エリニュスがよこした運命
はじめまして、宝來りょう(ほうらいりょう)と申します。
拙い作品ではありますが、主人公とともに作者も成長していけたらと思っています。
読みづらい気がしたので、前書きと後書きは、使用しないことにしました。
この小説のウンチク(?)なんかを知りたい方は、活動報告にいらっしゃってくださいね♪
エティエンヌと緋奈 イラスト:彩都めぐり
弓張り月 ―――――――― 。
その夜空に浮かぶ宝剣を焦がれるほど欲しかった。
だが、月の宝剣は、神々のもの、人の手には余る剣なのだ。
それに、欲した力は、今この手の中にある。
「何を見ているのですか? 風邪をひきますよ」
耳障りのいい声がすぐ後ろからする。あたしは、その声に振り返らなかった。今夜の月があまりにもきれいだったから。
「月を見ているんだ」
小さなアパートの窓いっぱいに三日月が映っている。あたしは、窓辺に座り、時を忘れたように見ていた。
「思い出していたのですね」
「うん・・・・」
あたしがようやく振り返ると、中世の騎士衣裳を纏った青年が真っ青な瞳を翳らせながらこっちを見ていた。
彼の名は、『エティエンヌ・ステファン・ド・ヴィニョール』
この舌を噛みそうな名前を持つ青年は、もちろん人間ではない。いや、元人間といったところだろうか。本人は精霊のようなものだといっていたから。
エティエンヌは、あたしの母が遺したトランプに付いてきたオプションで、『導きの騎士』というものらしかった。
いくら銀で象嵌されたケースに入っているとはいえ、古くてきっちゃないトランプのオプションとしては豪華すぎるかもしれない。
何せ、エティエンヌは騎士様で、女の子が求める王子様の条件をすべて満たしているのだから。
月光を紡いで創ったような白金の髪に、真昼の青空の瞳。まるで、昼と夜の具現といったふう。
絶世の美貌を持つ彼に見とれない女などひとりとしていないだろう。
けれど、あたしにとってエティエンヌは、ただの相棒。もっというなら、利用すべき相手だ。
「エティエンヌ、行くよ!」
あたしは、もう一度名残惜しそうに、弦月に目をやると立ち上がった。
すると、月光をうけて手のひらの中に継承者の徴が浮かび上がる。
あたしは、それをぎゅっと握り締めた。この運命を与えたすべてのものに復讐するために・・・・・・。
***
一四三一年 五月三〇日。
北フランスのルーアン、ヴュー・マルシェ広場。
高く設えられた火刑台に括りつけられた少女の名は“ジャンヌ”。彼女は異端の罪により裁かれようとしていた。
(ラ・イール、こんなところまで)
ジャンヌは群衆の中にかつての右腕であり、恋人でもあった男を見いだした。
オルレアンからルーアンまでの数百キロ、どれほどの勢いで駆けてきたのか、白金の髪は泥にまみれ、騎士服は巡礼者のようにずたぼろだった。
(ジャンヌ、ジャンヌ・ラ・ピュセル。
わたしは貴女をお救いすることが出来なかった。
だから、こんなわたしに出来ることといえば、貴女の最期をこの目に焼き付けるくらいです。
愛しています。わたしは未来永劫、貴女だけを愛し続けるでしょう)
ジャンヌはその言葉が聞こえたかのようにうっすら微笑むと、天を仰いだ。
『イエス様・・・・・・』
彼女は夢見るようにそう呟いたっきり、二度とまぶたを開かなかった。
ふたりの刑吏が何十にも積まれた柴に火をつける。それは瞬く間に紅蓮の焔となって、小さな少女の身体を舐めていく。
