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新しいかたち Ⅱ

 “ゆらぎ”と戦った翌々日。

 あたしは、コンビニで待っていた冴子に聖樹に託されたストラップを渡した。

 冴子は千円もしないストラップを世界一の宝物のように胸に抱きしめていた。


「これであたし、いつまでも待てるわ」と言って。


 そして、いつものようにバスに乗り、学園に向かった。

 ようやく学級封鎖が解けたクラスは、蜂の巣をつついたように賑やかで、あたしと冴子は顔を見合わせて笑った。


「本当に不思議だよねぇ、山手中央病院に返されてたなんて」


 誰もがそう言って首を捻るけど、里香ちゃんが帰って来た友香をはじめ、クラスメート全員の顔が晴々と明るい。


『終わり良ければすべて良し』


 みんな、そんな心持ちなんだろう。

 だから、この事件が迷宮入りになっても誰も気にしないと思う、警察関係者以外は。

 そして、師走に入った今日。

 放課後、狐さんのところにお礼に行くことにした。

 もちろんエティエンヌと一緒にアンシャンテのバウムクーヘンを持って。


「おお、来よったんか。どうやら、風邪は引かんかったようやな」


 いつもの関西弁が聞こえ、あたしが顔を上げると、頭に大きなこぶをこさえた狐さんがいた。


「それ、どうしたの?」


「ああ、伏見の稲荷大神にやられたんや」


「もしかして、あたしを助けてくれたから?」


 あたしは知っていた、狐さんがしてくれたことは、神様の領分を越えることだと。以前、伏見稲荷さんが代わりに戦うことは出来ないって言ってたからね。

 だから、狐さんが助けに来てくれた時、ありがたい半面、彼が何か罰を受けることが心配でたまらなかった。


「わしが緋奈を助けたくてしたことやさかい、気にすることはないで。

 それにな、こんなん、大したことやない」


 そう言いながら、狐さんは大きく胸を張った。

 いいや、本当は胸の毛が少し盛り上がっただけだったけど。


「お稲荷さん・・・・」


 あたしは声を詰まらせると、狐さんをぎゅっと抱きしめた。

 例によって狐さんはバタバタと暴れている。


「緋奈、はしたないですよ。

 先日、稲荷神さまがおっしゃっていたでしょう、これは仮の姿だと。

 あなたは高淤加美神を抱きしめたりできますか?」


 エティエンヌが、あたしのマフラーを引っ張ってたしなめた。 

 ああ、そういえば、そんなことを言ってたような。

 もし狐さんが高淤さんみたいだったら?

 そりゃ出来ないよ、あんなきれいな男の人に抱きつくなんて恥ずかしすぎるもん。

 あたしは狐さんをぱっと離した。


「ごめんなさい」


「いいんや。これはこれでその、悪いことやない・・・・」


 狐さんはエティエンヌにじろっと睨まれ、あわてて口を閉ざした。


「そや、なんぞ用があったんやろ?」


「うん。はい、約束のバウムクーヘン。

 それと、一つ報告があったんだ」


 狐さんはいつものように器用にラッピングを破き、バウムクーヘンを次々口に放り込み始めた。


「おお、洋菓子もなかなかやな」


 あたしたちはバウムクーヘンが高速で狐さんの口の中に消えていくのをぼうっと見ていた。

 相変わらず質量の法則を簡単に無視してくれる。


「報告というのはね。例の供養塔、来年早々にも着工されることになったんだ。

 友達のお祖父さんもお祓いしてくれてるしね」


 ふふ、持つべきものはなんといってもコネなのだ。

 冴子パパは老舗洋菓子メーカーの社長さんだし、榊原くんちのお父さんは市会議員。

 だから、寄付とプッシュはばっちりなのだ。

 実は山手市役所の方でも守ヶ淵を前々から何とかしたいと思っていたらしくとんとん拍子に話が決まった。

 まぁ、もしダメだったら卒業制作に作るつもりだったんだけどね。


「そか、その頃なら竜神の清めも済んどるな」


「うん、ちょうどいいね。

 昨日、守ヶ淵に行ったんだけど、もう変な感じがしなくなってたよ」


「そか、そりゃ順調やな」


 そう言って尻尾をゆらゆらさせてる狐さんに、

「うん。んじゃ、また来るね」と言って、あたしはバイバイと手を振った。


 だって休んでる間の宿題が山のように出ていたんだもん。

 そして、隣で頭を下げている相棒に、


「あたしたちも帰ってお茶にしようか?」と声をかけた。


「それは名案ですね」


 もうひとつのバウムクーヘンを持ってるエティエンヌが手を差し出してくる。

 どうやらこの男も狐さんと同じスイーツ男子らしい。

 そんな彼の手を取って、そして、ぎゅっと握りしめて来るその手の感触に、いつの間にか慣れている自分に驚いていた。


                     次作に続く

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