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幽霊の集会 Ⅰ

 次の朝、エティエンヌに鼻をつままれて起こされた。

 いつもとちっとも変らない不機嫌そうに眉を寄せた彼に。

 それで、半ば強制的に剣の稽古をさせられたんだけど。うちの騎士様はやっぱりめちゃめちゃ厳しい先生だった。

 レイピアはフェンシングの『エピの剣』の元となったもので、切ることも突くことも出来るんだけど、あたしの動態視力の良さ、身の軽さを考えると、『突き』を優先させるべきで、昨晩の日本刀のような使い方は膂力の弱いあなたには向かないのだとエティエンヌは言う。

 あたしはそうかしらん?と思ったけど、おとなしく聞いておくことにした。

 そのせいでエティエンヌを相手に何百回も突きの練習をさせられることになったんだけどね。

 もう支度をしないと遅刻するいう時間まで。 

 けれど、彼はあたしがシャワーを浴びている隙にいなくなっていた。


 ダイニングテーブルにぽつんと残されたまだ湯気の立っているカップ。

 エティエンヌはあたしの家族でもなければ、ましてや恋人でもない。

 用事が済めばいなくなっても責めることなんてできない。

 でも・・・。

 あたしはエティエンヌのカップをシンクに運ぶと、レバーを落とし、水をじゃばじゃばとかけてやった。 

 このわけのわからない感情が水と一緒に流れて、どっかへいってくれるように。

 あたしはエティエンヌに何を望んでいるんだろう。 

 刹那、デジタル時計のぱらんとめくられる音。ジャスト八時の文字盤にあたしは飛び上がった。

 わわわ、冴子が待ってる、冴子に怒られる。

 あたしはその言葉を頭の中で繰り返しながら、オーバーニーソックスをあわてて履き、コンビニへ急いだ。

 女子高生は何かと忙しいのだ。いつまでも分けのわからない感情に付き合ってる暇などない。

 芽生え始めたものに思いっきりフタをして鍵をかける。二度とひょこっり顔を出さないように厳重に。 

 あたしはコンビニの前で待っていた冴子に、

「ごめーん!」と、今まで何度繰り返したかわからないセリフを言うと、どっかの犬みたいに目をウルウルさせた。


「本当にいいかげんにしなさいよ!」 


 と、怒る冴子を「明日は絶対、先に来るからさぁ」と、宥めながらあたしは考えていた、両親の敵を討つまで恋なんて許されないと。

 でも今は、猛ダッシュだぁ・・・・!



 

 私立聖藍学園 ―――――――― 。

 この学園は、十年ほど前、山手市の郊外にある小さな丘を切り崩して作った新設校だ。

 この学園の特徴は外国語教育に力を注いでいること。

 そのせいか、帰国子女やあたしみたいに外国の血が混じった生徒がめちゃくちゃ多いのだ。

 でも、あたしがこの学校を選んだ理由は、単に制服が可愛かっただけなんだけどね。

 黒地に白のセーラーカラーのジャケット、ワイン色のミニスカートにオーバーニーソックスの制服は、『制服図鑑』のトップページを飾るほどだ。

 あたしは冴子と一緒「2-AHR」と書かれたドアを勢いよく開けると、「おはよう」と声をかけた。

 でも、誰もこっちを振り返ってくれない。

 それにいつもより当社比三倍ほど騒がしい気がする。

 あたしは机の上に鞄を放り出すと、目の前で立ち話をしている工藤友香の肩をつついた。


「おはよ、友香。ねぇねぇ、なんかあったの?」


 友香は一瞬びくっとなったが、こっちを振り返るとすぐ『なんだ』という顔になる。


「緋奈かぁ~驚かさないでよ! 

 あんたは聞かないほうがいい話なんだけどなぁ。それでも聞きたい?」


「・・・・」


 あたしがヤバい話の展開に黙っていると、自分の席に鞄をおいて来た冴子が、


「まさか、この季節に幽霊の話題じゃないでしょうねぇ」と、話に入って来た。


「さすが冴子、いい勘してるわ。

 実はね、西城公園で幽霊を見かけたっていう話なのよ」


 げっ、あたしは“場つなぎ”して家に帰りたくなっていた。

 だって、幽霊だけは本当に苦手なのよ。

 先月の学園祭の時なんかお化け屋敷の中で立ったまま気絶したくらいなんだから。

 あたしはそろりそろりとその場から逃げだそうとした。

 ところがもう一歩のところで冴子に見つかってしまい、ノラ猫のように首を掴まれた。


「緋奈・・・・!」


 冴子は強い調子であたしの名を呼んだ。

 はい、はい。わかってますよ。“ゆらぎ”の情報かもしれないって言いたいんでしょ?

 冴子様の圧力に負けて、仕方なく友香の話を聞くことにした。


「それがね、幽霊が集会を開いてるっていうのよ!」


 へっ、幽霊が集会!? 猫じゃあるまいし。


「そんなバカなことあるわけないじゃない!」


「うん、あたしも最初はそう思ったんだけどさ。

 でも、幽霊の集会を見たのは一人や二人じゃないのよ。

二-Bの佐藤さんとか、中等部のテニスサークルの子達とか。とにかく他の学校でもいっぱいいるらしいの」


 友香は興奮半分恐怖半分といった様子で話し続けた。


「ほら、駅前通りを市立図書館のほうに入って5百メートルくらい行くと西城公園があるじゃない?」


 西城公園という言葉に、あたしと冴子はお互いの顔を見つめあった。

 だって、昨夜、“ゆらぎ”と戦った場所だったんだもん。


「それで、その幽霊達は何をしてるっていうの?」


「ううん。姿は見えないらしいの。

 何人かで話しあってるような声がするから、近寄ってみるとだあれもいないんだって」


 そう、友香が締めくくった時だった。教室のドアががらりと大きな音を立てて開いたのは。

 あたし達はいっせいに飛び上がった。


「なんだ、山田さんかぁ・・・」


 入ってきたのは担任教師の山田だった。

 彼は、朝のS・H・Rショートホームルームをするためにドアを開けたのだが、あまりにもタイミングがどんピしゃだったのだ。

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