つかの間の再見(ツァイチェン) Ⅲ
「やれやれ」
やっと家に戻って来たあたしはそんなババくさいことを言うと、ベッドの上に倒れこんだ。
深夜にかなり近い。
お風呂にだけでも入って寝るかとおもったあたしはキッチンにあるパネルでバスタブにお湯をため始めた。
「お風呂が沸く間、お茶でも飲むかな」
疲れの取れるお茶にしようと考えながら茶葉を選んでいると、
「今日はカモミールティーの気分ですね」と、言う声が後ろからした。
「はいはい、カモミールティーね」
もう逆らっている元気なんぞかけらもない。
あたしは棚からカモミールティーの茶葉と二人分のティーカップを取り出した。
「あんたがこんな時間に出てきたってことは何か用があるんだよね?」
あたしは京都旅行中、ずっとトランプを持ち歩いていた。
だから、トランプの精みたいなエティエンヌは、あたしに起きたことすべてを知っているはずだ。
「はい、これをお渡しするためです」
そういいながらエティエンヌはひと振りの刀を渡してくれた。
っていうか、エティエンヌさん、今、それどこから出したんですか?
「緋色? すんごくきれいな拵えね」
刃渡りは四十センチほど、たぶん小太刀と言うより長脇差に分類される長さ。
鞘はあたしの名から取ったのか、美しい緋色で、柄は黒と銀糸で織られていた。
あたしは比較的広いスペースで鞘から抜き放ってみた。
「えっ、これって、まさか・・・・?」
「はい、ジャンヌの剣を打ち直したのです」
確かに、これはラピエール、ジャンヌの剣だ。
ラピエールは、鉄だか何だかわからない不思議な金属で打たれていたから。
「そういえば、この刀はなんの金属で出来ているの?」
「それはオリハルコンです。
この世の、例えば、ダイヤモンドであってもその剣を折ることはできないそうです」
はぁ、マジ存在するんだ、オリハルコンって。RPGにしか出てこないもんだと思ってたよ。
「オリハルコンは、二種の白色の金属と一種の赤色の金属からなるアルミニウムよりも軽い合金と言われています。
現存するのはおそらくそのひと振りだけでしょうね」
うぎゃ、そんな貴重なものをポイ捨てしてしまったことがあったような。
あたしは腰が抜けて、その場にぺたりと座りこんでしまった。
「緋奈っ、大丈夫ですか?」
エティエンヌが驚いて駆け寄ってくる。
「はは、ちょっと腰が抜けた・・・・。
それより、ジャンヌの剣を打ち直すなんてと怒っていたんじゃなかったの?」
エティエンヌの助けを借りてベッドに座りながら訊ねた。
「はい、腹が立ちました。
ラピエールの価値もわからないあなたが何を言うのだと思って。
でも、確かに前回の戦いの時、とても扱いにくそうでした。
だから、あなたの提案を入れて打ち直すことにしたのです。
ですが、あなたとともに京都へ行って、何も分かっていなかったのはわたしだと思い知りました。
あなたが貴船の神に言った『あたしには最高神の加護も、神の使徒という名誉も、王様の何万という軍隊も、騎士たちの助けもありませんから。
あたしにあるのはひとりの騎士と友達、それから稲荷神たちの守りだけです。
だってあたしはジャンヌ・ダルクじゃないんですもん』という言葉には本当に胸が痛みました。
わたしはあなたにジャンヌであることしか求めてこなかった。
ジャンヌではないあなたに“ゆらぎ”を倒さなくてはいけない義務などないというのに。
そして、聖樹さんがおっしゃったように、あなたがいなくては存在できない世界など大した価値はないのに。
それでも、あなたは誰かが泣くのはイヤだから“ゆらぎ”と戦うと決めたのでしょう?
それならば、わたしはジャンヌの生まれ変わりでも、ジャンヌの末裔でもない、ただのあなたに、ただの紫堂緋奈にお仕えしましょう」
そう言うと、エティエンヌは膝をついて、あたしの手に口づけた。
「いいの、エティエンヌ?
だって、あんた、ジャンヌの生まれ変わりを六百年も待ってたんじゃないの?
そのために長い時間をずっと生きてきたんでしょ?」
「ええ、大天使ガブリエルがジャンヌの転生を約束したから、ジャンヌの末裔を守護してきました。
おそらくわたしは昔を今にしたかったのです。
でも、あなたは大切なのは今だと教えてくれました。
それに、あなたみたいなバカをほっておいたら何するかわかりませんからね、傍できちんと見張っていなくては」
はい?そんなオチですか?
まったくあたしの騎士様は素直じゃないんだから。
でも、エティエンヌがBluest Blue in blueの瞳を楽しそうに揺らめかせて笑うから、まぁいいか。
「ありがとう、エティエンヌ」
あなたはこれから、ジャンヌの生まれ変わりのあたしじゃなく、ただのあたしを見てくれるんだよね?
よし、がんばるぞ!いつかあたしだけを好きって言わせて見せるんだからね。
でも、今は・・・・。
「ダメだ、ブラックアウトするぅ・・・・」
あたしは隣に座ってるエティエンヌの膝に寄りかかって眠ってしまったのだった。