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新しいかたち Ⅰ

「エティエンヌ、お待たせ」


 少し気にかかることがあったあたしはお風呂上りの部屋着の上にカーディガンを羽織ると、待たせていた相棒に声をかけた。

 最近、気付いたんだけど、エティエンヌはマメな性格らしく、テーブルの上には温かいミルクティーとバタークッキーがレースペーパーを敷いたお皿の上に行儀よく並べられている。

 あたしはエティエンヌの向かい側に座ると、ほどよい温かさのミルクティーを一口飲んだ。


「ああ、生き返るわぁ~」


 紅茶の温度も、甘さもちょうどいい。かの石田三成なみの気の使いようだ。


「実はさ、これ見てくれる?」


 ティーカップをソーサーに戻したあたしはエティエンヌの前に右手のひらを広げた。

 守ヶ淵からの帰りに気付いたのだけど、“ゆらぎ”がいると白く光るオリーブの徴が今日は黄色く、まるでウルトラマンのカラータイマーみたいにぴこぴこ光っていたのだ。


「ああ、これは・・・・エナジーがたまったのですよ。

 ようするに、ルーラー(支配者)から新しいファクリティ(能力)を貰えるということです」


「ってことは、あたしのレベルが上がったってこと?」


 頭の中に『チャラララッチャッチャッチャ~~~ン♪』というドラクエの音楽が鳴り響き『緋奈はレベル2にあがった!』というテロップがほわんと浮かんだ。


「まぁ、そうとも言えますね」


 そう言うと、エティエンヌは机の引き出しから例のトランプを持ってきた。

 そこから、クラブのジャックを一枚だけ抜き出していく。


「クラブのジャック? ってことは、エティエンヌと同じ騎士様なの?」


 あたしはウキウキした。だって、騎士って萌え要素に溢れてるじゃない?

 けれど、エティエンヌはあたしが『同じ騎士様なの?』と訊ねたとたん、その整った顔をめちゃくちゃ嫌そうに歪めた。


「あんなものと一緒にされたくはありませんね」


 うわっ、ここまで嫌悪感を露わにするエティエンヌなんて初めて見るよ。


「と言ったところで、ヤツを呼ばないわけにはいきません。嫌なことはさっさと済ませましょう。

 ですが、緋奈。その前にひとつ言っておきます。出てきたものと絶対に目を合わせてはいけませんよ。

 合わせたら最後、妊娠させられますからね」


 えっ、今なんておっしゃいました?

 まさか、この若さで耳が遠くなったのかしらん?

 エティエンヌはあたしのカーディガンのボタンをきちんと全部とめた後、マントの後ろに隠れるようにきつく言い、クラブのジャックを目の高さに捧げた。


「神の英雄、聖天使ガブリエルよ。

 ここにクラブのジャックのルーラーを呼びたまえ。

 Lancelot du Lac.その姿を現せ」


 エティエンヌが誓言(せいごん)を唱えた途端、カードが光を放ち、くるくると跳ねるように回り始めた。

 光のつむじ風はたちまち、ひとりの背の高い男性の姿となる。


「なんだ、君か。

 僕はいくら美しくても男にはとんと興味がなくてね」


 現れたルーラーはエティエンヌを一瞥すると、プイと横を向いた。

 アングロサクソンというより、ラテン系の血を濃く引いたような男性は癖の強い黒髪と薄い茶色の目の持ち主だった。

 服装は中世以前の騎士スタイル。マントもチュニックもブーツも全体的に黒ばかり。

 そして、それが彼の精悍さを強めている。

 まぁ、もっと駄々漏れなのは彼のフェロモンだけどね

 ラテン系イケメンは、エティエンヌのマントの後ろから恐る恐る顔を出したあたしに目を止めると、高速で近寄ってきて足元に跪いた。


「はじめまして、緋奈ちゃん。僕はランスロットだよ。

 仲良くしてくれるとうれしいな」


 と、あたしの手を取り、口づけしようとした。

 ・・・・したのだけど、隣のエティエンヌによって、無下に振り払われた。


「君は相変わらずだな、ラ・イール。

 手にキスくらい減るもんじゃないだろ?」


「いいえ、減ります。わたしが減ると思ったら確実に減るのです!」


 うっわぁ、エティエンヌってば、言い切っちゃったよ。

 でも、今までになく厳しい顔をしたエティエンヌが怖くて口をはさめない。


「まったく、君はジャンヌだけじゃなく、緋奈ちゃんもひとり占めする気かい?」


 ランスロットさんは立ちあがりざま、やれやれといった様子で両手をあげた。


「わたしは緋奈の守護者ですから」


「でも、守護者は恋人じゃない、そうだろ?」


 さっきまでの、あたしに向けた甘やかな雰囲気を一瞬でかき消してランスロットさんはエティエンヌを睨みつけた。

 この二人、なんでこんなに仲が悪いんだろ?六〇〇年前、何かあったんだろうか?

