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つかの間の再見(ツァイチェン) Ⅱ

 朝から冷たい雨が降りしきる午後。

 昨日と同じ、貴船の奥宮で、あたしは高淤さんと向かい合っていた。


「勝つための作戦は考えてきたんでしょうね」


「いいえ、竜神様の情報が皆無なんで、有用な作戦は立てられませんでした」


 そうなのだ、あたしの足りない脳ミソじゃ、いくら考えても勝つための作戦なんてひねり出せなかった。

 だいたい、竜神様の攻撃力も、防御力も、どんな魔法(?)を使うかもわからないのに、どうやって作戦を立てろっていうんだ。


「それじゃあ、あんたを助けないわよ」


「いいえ、高淤さんはあたしを助けてくれます。

 だって、男神(おがみ)なのに女装してるなんて他の神様に知られたくないですもんね?」


 あたしはにんまり笑った。


「あんたさ、自分が卑怯なこと言ってるって自覚はあるわけ?」


 高淤さんはすうっと目を細めた。どうやらかなりお怒りらしい。

 そりゃそうだよね、たかが人間が神である自分を脅かしてるんだから。


「高淤さんが教えてくれたんじゃありませんか。あたしはその通りにしただけです。

 この世は弱肉強食ですもん、勝つために使えるカードはどんどん使わねば・・・・」


「伏見の狐をたらしこんだわね?」


「そんな人聞きの悪い。ここに来る前、伏見稲荷さんにちょっとお願いしただけです。

 なんの力もない人間に使えるものなんてコネだけですからね」


「何言ってんの? 

 なんの力も持たないなんて、あんたはジャンヌ・ダルクの生まれ変わりなんでしょうが!」


 ああ、やっぱりそんな誤解してたか。

 ただの女子高生に荷の重いことをばんばん言うと思ったら。


「高淤さん、あたしは確かにジャンヌ・ダルクの生まれ変わりですけど。

 あたしが“ゆらぎ”を退治するためにもらったのはレイピア一本ですよ。

 今のとこ、普通の女子高生とほとんど変わりません。

 まぁ、多少武道の心得はありますけど、それも痴漢を退治するのに役立つかなって程度です。

 だから、弱い人間であるあたしは何でも使います。良心の呵責に耳を傾けてたら、誰一人守れませんから」


 そう、何でも使う。聖樹が“ゆらぎ”に囚われていることが確実になったのだから、なおさらだ。

 たぶん、あたしの話を聞いた聖樹もそのことに気付いたはずだ。

 けれど、あたしの負担を増やしたくなかった弟は『助けてくれ』と言わなかった。そんなバカでお人よしの弟だからどうしても助けてやりたい。

 そりゃ、高淤さんに好意を持っていないと言ったら嘘になる。

 けれど、天秤がどちらに傾いているかは言うまでもない。


「レイピア一本ですって? 

 普通の女子高生ですって?

 あんたさ、ただの人間は、八百万の神が二の足を踏むような(あやかし)に挑まないわよ?」


「ええ、そうですね。

 あたしには最高神の加護も、神の使徒という名誉も、王様の何万という軍隊も、騎士たちの助けもありませんから。

 あたしにあるのはひとりの騎士と友達、それから稲荷神たちの守りだけです。

 だってあたしはジャンヌ・ダルクじゃないんですもん」


 そうなのだ、生まれ変わりだけど、ジャンヌ・ダルクじゃない。

 高淤さんはそこんとこをわかってくれるだろうか?


