせないほうがいい。  

 あたしはそう結論を出すと、


「ああ、あれ。でっかい魚だったね」とあっけらかん答えた。


「ネッシ―みたいじゃなかった?」


「ただのでっかい魚だったよ。

 ほら、幽霊の正体見たり枯れ尾花っていうじゃん」


「だったら、なんであんな急いで帰ろうとしたのよ?」


「あっ、ごめん!

 朝っぱらからエティエンヌに扱かれたせいですっごくお腹空いてきちゃってさぁ~」


 あたしはお腹を押さえると、物寂しそうな顔を冴子に向けた。

 お腹が空いているのは事実だから、これは演技でも何でもない。

 冴子はとたん、めちゃくちゃいやな顔をした。こんな緊張感のないヤツと親友になったのは失敗だったんじゃないかという顔を。


「あんたには本当に呆れちゃうわ。

 でも・・・・」

  

 冴子はそう言うと、あたしの顔を穴があくほど見つめた。

 そして、数瞬後。


「あたしのことを心配して何も教えないのはわかるからもう何も聞かないわ。

 それに、あんたが力を合わせなくちゃいけないのはあたしじゃなくて騎士様だもの。あたしはそれを忘れていたのかもしれないわ」


 どうやら、あたしの演技はばればれだったらしい。まぁ、かなりの大根だしね。

 そして、せっかく出かけてきたのに、幽霊の集会の謎はわからなかった。

 たぶんという予想ならできるけど、それを突き詰めたところでなんにもならない。

 ただ、竜神があたしの敵に回った、という楽しくない事実がわかっただけである。

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