炎に抱かれた救世の乙女は最後の瞬間に何を想ったのだろう。己の短い人生か、それとも恋人との思い出だろうか。
だが、例え彼女の目交に何が浮かんだにせよ、それをけして斟酌してはならない。人がひとりで生まれ、ひとりで死んでいくことが神代からの約束だとすれば、死に臨んだ想いは人知れず天園まで持っていくべきものなのだから。
ここに、救世の乙女の火刑は終わり、ジャンヌの灰はセーヌ河に流された。
それは魔女の甦りを封じるための仕儀である。だが、火刑にあったものは本当に甦らないのであろうか。
『いいや、違う』とラ・イールは思った。
重い代償を支払わされたジャンヌは来世こそ幸せにならなくてはならない。例え、その隣に自分の姿がないとしても。
ラ・イールは跪くと、ジャンヌの未来永劫の幸福を神に祈ったのだった。
***
『継承者・・・・』
何よ、あたしは眠いのよ。
『継承者・・・・』
『うるさいっ! さっき寝たばかりなんだから起こさないでよ』
『継承者・・・・』
あまりにもしつこい声に仕方なくまぶたを開く。
あたしはふかふかのベッドから、黒々とした闇の中に堕とされていた。
しかも、目の前にはブラックホールのような大きな渦がある。
どうやらこの渦があたしを叩き起こしてくれた張本人らしい。
『あのさ、継承者だかなんだかしんないけど、用事があるなら早く言ってくんない。
明日から修学旅行だし、早めに寝たいのよ』
あたしはわざとらしく欠伸をして叩き起こされた不機嫌さを少しも隠さなかった。
『ぐぉおおおっ・・・・・!』
ブラックホールはそんな生意気な態度に怒ったのか、突然凄まじい回転を始め、大きく唸り声をあげた。
それでもこれを夢だと思っていた。自分が紫堂緋奈がこんな想像力を持っているはずないのに。
『ふふ、お前はただの人間だな。・・・・の血など少しも感じられぬ。
だが、・・・・・の継承者であることは間違いがないようだ』
地の底から響くような低い低い声。一万年経った岩が声を発したらこんな声なのではないかと思わせる。その上、ヤツが喋るたびに、血が焦げるような腐臭があたりを漂う。
そして、ブラックホールが意味不明な言葉を言い終えた刹那、殺気のこもったぞっとするような視線を感じた。
未だかつて感じたことのない恐怖が体中を凍りつかせていく。
『何よ、ただの人間じゃ悪いっていうの!』
それでも、精一杯虚勢を張った。
人を呼びつけておいて勝手なことを言ってくるヤツに弱みなんか見せたくなかったから。
けれど、いつまでたってもお化けからの返事は返らない。それどころか、急激に足元が崩れる感覚がした。
『ちょ、ちょっと・・・い、いやぁあああっ・・・!』
まるで、蟻地獄に落ちる蟻のように、バタバタとあがきながら奈落の底に落ちていく。
あたしは暴力的に眠りの奔流へと戻されたのだった。
***
「おはよう!」
寝不足で痛む頭を抱えながら階段を下りると、ダイニングテーブルの自分の席についた。
ダイニングにはいつもどおりの朝があって、あたしをほっとさせる。
どうやら他の三人はもう食事中らしい。
ここで少し、あたしの家族の紹介をするね。
埼玉県山手市に先祖代々住んでいる我が家は、四人家族。
父さんこと紫堂大樹は、動物園のクマのようなガタイと顔の持ち主で、紫堂家の家事ほとんどと、警備会社で要人のSPみたいな仕事をしている。
武道家だった祖父に鍛えられた父さんは、母さんと恋に落ちなければ、今頃、オリンピックの無差別級柔道の選手だったという。その父さんのおかげであたしと弟も小さな頃より、色んな武道に少しだが親しんでいる。
