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繰り返されたゲーム Ⅲ

「ねぇ、エティエンヌ。一度でいいからあたしと仕合ってくれない?」


 あたしはエティエンヌが頷くのを待って、練習用にしている棒を一本渡すと、自分用にいつもより少し短い棒を手にした。


「それでは行きます」


 短い棒を正眼に構え、切っ先をエティエンヌの咽喉元に向ける。

 双眸は最前よりエティエンヌの目を捕らえて離さない。

 じりじりと後退しながらじっと見つめあう。

 お互いがお互いの隙を見出そうと、全神経を傾ける緊迫した時間。

 じわりじわりと円を描くように、互いを中心に動いていた二人の足がふいに止まった。

 エティエンヌがいきなり大上段から打ち込んできたのだ。

 あたしはその剣戟を一歩退いて躱すと、すぐ左半身を翻し、横一文字になぎ払った。力に余裕のあるエティエンヌは、それを真正面から受け止めた。

 乾いた木を打ち付け合う大きな音が、いつもの川原に響き渡る。

 何合か、あたしが交わし、エティエンヌが受け止めることを繰り返した。

 だが、あたしの極意は『先んずれば人を制す』だ。

 あたしはエティエンヌが、大上段に構えるより先に、身を縮め、彼の懐に入り込んだ。

 これでエティエンヌの長い得物は封じられたことになる。

 そして、立ち上がりざま、切っ先を咽喉元に当てれば、The Endだ。


「やれやれ、今回はわたしの負けですね」


 エティエンヌはおどけて頭の上に手を上げた。

 あたしはふふと笑って、Vサインを返してやった。


「これはなんという剣術なのですか?」


「紫堂家流小太刀かなぁ? うちの父さん、武道の達人だったんだよね」


 そうなのだ、うちの父さんはあれで要人のSPなんぞをしてたから、あたしと聖樹には多少武道の心得がある。といっても護身術くらいにしか役立ってないけどね。


「この戦法はすぐ読まれちゃうから一回こっきりだし、身が軽くないダメだから、女性向けなんだよね」と、あたしは続けた。


「そうでしょうね。

 そういえば、わたしの次の手を読んでいたのですか?」


「ううん、違うよ。っていうか、三手先まで読んでたっていうのが正解かな?

 相手の目を見て、先の先の先まで読む。これが日本式の剣術なんだ」


 あたしはBluest Blue in blueの瞳を覗きこむように言った。

 エティエンヌがあたしの言いたいことをわかってくれるといいなと願いながら。


「日本式・・・・?

 あなたはまさか?」


「うん、ジャンヌのレイピアは使いづらいんだ。

 そりゃ、ラピエールじゃなきゃ“ゆらぎ”を倒せないのは知ってるよ。

 だから、ジャンヌの剣を小太刀に打ち直せないかなと思って」


「打ち直すのですか、ジャンヌの剣を?」


 エティエンヌの双眸が瞬く間にグレイに翳った。


「うん、レイピアみたいな両刃刀は日本人には使いづらいんだよ。

 これから強い敵と戦うってのにレイピアじゃ確実に後れを取っちゃう・・・・」


 あたしはエティエンヌのご機嫌を伺うように恐る恐る言った。

 そりゃ、エティエンヌがジャンヌの剣を打ち直したいなんて話を嫌がるだろうとはわかっていた。

 けれど、あたしにフェンシングは向かない。

 向かないというより、もう小太刀の型が出来ているから覚えづらいというのが本当のとこなんだけど。

 それに、今からフェンシングを覚えるより、ある程度覚えている剣術を使った方が効率がいい。これから強い敵と戦うなら尚更。


「緋奈はレイピアより小太刀がいいと言うのですか?」


「うん。ぶっちゃけて言えば、そういうことになるかな?

 それに、あたしはジャンヌの末裔かもだけど、日本人なんだ。父さんもじいちゃんも“侍”だったしね」


 これを言えば、エティエンヌは傷つく。

 でも、この問題を解決させなければ、これからのあたしたちに勝ち目はない。


「かも、ではありません。あなたは間違いなくジャンヌの子孫です。

 六百年間、あなた方を見守ってきたわたしが言うのですから間違いありません」


「うん、それはすっごく感謝してるよ。

 でも、エティエンヌ。あたしはジャンヌの子孫だけど、ジャンヌじゃないんだ。

 彼女とは違う人間なんだよ。だから・・・・」


「いいえ、あなたはジャンヌです! 

 このわたしが、六百年、待っていた、あなたはジャンヌの生まれ変わりなのです」


 エティエンヌはあたしの言葉にかぶせるように叫んだ。


「えっ・・・・!」


 あたしはそう言ったきり、次の言葉が出ない。

 そして、唐突に乾いた笑いが起こる。

 なんだ、そうだったのか。エティエンヌが怒ったり、説教したりしつつも優しくしてくれたのはジャンヌの生まれ変わりだったからなんだ。

 それなのに、少しは好かれているんじゃないかって勘違いして、どんだけお調子者なんだよ、あたし。


「あっはははははははははっ・・・・!」


 あたしは体をよじらせて笑った。

 自分がバカ過ぎて、笑いが止まらない。

 あまりのおかしさに地面に膝をついて、手で地面を叩いて、それでも笑い続けた。


「あたしってジャンヌに似てるわけ?」


「あなたとジャンヌは瓜二つですよ」


 エティエンヌはあたしの問いにハッとしたように答えた。


「はは、そっくりなんだ」


 そりゃあたしにジャンヌを見ちゃうよね。

 あれ、なんだか苦いものがほっぺたに落ちてきた。

 苦いものはどんどん落ちてきて、ウザいほど顎を伝って、スカートにぽたぽた落ちていった。


「やめてよ、あたしは紫堂緋奈だよ、ジャンヌじゃない!

 もし生まれ変わりだとしても、あたしたちは違う人間なんだよ!」


 あたしはそう絶叫した。


「あんたがあたしを紫堂緋奈だってわかるまであたしの前に現れないで。例え一生かかっても・・・・。

 そりゃあたし一人じゃ“ゆらぎ”は倒せないかもしんない。

 でもね、あたしをあたしだと認めないあんたの助けは金輪際、いらないんだよ!」


 よろよろ立ち上がるとあたしは歩き出した。後ろでエティエンヌがどんな顔をしてるのか見ないまま。

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