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つかの間の再見(ツァイチェン) Ⅰ

高淤(たかお)さんのバカ、バカ、バカっ・・・・!


「ついでに、オカマっ・・・・!」


 あたしはゲーセンでモグラをばしばし叩きながら、高淤さんの悪口を言いまくっていた。

 まわりの兄ちゃんたちは振られた腹いせにモグラを叩きまくってる女と思ったのか、かなり遠巻きにしてたけど。


「高淤さんのバカ・・・・」


 もう一度悪態をつくと泣きたくなる。あんたは努力が足りないと言われたようで。

 でもさ、なんであたしが“ゆらぎ”なんか退治しなくちゃいけないわけ?

 あたしはまだ高校生でなんの力もないんだから、神様の力を借りたいと思ったっていいじゃん。

 それにさ、そもそも、なんであたしがジャンヌ・ダルクの生まれ変わりなのよ。

 あたしはジャンヌ・ダルクなんか大嫌いだし。そんなもんの生まれ変わりなんてまっぴらごめんなのに。

 普通の女の子に生まれて、友達とお茶したり、ショッピングに行ったり、それから彼氏も作ったりとかしたかった。 

 そして、絶対、エティエンヌなんか好きにならない。あんな、怒りんぼで、説教臭くて、しかもドSで。ジャンヌのことしか頭にないような男なんか。

 もう疲れちゃったよ、父さん、母さん。

 なんでふたりと一緒に死ねなかったのかな?

 “ゆらぎ”があたしのことも殺してくれてりゃ今頃、親子揃ってあの世で楽しく暮らせてたのに。

 そうだ、今からでも遅くないじゃん、父さんと母さんのとこへ行こう。

 あたしはモグラ叩きのハンマーを放りだすと、ゲーセンを飛び出した。


 師走近い、夕暮れの街を人並みに逆らって小走りで歩く。

 駅へ向かう人達はみんな忙しそうで、きっと家で待ってる人がいるんだろうな。ひとりぼっちなのはあたしくらいだ。

 京都駅から、三十三間堂を左に見て、北へ向う。東山署を右に曲がると、清水寺がある。結局、ここしか思いつかなかったんだよね。っていうか、修学旅行で来たばっかりだしさ。

 確か、夏に来たときは音羽の滝で寿命が延びるって言う延命水を飲んだんだった。

 あれから、三か月も経ってないのに、今日はこうして寿命を縮めに来てる。あたしの人生って下がるばっかりのエレベーターみたいだ。

 門前で拝観料を払って本殿へ向う、清水の舞台を目指して。

 あたしは木の階段を一気に駆け上がった。


(はぁはぁ・・・・)


 欄干に手をついて息を整えると、ライトアップされた本殿の上には一条の青い光。

 夕暮れ、すっかり人がいなくなった清水の舞台であたしは観音様の慈悲と言われる青い光をいつまでも見つめ続けた。


「こんなとこで何してんの?」


 いきなり若い男の声が聞こえた。さっきまで誰もいなかったはずなのに。

 あたしは慣れ慣れしく肩を叩くその男に文句の一つも言ってやろうと後ろを振り向いた・・・・。

 けれど、そこには十四年間、見慣れた、鼻のそばかす以外、そっくりだと言われた弟の顔があった。


「聖樹なの? あんた、今までどこに行ってたの? 

