第2日目 鴉は何故泣くの?
自分が無力だった場合、どうしたら良いのでしょう?
例えば、目の前に崖から落ちそうな女性がいます。
助けますか?助けれられますか?
貴方に1人の人間を持ち上げる腕力が無いとしたら、どうしますか?
結末は…、絶望でしかない。
静かな牢獄。静かに揺れている松明の炎。
一見、なんの変哲もないただの牢獄に見えるだろうけれど、色んなモノによって監視されている場所。
そこが、「S級処刑対象牢獄」一度捕まったら、二度と空を拝むことは出来ないと言われている場所。
その牢獄で過ごす時間は、過ごした者にしか理解出来ない。
人々は唯、虚構を語る。
『―――その牢獄に閉じ込められた者は、絶望しながら息絶えて行くことでしょう…』と。
「なぁ。佐熊?」
静かな牢獄に響いた一声。その声は重く低音でとても落ち着く声で、密封された部屋に響きわたった。
その男に呼ばれた佐熊こと俺は、どう見ても衛生的では無いボロボロなベッドの上に座りながら答えた。
「何?ディス」
俺の声は、落ち着いた声をしていた。だけど、どこか寂しげな声をしていた。
――ディスと呼ばれた男は、長いボサボサの金髪をサラリと後ろに退かして、どこか遠い所を見上げるように目を逸らしながら言った。
「今更…な感じもするんだけど、実は俺ね、今日処刑日なんだわ」
俺はその言葉に身体が硬直した。また冗談かな?と疑心暗鬼しつつ、俺は口を恐る恐る開いた。
「それって……、本当なのですか?嘘ですよね?だって…!俺達まだ会ったばっかりじゃないですか!」
「俺達…はね。俺はこの牢獄と出会って16年。そんな長い年月じゃないけど、重罪人をそんな長らく生かしとくつもり無いとは思わないかい?三日前ぐらいに告げられたのだよ。」
「16年!?えっ…でも…どうしてなのですか!?」
理解出来ずに、俺はボスンッ!とベッドを思い切り叩いた。
その反動で、背中の傷がズキズキと痛み、ベッドに付着していた埃が舞っていた。けれど、そんなことも気にせずにディスのことを睨んだ。
別にこの最低最悪な牢獄の中でディスと共にワンダフルライフをするつもりはさらさら無いけれど、あまりにも急なことで俺は混乱していた。
ディスはその視線に気づき、俺を見て悲しそうな声にも聞こえたが、どこか嬉しそうに言った。
「どうしてって言われてもねぇ。でもね、俺はね、今日佐熊に出会えて良かったって思っている。佐熊もそう思わないかい?この16年間俺はずっとずーっと1人だった。牢の外に大事なモン残したままで、不安で仕方が無かった。けど、佐熊は来た。罪でもない罪を背負ってね。嬉しいよ。……なんでそんなに今にも泣きそうな顔をしているのかい?」
俺は一度、目をギュッと閉じた。自分の無力さを嘆くように顔を俯けた。
どうしても信じられない真実。虚構であってほしいと願うが、現実は変わらない。
『―――祈っただけで、世界が変わるならきっと争いごとなんて起きない。
祈っただけで、人の命が救えたり、永久になったりするならきっと誰も悲しまない。
じゃあ、祈りとは何の為にあるのだろう?神様は何を叶えてくれるのだろう?
過ぎていくのは無口な時間だけ―――』
時間は過ぎていった。だが、牢獄の中では正確な時間はわからない。
閉ざされた部屋の中じゃ、外の景色も見えなかった。
唯、二人の男はあれから一言も言葉を交わさずに、残された時間を過ごした。
すると、左の方から重々しい足音が聞こえてきたのだ。
ガッシャン!ガッシャン!と大きな音が、一歩一歩聞こえて来る。
迫り来るその音に、恐怖や絶望を隠さずにはいられなかった。
けれど、ディスはとても冷静だった。1回大きく深呼吸をしてその時を待っていた。
恐れは無いのか?それとも恐れすぎて開き直ってしまったのだろうか?
「行かないでほしい」と言えたらどんなに楽だろう。
「行かないでほしい」と言ったらディスはどんな顔をしてどんな反応をするだろう?
けれど、俺は言えなかった。言った所で結局何も変わらないと思っていたから。
『臆病な私を許してください……。』
―――誰かの震えた声が聞こえたような気がした。
―――そして、その時は来た。
鎧を着けていて顔の見えない厳つい国の兵士が、鉄格子を挟んで立っていた。
真白な鎧で、人間ではなく天使だと思われるこの世の人型の生物。
けれど、今の俺には傲慢で野蛮な悪魔にしか見えなかった。
傲慢な悪魔では無いと言うのなら、偽善者天使とでも言えようか。
ゆっくり開こうとしている冷たい鉄格子の扉。
そうこう考えている内にも時間は過ぎ去っていく。
別れの時間も待ってはくれない。
俺は願った。最後には神に頼るほか無いと思った俺は泣きそうな顔をしながら願った。
(神様、時間を止めて下さい!お願いします!ディスが…ディスがっ!!!)
