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繰り返されたゲーム Ⅱ

 あたしが一歩も歩けないほどくたくたになって帰ると、エティエンヌが温かいミルクティーを入れて待っていてくれた。

 導きの騎士様はどこに情報源を持っているんだか、すでに子供の行方不明事件を知っていた。


「ありがとう」


 白い湯気の立つマグカップになみなみ注がれたミルクティーはとっても温かで、あたしはしばらく無言でミルクティーを飲み続けた。

 ふと思いついてテレビのスイッチを入れる。

 すると、ちょうど九時のニュースが始まったところで、見慣れた稲荷神社が液晶ディスプレイに映っていた。


『昨夜、九時頃より、埼玉県山手市緑が丘に住む小学五年生の女の子が消息不明となっています。

 関係者の話では、こちらの稲荷神社で友達と別れてから行方が知れないとのことです。

 しかも、山手市では同様の事件が他に一二件も起きており、山手警察署では、それぞれの事件の関連性について調べています』


 取材記者と思われる中年男性が口から唾を飛ばしてしゃべっている。

 続いて、録画と思われる映像。

 山手警察の前、少女たちの家族が捜索願を出しに来たのを捕まえてコメントをせがんでいるものだ。

 先ほどの記者が母親と思われる女性たちに、


「ご心配ですね。何か手かがりを得られましたか?」


「何故、子供さんひとりを夜遅くに外出させたんですか? 

 母親の監督不行き届きといった意見もありますが」


「ご主人はお子さんの行方不明についてなんとおっしゃっていますか?」


 と、少しの気遣いも感じられないインタビューを繰り返している。

 母親たちは自分を責めてげっそりやつれているというのに。

 いつも思うことだけど、マスコミは自分たちを何様だと思っているのか。彼らは大衆の知る権利を振りかざして被害者さえ蹂躙する。

 だから、今までテレビをつけたことがなかった。

 備え付けの液晶テレビが置いてあったけど、一度もスイッチを入れる気にならなかった。

 無性に腹が立ったあたしは主電源からOFFにした。

 それだけでは飽き足らず、コンセントをぶちっと抜いてやる。

 あの光景は、何の罪もない母親たちが責められている光景は、二月前の父さんと母さんの通夜の晩と重なる。あの時、彼らに責められていたのはあたしだった。


『何故、あなただけが生き残ったのですか?』


『ご家族を全員亡くされてこれからどうされるのですか?』


『ご両親が殺されたことに何か心当たりはありますか? 誰かに恨まれていたと言ったような』


『お父様は警備関係のお仕事をされていたそうですが、やはりそちらの関係で恨まれていたのではありませんか?』


(やめてぇえええっ・・・・!)


 あたしは耐えきれず、耳を塞いでうずくまった。

 何故、これ以上傷つけられなくてはならないのか。彼らは親を亡くした子供にかけるひとかけらの情も持っていないんだろうか?

 彼らはその後もうずくまって泣いている子供に知る権利と言う名の暴力を振りかざし続けた。


(そこまで言うなら死んでやるわよ!)


 あたしは自暴自棄になり、雨の中を走りだそうとした。

 けれど、そんなあたしを抱きとめた腕があった。

 小柄な老人があたしをかばい、マスコミの前に立ちはだかっていた。


『わたしは紫堂家の顧問弁護士の神原と申します。

 あなたがたは親を亡くした子供に何をしているのですか。

 それ以上、紫堂家を侮辱するならあなた方を名誉棄損で訴えますよ!』


 戦後を生き抜いてきた男の一喝だった。

 あたしより小さな老人の気迫は彼らを圧倒し、怒鳴られた男どもはすごすごと尻尾を巻いて逃げて行った。


 今のあたしにはエティエンヌも、冴子も、神原さんもいる。

 けれど、あの母親たちには誰かいるのだろうか、自分をかばってくれる存在が。自分を責めて、他人に責められて、あの時のあたしのように自棄にならないといいのだけど。


「きっと誰かが支えになってくれていますよ」


 エティエンヌがあたしの心を覗いたように言った。


「うん・・・・」


「ほら、鼻をかみなさい。

 若い女性がいつまでも鼻水を垂らしているものではありませんよ」


 あたしはエティエンヌが渡してくれたテッシュを受け取ると、音を立てて鼻をかんだ。


「えへへ・・・・」


 なんだか気恥しくなって笑ってみせると、エティエンヌは今までになく優しい顔をしていた。


「少し眠るね。一時間くらいしたら起こしてくれる?」


 その後、エティエンヌが何と返事をしたのかわからない。あたしは意識を飛ばすように眠ってしまったから。 

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