母さんこと紫堂黎子は美女でなおかつ才女だが、てんで家事の才能がない。
母さんが言うには家事は同時に二つのことをする才能が必要だそうで、母さんは悲しい位ひとつのことしか出来ない。
いつだったかなんて、洗濯の途中、宅急便の配達が来たせいで、洗濯をすっかり忘れてしまった。その洗濯物は翌日、父さんによって洗い直されたのはいうまでもない。
それでも、アメリカ留学中にMBAを取り、ビジネスコンサルタントとして、毎日忙しく駆け回っているのだから、これはこれでOKなのかもしれない。
あたしこと、紫堂緋奈は現在高二。
中高一貫教育と外国語教育に注力がウリの私立校に通っている。
そのせいか、留学生と帰国子女の割合が高く、まさに“異文化コミュニュケーション”といった状態の日々。
たぶん、顔も頭もごくごく人並みなんだと思う。
最後に、弟の聖樹。
ヤツは中三で、普通の公立中学に通っている。
理由はそこの中学のサッカー部が強かったから。いつか浦和レッズに入るが口癖の聖樹は、現在反抗期中なのだが、その反抗期はもっぱらあたしにしか発揮されない。クソ生意気で、いちいち小憎らしい弟である。
けれど、寄ると触るとケンカばかりのあたしと聖樹だが、どうも双子のように似ているらしい。小さな頃など、聖樹の鼻の頭のそばかすがなかったら、祖父母さえあたしと聖樹の見分けがつかなかったという。
あっ、一つ言い忘れた。
うちの母さんはフランスとのクォーターだ。
なので、あたしたち姉弟も1/8ほどフランスの血を持つことになる。
そして最後に、うちの家族はとっても仲がいい。特に父さんと母さんはこっちが恥ずかしくなる位仲良しだ。
大きなクマが、間違えた父さんが、あたしのお皿にも目玉焼きをよそってくれた。
ベーコンが添えられた目玉焼きは、あたし好みの半熟で今日もこれからと同じ日が続くことを疑わせない。
そうそう、あれは夢なんだから。ちょっとリアルだったけど、あのブラックホールはただの悪夢。
あたしは必死で自分に言い聞かせた。
「なんだ、緋奈。おまえが食欲ないなんてめずらしいな」
目玉焼きをフォークの先でつついていたあたしに父さんが心配そうに言った。
「ちょっと眠れなかっただけだよ」
顔をあげ、父さんを安心させるために少しだけ笑う。
もし、父さんに夢の話をしたら、『そんなのただの夢だよ』と言って、いつものように豪快に笑い飛ばしてくれるだろう。
でも、あたしはただの夢だと思うことが出来なかった。
何故と問われれば、なんとなくという返事しか出来ないけれど。
「姉ちゃん、修学旅行が楽しみで眠れなかったんだろ?」
聖樹が分厚い食パンにバターを塗りながら、いつものように憎まれ口を叩いてくる。
あたしは黙ったまま、聖樹の頭をげんこつでぐりぐりすると、ヤツがバターを塗り終えたばかりのトーストをひょいと取り上げてやった。
「何すんだよ~!」
必死にトーストを取り返そうとしている聖樹の頭をなおもテーブルに押しつけてやってから、ダメ押しとばかりにパンに齧りつく。
すると聖樹はくぐもった声で、
「そんなことばっかりしてるから彼氏ができないんだよ!」と言いやがった。
「聖樹くーん、子供のあんたにあたしのよさはわかんないのよ。
まだまだお尻の青いお子ちゃまだもんねぇ~」
あたしは何度も子供と繰り返した。
中坊のくせに年上の彼女持ちのコイツが子供と言われるのを一番嫌うのを知っていたから。
案の定、聖樹はみるみる顔を赤くした。
「子供って何度も言うな!