「さぁ、ツヴァイツ・ガ・ディスディアル…立て。」
ドスのきいた野太い声が響いた。俺はその声に驚き体をビクリと震わせた。
落ち着いている真白い騎士たち。
まるで人形のようだった。
ディスは、一度俺のことを見て「じゃあな」と穏やかな笑顔で言って、鉄格子の外へ軽い足取りで向かって行った。
それを見ていた俺は、まるで傍観者のような気持ちになった。
唯1人の男が処刑されようとしている。ただそれだけだった。
頭の中がブルー画面のパソコンのようだ。エラー、エラーと表示が消えない。
絶望感と、どうしたら良いかわからない無力感。
自分1人では結局なにかをすることは不可能だと思い知らされるようだった。
――それでも、時間は止まりわしない。
カチッ…!
重々しい音をたてながら鉄格子の扉が閉まっていった。
その音と共に、俺は途方も無い脱力感の中、考えた。
『何故ディスが処刑されなければならなくなったのか。ディスが何をしたというのか?』
頭の中が、疑問だけを残して他のモノは除外された。
頭に漂う1つの疑問が交差して、そのすぐ後に怒りみたいなものが立ち込めてきた。
すると鉄格子の扉が閉まったと共に、俺は何かがプツンと切れたかのように歯をグッ!と噛み締めて、怖い顔をして鉄格子の間からディスのボロボロな囚人服に手を掛けた。
そして、息を思い切り吸って怒鳴ろうとした瞬間…!!
『――じか を……はや …、うご し くれ…助けてくれ……!』
「…え?」
「何だ!貴様!今すぐ殺されたいのか?」
ドスンッ!
「う、うわっ!!」
一瞬の出来事だった。俺はディスの服に手を掛けた時に、聞き取りにくい声が聞こえた。
はっきりと聞こえたのは『助けてくれ』と言う一言だけだった。
その声は、震えて怯えたような声で、聞こえた後すぐに騎士に突き飛ばされた。
俺は再び頭が混乱して呆然としていた。
そんな俺のことをディスは驚いた顔で見ていた。
(―――あの声は…、確かにディスだった。で、でも何か様子がおかしかったような…?動揺みたいな…?
あーもう!動揺してるのは俺だろう!!)
すると、ディスが落ち着いた顔と穏やかで優しい声で言った。
「…佐熊、これも何かの縁だと思わないかい?最後に1つ教えてやるよ。」
「・・・?」
「俺は、16年前の第3次火水雷土闇光大戦から逃げたんだ。それで捕まったってこと。
わかるかい?俺は戦争から逃げたんだ。家族を守りたい一心に。」
「え…。」
「この国の騎士や女王は非常で無常だ。ガイザ…、10才にも満たない息子を戦場に出せ、と強要されたんだ。息子を出さなければ、当時妊娠していた妻に戦場に出せ、と言ってきやがったんだ。
それが許せなくてな…。まぁそうゆうことだ。わかったかい?佐熊。」
俺は何も言わずに、涙ぐんだ顔でコクリと頷いた。
それでも、何故逃げただけでこんなに厳しい処罰が下されるのだろうかと、俺はどこか許すことの
出来ない感情が込み上げて来た。それは憎しみのような感情のようだった。
ダンッ!
何ともいえない空気を壊したのは、騎士がディスの背中を思い切り蹴飛ばした音だった。
「っ…!ゲホッ……。」
重い純銀のような鎧の靴で蹴飛ばされたディスは、膝を床に着いて顔を歪ませて吐血した。
その血は、鮮血とまでは言わない、どす黒い色をした血だった。
俺は口を半開きにしたまま、唖然とした顔でソレを見ていた。
そして…、ディスは引きずられるように引っ張られて行ったのだった。
残ったのは、何も出来なかった俺と、居るだけで虫唾が走るような警備員1人。
俺は尻餅をつきながら、今まで溜め込んでいたものを、思い切り吐き出すかのように
叫び喚いて泣いた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
何も出来なかった自分が許せなくて、騎士やこの王国の女王さえも許せないと思えた。
いくら自己嫌悪しても、状況は何にも変わりはしなかった。
血が滲むくらい佐熊は、自分の唇を噛み締めた…。
――その晩、俺は感覚が無くなるまで騎士たちに殴られ続けられた。
そして、またリセットされる。平和がえいえんに続くように・・・
長らく更新を疎かにしてしまい
大変申し訳ございませんでした。
そして、この牢獄編はこの話で終わりにしようと
告知していたのですが、思っていたより長くなってしまって…。
後2話くらい延長する予定です…。
申し訳ございません。
それと、牢獄編が終わり次第、キャラクター紹介みたいな物を挟みたいと思います。では、最後までご覧頂きありがとうございました!