 冴子だってあたしだってあんたの帰りをずっと待ってたのよ!」


 あたしは聖樹に駆け寄ると、まだ少年っぽさの残る体をがばっと抱きしめた。


「ごめんよ、姉ちゃん。俺も自分がどこにいるかわかんないんだ。

 久しぶりに目が覚めたらここでさ、そいで、目の前に姉ちゃんがいたってわけなんだ」


 そうだったのか。でも、経過なんていいんだ。聖樹は今ここにいるんだもの。


「聖樹、一緒に帰ろう。冴子があんたの帰りを一日千秋の思いで待ってるんだよ」


 あたしは絶対離さないとばかり弟にすがりついた。

 でも、聖樹はあたしと同じ(はしばみ)色の瞳を泣きそうにゆがめて言った。


「そりゃ、俺だって帰りたいよ。冴ちゃんに気が狂うほど会いたいしさ。

 でも、俺は帰れない。ここにいる俺は抜け殻なんだ。魂は別の場所に囚われてるから」


「なんで? あんたはここにいるじゃない!」


「姉ちゃん、俺の手を触ってみろよ」


 聖樹の言う通り、彼の両手を取ったあたしは心臓が口から出るんじゃないかと思うほど驚いた。

 聖樹は、弟は、体温がまるでなかったのだ。

 もちろん、寒さで冷たくなってるというんじゃない。

 脈拍もなければ、心臓の鼓動もしない。これは、エティエンヌと、自分を霊のようなものだと言ったエティエンヌと同じだ。


「あんた、なんでこんなことになってんの?」


「だからわからないんだってば。

 ここにいる俺が本当の俺じゃなくて、姉ちゃんと一緒に帰ることが出来ないっていう以外はぜんぜんわかんないんだ!」


「そ、そんなのあたしだってわけわかんないよ!」


 あたしは弟にしがみついてわんわん泣いた。


「姉ちゃん、俺を困らせないでくれよ。俺だって帰って父さんのご飯が食べたいんだ」


 ああ、そうか、聖樹は、まだ知らないんだ。

 あたしは言うべきかどうか少しだけ迷い、それでも口にした。


「・・・・聖樹、それはムリだよ。だって、父さんと母さんは死んだんだもの」


 聖樹はハッと顔を上げた後、あたしがさっきまで見てた青い光を遠いものでも見るような目で見つめた。

「ああ、やっぱりそうか。俺、だんだん思いだしてきたよ。

 あの火事の時、父さんと母さんは俺をバスタブにぶち込んだんだ。『何があってもそこから出るな』って言ってね。

 そこから俺の記憶はないんだけどさ、あの火の勢いじゃ助からなかっただろうな・・・・」


 そう言うと、聖樹は狂ったように頭をわしわしとかき乱しはじめた。

 たぶん、心は悲鳴を上げて、どんなにか泣きわめきたいだろうに、弟の両目からは一粒の涙も流れない。


「うっわぁあああっ、父さん、母さん・・・・!」


 聖樹がまるで悲鳴のように叫んだ。

 その後、あたしと聖樹は、まるで一本の木になったように、抱き合って悲しんだ。

 けれど、しばらくして、腕の中の聖樹がピクリと顔を上げた。 


「俺、あんまりここにいられないんだ。

 だから聞くけど、姉ちゃんはどうしてここにいるんだ? ここは清水寺だろ?」


「よくわかったわね」


「ああ、修学旅行で来たばっかりだかんな」


 そいえば、聖樹の修学旅行も京都・奈良だったわね。


「それはね、清水の舞台から飛び降りるためよ。一度やってみたかったのよねぇ」


 あたしは口先だけで笑った。


「そうか? でも、あんたは親が死んだから後を追いましょうってタイプじゃないよな。

 親の敵を散々な目にあわせてやるってタイプだよな」


「そうね、そう思ってたわ、さっきまでは」


 そうだ、親の敵だけだからじゃない、誰かが泣くのがイヤで戦おうとしてた。“ゆらぎ”なんて絶対に敵わないだろう相手と。


「それなのにさ、なんでこんなとこで死のうとしてるわけ?」


「そうね。その話はちょっと長くなるけどいい? 

 たぶん、聞いても誰も信じやしないだろうけどね」


「はは、姉ちゃん、嘘つけるほど頭良くないだろ? 

 だから信じるし、仕舞いまで聞いてやるよ」


 あたしは今までのことをすべて聖樹に話してやった。

 冴子やエティエンヌにさえ話してないことも全部話したと思う。

 聖樹はどんな奇妙なことも、そんなことあるわけないだろうと言わず、うんうんと聞いてくれた。

 そして、あたしが、


「“ゆらぎ”なんてわけわかんないのと戦うの、もう嫌になっちゃったのよ」と話を締めくくると、聖樹は、


「姉ちゃん、バカだと思ってたけど、やっぱりバカだなぁ」と、言いやがったのだ。


「母さんも神原とかいう爺さんも言ったんだろ? 

 姉ちゃんが嫌なら“ゆらぎ”なんて退治しなくていいってさ。

 なら、そうすればいいじゃん。姉ちゃんがいなくちゃ壊れる世界なんてもともと大したもんじゃないんだからさ」


「でも、聖樹。あたしは・・・・」


「うん、わかってるよ。姉ちゃんは人が苦しんでるのを見てほっとける性格じゃない。バカみたいにお人よしだかんな。

 んじゃさ、“ゆらぎ”と戦っても戦わなくても同じように苦しむんなら、いっそ戦ってみれば?

 それで、ダメだったらそんなの姉ちゃんのせいじゃない、それまでの運命ってヤツだよ。恐竜が滅びたように、人類も滅びればいい。そうだろ、姉ちゃん?」


 聖樹は鼻の頭のそばかすをかきながら言った。

 これはヤツが自慢する時のクセで、あたしは、


「弟のくせに生意気言うな!」と、頭を小突いてやった。


「あっ、もう時間がないみたいだ。これを冴ちゃんに渡してくれよ。

 そいで、俺は絶対、帰るから、他の男なんか見ないで待っててくれって伝えて」


 聖樹はポケットから携帯を取り出すと、ストラップを引きちぎった。

『SAEKO』とビーズで繋がれたストラップはふたりが初めてデートしたディズニーリゾートでお揃いで買ったもの。


「いいけど、冴子はモテるからあせった方がいいよ」


 そう答えてあたしがストラップを受け取ったとたん、聖樹は霞のように消えてしまった。

 ヤツはあたしの返事を聞いたんだろうか。

 それはわからないけど、冴子はこれを渡したらきっと喜ぶだろう。だから、まぁいいか。


「もう閉館ですよ」


 若いお坊さんの声にせきたてられて、あたしは清水寺を出た。

 今度、冴子と聖樹と三人で延命水を飲みに来よう、ちょっと、ううん、かなり邪魔者にされるだろうけど。

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