姉ちゃん、俺がモテるからやっかんでいるんじゃないの?」
聖樹は勝ち誇ったようにふふんと鼻で笑った。
あたしはそんな聖樹の言い草にドンとテーブルを叩くと、ヤツのシャツの襟を両手で掴みあげてやった。
けれど、そこに大魔神が降臨。
「うるさい! あんた達のせいで大樹の淹れたコーヒーがまずくなるわ!」
母さんが白磁のコーヒーカップを掴んだまま、あたし達をギロリと睨んだ。
あたしは、いやあたしと聖樹は何よりも母親が苦手である。
何故かといえば、あのきつい三白眼を向けられると平謝りしてしまいたくなるからだ。
「「母さん、ごめんなさい」」
あたし達は揃ってクソがつくくらい丁寧に謝った後、ぷいとそっぽを向きあった。
その時ちょうど、キッチンから出てきた父さんが時計を指差した。
「緋奈、もう八時だぞ! 冴ちゃんが待ってるんじゃないか?」
「えっ、もうそんな時間?」
あたしは残りのトーストを口の中に放り込むと、あわてて制服のジャケットを掴んだ。
「聖樹く~ん、愛しの冴子に何かお伝えしましょうか?」
弟をからかいながら、すばやくジャケットの袖に手を通していく。
こいつの彼女とは腹立たしいことにあたしの親友で、ふたりは去年の暮れから付き合い始めていた。
「毎日、電話するからって伝えて!」
「・・・・・」
冷やかしたつもりだったあたしは平然とノロけられ、わが弟を宇宙人でも見るように見つめてしまった。
「緋奈、本当に遅刻するぞ!」
父さんにもう一度せきたてられてあたしは旅行バックを手に玄関へ急いだ。
「行ってきます!」
と、言うと父さんは、
「気をつけて行ってこいよ」と、あたしの頭を撫でてくれた。
「うん、お土産、買ってくるからね」
そう言い置いてあたしは、冴子と待ち合わせたコンビニへ全力疾走した。
時間にきっちりしている冴子はイライラしながら待っているだろう。
急がなきゃ。
それなのに、あたしの足は何故か歩みを止めてしまう。
振り向いた先には五年前、両親が建ててくれた赤い屋根の家。
犬を飼おうという約束はのびのびになったままだけれど。それでも、大切な、たったひとつの我が家。
この時のあたしは悪夢を不安がりながらも、まさか家族に“ゆらぎ”の手が伸びるなんて少しも考えてもいなかった。
もちろん、これが我が家を見る最後になるなど頭の片隅にもない。
あたしにとって日常とは退屈に平和に変わりなく流れていくものだったから。
***
九月の雨 ――――――― 。
あたしはこれほど雨を冷たいと思ったことはない。
肩を抱いて身体をぶるっと震わせる。まるで氷雨のごとく体の芯まで凍りつかせるよう。
力をなくした腕からバックが水溜りに落ちる。それさえも気づかない。目のまえの惨劇ゆえに。
古の都、京都&奈良。
四泊五日の修学旅行から帰ってきたあたしが見たのは、すっかり焼け落ちた我が家と、真っ黒焦げになった父母の姿だった。もし、強風による新幹線の遅れがなかったら、一緒に灰になることが出来ただろう。
警官の制止を振り切って、焼け跡に入ったあたしは目を疑った。
かつて、リビングだった場所に一輪の青い薔薇。全てが死に絶えた奥津城に瑞々しいそれはかえって禍々しくて。
「まさか・・・・」
思わず滑り出た言葉が犯人を教える。
ブラックホールから向けられたあの肌が粟立つような殺意。やはりあれは夢ではなかったのだ。
おそらく、ヤツはあたしを殺すために火事を起こしたのだ。
けれど、新幹線の遅れのせいでターゲットを殺し損ねてしまった。それが悔しくて嫌味な挑戦状を叩きつけてきたのだろう。“不可能”という花言葉を持つ青薔薇まで使って。
でも、ひとつだけ不可解なことがある。どんなに手を尽くしても、聖樹が見つからなかったことだ。
両親はお互いを庇いあうように折り重なって死んでいたというのに。
いつもの帰宅時間、遺留品などから聖樹は家にいたはず。
もし、出かけていてもすぐ戻ったろう。ラブラブな彼女の帰りをあれほど待っていたのだから。
けれど、一週間が経っても聖樹があたしの元に帰ることはなかった。