 でもさ、さすがにもう横になりたいんだよね。眠さがマジ限界だし。

 ってことで、ランスロットさんにはさっさとお引き取りいただかねば。あたしの精神衛生上もよくないしね。


「はじめましてランスロットさん。ギネヴィアさんはお元気ですか?」


 エティエンヌのマントの陰から出たあたしは『あんたには他に女がいるでしょ』と暗に滲ませた。


「ああ、ギネヴィアはアーサーとよりを戻したよ」


 うわっ、墓穴・・・・。


「そ、それは大変でしたね。

 ところで、あたし、めちゃくちゃ疲れてまして、ランスロットさんのファクリティを早めにいただきたいな、なんて思ったりして・・・・」


 はははっ、なんか意味不明なことを言ってるよ、あたし。


「緋奈ちゃん、こんな尊大な男のことを気にする必要ないんだよ。

 僕たちはゆっくり友好を深めよう。まず、ランスロットと呼んで欲しいな」


 げっ、この人、間違いなくKYだ。


「エティエンヌは尊大なんかじゃ・・・・」


「エティエンヌ? この男をそう呼んでるの?」


 あたしが頷くと、ランスロットさんは何がおかしいのか盛大に吹き出した。


「ラ・イールはエティエンヌと呼ばれるのが一番嫌いなんだ。女みたいな名だからと言ってね。

 僕が知る限り、その名で呼んだものはいないな。かのジャンヌ・ダルクでさえラ・イールと呼んでたくらいだ。

 ふーん、それにしてもこの男が君にエティエンヌと呼ばれてどんな顔で返事してるのか見てみたいよ」


「そうですか? エティエンヌって名前は彼にとっても似合ってるって思ってますけど。

 だって透明できれいな感じがしますもん!」


 ランスロットさんから嫌な感じを受けたあたしは少しだけ強めに言い返した。


「君もラ・イールびいきなのかな?

 でも緋奈ちゃん。

 この男は君に山のような隠し事をしてる、簡単に気を許しちゃいけないよ。もちろん、体もだけどね」


 と言うと、ランスロットさんはさもおかしそうにケタケタ笑った。


「まぁ、面白いことを教えてもらったからいじめるのはこれくらいにしといてあげるよ、可愛い可愛い緋奈ちゃん」


 やっぱり、この人、食えないな。

 あたしが疲れてるの知っててわざと話を引きのばしてたんだ。


「ありがとうございます」


 あたしは心からの笑顔を浮かべてそう返してやった。


「はは、そう返して来るとは思わなかったよ。さすが、継承者と言うべきかな?

 それじゃ、そこに立って。君に僕のファクリティをあげよう」


 あたしはランスロットさんが指示した場所に、エティエンヌに言われた通り、けして目を合わさず移動した。


(えっ・・・・?)


 首筋に冷たく湿ったものが押し付けられた感触。

 ランスロットさんがあたしのうなじに口づけていた。


「貴様っ・・・・!」


 あたしをかばうように前に出たエティエンヌがランスロットさんに向かって蹴りを放った。

 けれど、それはからくも避けられてしまう。

 ああ、この人はとっても身が軽いんだ。さっきと言い今と言い、彼の動きは肉眼では捉えられないほど。おそらくこれがランスロットを円卓の騎士、NO,1に押し上げた理由なんだろう。


「君は相変わらず野蛮だな。

 緋奈ちゃんの首元をよく見てごらんよ」


 確かに、何かがある感触がする。

 あたしはクローゼットの隣にある姿見に自分の姿を映してみた。


「チョーカー・・・・?」

 

 そこには、オリーブの飾りが付いた銀のチョーカーが付いていた。


「ああ、トップのエメラルドは、ほんのわずかの傷もないからダイヤモンドの並みの硬度があるよ。

 銀色のチェーンがどんなものかは、企業秘密といったところだね」と、ランスロットさん。


 えっと、それは要するに非常にお高いということでしょうか?


「ねぇ、エティエンヌ。こんな高そうなもん、もらっていいのかな?」


 ど庶民のあたしは隣のエティエンヌを困りきって見つめた。


「もちろんですよ。ファクリティはあなたのためだけにあるものですからね」


 エティエンヌは再び、あたしを後ろに隠しながら言った。


「それで、このチョーカーにはどういった効果があるんですか?」


 あたしは、一番気になっていたことを訊いた。


「ああ、物理攻撃のダメージ半減だよ。

 ガブリエル様が『緋奈に防具なんて無粋だよ』とおっしゃるんでね」


 おお、それはおいしいじゃないですか。

 木に背中を打ちつけた時なんかマジ死ぬかと思ったもん。

 あたしが、嬉しそうにしてるのを見たエティエンヌは「よかったですね」と一緒に喜んでくれた。

 そして、ランスロットさんには「用事は済んだんだから帰れ!」と、クラブのジャックを指差した。

 もしもし、エティエンヌさん、だんだん言葉遣いがひどくなってますよ。

 でも、エティエンヌがランスロットさんを苦手にするのをわからなくなかったあたしは、


「ありがとうございました」とお礼を言い、それとなく帰るように促してみた。


「ああ、今度はラ・イールがいない時に会おうね」


 素早く頬にキスしてくるランスロットさん。

 それを見たエティエンヌがまたまた大激怒し・・・・。

 すったもんだの末、ようやくお騒がせ者のランスロットさんはカードの中に消えていった。

 はぁ・・・・。

 自然と大きなため息が出る。

 すると、同じようにため息をついてるエティエンヌが隣にいて、あたしたちは、顔を見合わせて笑ってしまった。


「ラテン系の人だったね、ランスロットさん」


「あれは、腹の底の底の底まで黒い最低男ですよ!」


 そうきっぱりと、エティエンヌ。


「ふふ、そうかも。

 ねぇ、もう夜が明けそうだよ」


 あたしは西に傾いてる細い細い三日月を指差した。


「ええ、ですからそろそろお眠りなさい」


「うん。エティエンヌ、今日は本当にありがとう」


「緋奈こそお疲れ様でしたね」


 と、優しいまなざしで労わるように言い、あたしの頬にかすめるようなキスをくれた。


「これは消毒ですよ」と言いながら。


(うわっ・・・・)


 めちゃくちゃ恥ずかしい。あたしはベッドに飛び込むと、わざとらしく寝息を立てた。


「おやすみなさい」


 エティエンヌの穏やかな声とともに照明が落ちて、タヌキ寝入りしていたはずのあたしは本当に眠ってしまったのだ。

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