「ええ、あんたの言うことはよくわかったわ。誤解しててごめんなさい。

 確かに、生まれ変わりだからってジャンヌ・ダルクと同じ力を持ってるわけじゃないわよね」


 あたしはそうだとばかりに頷いた。

 すると、高淤さんは袿のままがばっと立ち上がると、腰に手を当てて言い放った。


「あたしは貴船の高淤加美神(たかおかみのかみ)よ。

 ただの人間が“ゆらぎ”に立ち向かおうとしてるのに何もしないでなんていられないわ」


 ああ、この人はやっぱり誇り高い貴船の神なのだ。自分の間違いを正すのに少しも躊躇わない。


「ありがとう、高淤さん。

 物思へば 沢の蛍もわが身より あくがれ出づる たまかとぞ見る

 まぁ、恋の物思いじゃなかったけど、高淤さんと仲直りできてうれしいよ」


「奥山に たぎりておつる滝つ瀬の たまちる(ばかり) ものな思ひそ

 まさか、誰かにまたこの歌を返す日が来るとは思わなかったわ。

 そうね、あんたも思いつめてはダメよ。あんたみたいな天然記念物なみのバカ、そうそういないんだからね」


 高淤さん、それ、ぜんぜん褒めていないから。


「はいはい。天然記念物並みのバカで悪うござんしたね。

 っていうか、そろそろ新幹線がなくなっちゃうから本題に入ってもいいかな?」


 それでなくてもリミットは、後五日しかないのだ。今日中に山手市に戻っておきたい。


「あら、ごめんなさい。あんた、時間がないんだっけ?」


 高淤さんってば、やっと思い出してくれたの?ってか、今頃?


「うん。だから、まず聞いときたいんだけど、高淤さんは貴船から離れられるの?」


 高淤さんが埼玉まで飛んで来てくれるのが一番手っ取り早いんだよな。


「そりゃ出来るわよ、だって竜神だもん。

 でも、あたしはこの地を離れられない。

 なんでかっていうと、この国は危ういバランスで成り立ってるから。

 あたしがこの地の守護を離れたら“ゆらぎ”は大きな力を取り戻してしまいかねないの」


「えっ、高淤さん、それって?」


「ええ、そうよ、伊勢を中心に結界を張ってるのよ、日の本全体にね。

 でも、神の力の源は人間の信仰心。

 信仰心の薄れたこの現代じゃ、八百万の神は力のほとんどをなくしてしまってるの」


 そうか、そうだよね。戦後教育は皇室の先祖が天照大神(あまてらすおおみかみ)であることすら教えない。

 神社は初詣の時だけ行くものになっちゃってるし、八百万の神がどんどん力を失くしていっても当然だわ。


「そうかぁ~。それじゃあ、うちの街に来てもらうのは無理だよね」


 あたしはしょんぼり言った。


「そうねと言いたいとこなんだけど、あたし、あんたんとこに行くわよ」


 へっ?今、行けないみたいなこと言ってませんでした?


「実はさ、昨日からあたしの力、戻ってきてるのよ。

 たぶん、あんたに会ったからだと思うんだけどね」


 高淤さんは「それもあってあんたがただの人間って思えなくてさぁ」と、続けた。

 

「えっ、なんでだろ?」


 ドSな騎士様が憑いてる以外、他の女子高生と変わんないはずなんだけどな。


「さぁ、それはあたしの方が聞きたいわよ!」


 と、高淤さんは声を大きくした。

 まぁ、それもそうか。でも、ということは・・・・。


「んじゃ、高淤さん、こっちに来てくれるの?」


 あたしは語尾にハートマークを付けて言った。


「ふん、仕方ないわね。あんたが百万が一、竜神を倒せたらあたしを呼びなさいよ」


「ありがとう、めちゃくちゃ助かるよ~!

 んでも、高淤さんを呼ぶってどうしたらいいの?」


「あんたねぇ、なんであたしが高淤って呼んでいいと言ったと思ってんの。

 名前は一つの(しゅ)よ。神に名前を呼んでいいって言われたらそれは神呼(かむよ)びが許されたってこと、わかった?」


 うう、高淤さんってばそんな呆れたように言わなくても。神呼びなんて女子高生の一般常識にないんすよ。


「はいはい。って、あれ? 

 もしかしたら高淤さん・・・・?」


「まぁ、そういうことよ」


 高淤さんはそう言うと、袖から扇子を出し、バタバタあおぎ始めた。

 えっと、このクソ寒いのに扇子?


「ぷっ・・・・」


 あたしは思いっきり吹き出した。

 だって、テレてる高淤さんってば、めちゃ可愛かったんだもん。


「緋奈、あんた、殺すぅ・・・・!」


 あたしがこの後、扇子を持った高淤さんに追いかけられたのは言うまでもない。

文中の歌は、和泉式部が貴船で詠んだ歌と、高淤加美神(たかおかみのかみ)がその返歌として詠んだ歌です。訳は、以下の通り。


物思へば 沢の蛍もわが身より あくがれ出づる たまかとぞ見る

(訳 思い悩んでいると、沢を飛ぶ螢の光も我が身から抜け出た魂かと見える)


奥山に たぎりておつる滝つ瀬の たまちる(ばかり) ものな思ひそ

(訳 奥山に滾り落ちる滝の瀬の水の玉、そのように魂が散るほど思いつめるなよ)

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