恋を眠らせて Ⅱ
「あ、そうだ。昼間、パンプキンパイを買っといたんだった。
あんたも食べる? っていうか、食事はできるの?」
あたしはずっと気になっていたことを聞いてみた。
お茶を飲んでるんだから、ご飯も食べられるんじゃないかなって思ってたんだよね。
「もちろん、食べられますよ。食物から栄養を取る必要はありませんが」
「なんだ、早く言ってよ。
ご飯ってさ、一人で食べるの味気ないんだよ」
あたしは二人分のパイの用意をしてから、お茶のお代わりを入れた。
「こ、これは、おいしいですね」
一口食べたエティエンヌが目を丸くしている。
「よかった。昼間に行ったベーカリーレストランでテイクアウトしといたの。
パンがおいしかったからパイもおいしいかもって思ったんだ。
それでは、いただきます」
あたしはいつものように手を合わせた。
「日本人は何故、食事の前に、“いただきます”というのですか?」
「あんたたち、キリスト教徒の食前の祈りと一緒だよ。
あなたの命を、わたしの命にいただきますって意味だもん。
うちの国はどんなもんにも神様がいるって考えだからね」
「八百万ですか? そんなに神がいて面倒にならないのですか?」
「ならないんじゃないかな。それが普通だと思ってるもん。
あ、神様と言えば、あたしに神様の加護がないっての訂正するわ!」
「は・・・・?」
「いやぁ、考えてみたらあたしに父なる神(キリスト教の最高神)の加護があるわきゃなかったんだわ。
だって、キリスト教徒じゃないんだもん」
どうやらジャンヌに父なる神の加護があったように、日本人のあたしには八百万の神の加護があるらしい。
「だからさ、ジャンヌはキリスト教徒だから父なる神の加護があった。
あたしは日本人だから八百万の神の加護があるってこと。
ぶっちゃけ“ゆらぎ”はキリスト教世界の妖だからうちの国には無関係なんだけど、ジャンヌの生まれ変わり(あたし)が日本に生まれちゃったじゃない?
だからうちの国の神様達は仕方なくあたしを助けることにしたらしいよ。
まさかこの国を無に帰すわけにいかないもんね」
あたしは狐さんと会ってから考えていたことをとつとつと話した。
「そ、それは・・・・。
あなたの考えだと父なる神と八百万の神が知り合いのように聞こえますが?」
「えっ、そうじゃないの?
日本人なら神様同士はみんな友達と思ってると思うけどな。
だから、どこの宗教も否定しないしぃ」
「わたしには日本人がよく理解できません」
エティエンヌは降参というように手を挙げた。
「それで、神様の加護の話に戻るんだけどね。
実はお稲荷さんがね、あたしの味方をしてくれるらしいんだ」
「お稲荷さん・・・・?」
「あ、お稲荷さんってのは稲荷神だよ。宇迦之御魂神ってのが本当の名前。
白い狐がお使い神で、日本じゃ一番信仰されてる神様なんだ。日本中に三万社ほどあるかな」
「はぁ・・・・」
エティエンヌはどうもいまいち飲み込めないらしい。
「百聞は一見にしかず。明日、お稲荷さんに会いに行ってみようよ。
ってか、あんた、神様には会えるの?」
大天使ガブリエルに会ってるらしいので、大丈夫かと思ったんだけど、念のため訊いてみた。
「はい、神は人ではありませんから」
「んじゃ、一緒に行こうよ。お願いしたいこともあるしね」
「お願いしたいこと?」
あたしはエティエンヌがいなかった時のことをざっくり話した。
友人の妹たちが守ヶ淵に監禁されてること。その命は後一週間ほどだということなどをだ。
「だから、お稲荷さんに偉い竜神様を紹介してもらおうと思ってんの。
あたしじゃ守ヶ淵に入って子供を助けるなんてこと出来ないもん」
「確かに溺れ死にますね」
「まぁ、エティエンヌがぱっと行って、子供たちを助けてくれるっていうならお願いするけどね」
「それは出来ません。
確かに呼吸を必要としないわたしは水の底に入ることが可能です。
でも、わたしが緋奈に出来るのはあくまでもサポート。
それを破ったらあなたのそばにいることが出来なくなります」
エティエンヌは大真面目に答えた。
「はい、はい。んじゃ明日の朝、一緒にお稲荷さんに会いに行こう。
ということで、お風呂に入ってくるね」
あたしはクローゼットからパジャマを取り出すと、エティエンヌにバイバイと手を振った。