第2日目 黄泉の客
宗教、七つの大罪。
神、悪魔、天使。
全ては人間の空想から生まれた架空人物。
―――この世界に不可能なんて在りはしない。
とある人物がピクリと身体を動かす。
不機嫌そうな顔。不満そうな目。
「侵入者…」
ボソリと可愛らしい鈴の音のような小声で喋ると、重い腰を上げた。
とある人物の身体が動くと同時に、ふんわりとした黒い物体も一緒にゴソリと動いた。
髪は伸びて寝癖だらけのボサボサの真白い髪を、真っ白な両手でふさりと払い除けた。
そして無音で何も無い空間の、どこか遠い場所を見詰めるかのように上を
見上げていた…。
ここには時計も食べ物も、何も無い。
ただ只管に真白い空間が広がっていた。
時計が無ければ秒針も聞こえやしない。聞こえるのは、己の生ノ証のみ。
ここは人らが作った世界。ここは神が壊した世界。
ここは少女の願で修正された世界。
侵入者など許しはしない。許すはずがない。
この世界は壊れている。狂っている。けれども、その世界を創り上げた人らも狂っている。
「嗚呼、はやく引かなきゃいけない。はやく消去かなければ、この世界の秩序が崩れちゃうから・・・」
無の空間に響く透き通った声。
この者にとって、秩序は絶対。
秩序を乱すことは決して許されない。秩序は"彼女"そのモノだから…。
―――カチ・・・カチ・・・カチ・・・
時計の秒針。ヒューと生暖かい風が頬を撫でる。
草木が風と共になびいた。鳥は鳴いて、川は陽を浴びて煌いている。
そんな森の奥に1人の少年が気持ち良さそうに眠っていた。
木々の隙間から差し込む光。風と共に揺れる草木が触れ合う音。とても気持ちの良い天気だ。
――すると
ブー!・・ブー!・・ブー!!
俺の頭の傍にある携帯が鳴り響いた。
俺はそれに気づき、不機嫌そうに目を閉じたまま、手探りで携帯を掴んだ。
顔の真上に携帯を持って来ると、眩しそうに薄目を開けて携帯を開いた。
――メールが一通届いております――
俺はメールBOXを開き、メールを確認。
From:凛
|Subject:ハッピーバースデー!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|17歳の誕生日オメデトウ!(。゜∀゜)/
| 学校で言おうと思ったんだけど、色々と
|忙しくて言えなかったんだ…(;・ω・)ごめん。
| 改めて誕生日おめでとう佐熊!
|
| それじゃあまた明日、学校でね。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
メールを読み終えると佐熊こと俺は携帯をパチンと閉じて、ぼんやりと思った。
(そういえば…俺、誕生日だったんだなぁ。…なのに)
「癒恵まだ怒ってるかな?」
「はぁ」と俺は大きな溜息をついた。
少々沈黙が続く。
すると、いつの間にか俺の顔の隣に子リスが近づいて来ていた。
俺は寝ぼけながら子リスの存在に気づき、寝ぼけ顔を横へ向けた。
「ん、リス?わぁ~・・・かわいいなぁ。」
優しい笑顔で俺は微笑んで言った。
けれど5秒後、ようやく異変に気がついた佐熊が、目を真ん丸くして
驚いた顔で勢いよく起き上がった。
そして再び子リスへと顔を向ける。
「な!なっ!なんで!家にリスがいるんだぁああああ!?ゆ、ゆ・・・癒恵!こ・・
ここにリスがっ!」
リスに指を指しながら、声を張り上げて俺は言った。
けれど返事は当然のごとく、返って来ることは無かった。
その俺の声に驚いた、近くの木に留まっていた鳥達が空へと飛んでゆき。
近くにいた子リスも、耳をピンッ!と立てて勢いよく逃げていった。
『おかしい』と思った俺は「癒恵?」と言って必死に周りを見回したが…。
「こ、此処・・・、世界だよ?」
沈黙が続く。俺は口をポカンと開いたまま、呆然と立っていた。
風と共に揺らめく草木。先程まで生暖かった風が、今では不気味に思えた。
身体から滲み出てくる冷汗。行った事も無い場所にいると言う脱帽感。
それはまるで、無人島に1人残された気分だ。
次第に息が荒くなってゆく。心臓の鼓動が速くなっていく。
「はぁ…はぁ…。と、とりあえず携帯っ!」
そう言って、勢いよく地面に置いてある携帯を見つけると、
汗ばんだ手で勢いよく携帯を掴み、家へと電話したが…。
「ツー・・・ツー・・・ツー・・・」
鼓膜に響く音。俺は絶望した。
「電波が・・・ない。」
スルリと手から携帯が滑り落ちた。
俺は本能的に恐怖を感じた。
生唾をゴクリと飲み込んで、冷静に大きく深呼吸をした。
一瞬、身体の気力が大きく抜けたが、すぐに気力が戻った。
そして俺は冷静に周りを見回してみた。
…が、背が小さいせいで大木くらいしか見渡せなかった。
仕方なく俺は川の流れる音の方へと、恐る恐る行くことにしたのだった。
――サク…サク…サク…
歩いている内に気づいたこと…。動くと意外と暑い。
歩いていて気づいたこと…。川が遠いい…。
歩くこと10分…。川の流れる音が、もうすぐそこだとは思うのだが、一向に川が見当たらない。
「う~・・・、暑い。」
運動不足な俺は、ワイシャツが汗まみれでビショビショになっていた。
歩いても、歩いても景色が一向に変わらず、雑草が隙間無く生えていて、木々が生い茂っていた。
木々の間から光が差し込み、風がとても心地良い。
右腕で額の汗を拭う。川が見つかり次第、飛び込みそうな勢いだ。
すると何処からか嬉しい音が聞こえた。
―――ジャッポン!ジャッポン!
子供が川の中で遊んでいる時のような音が聞こえた。
その音はとても近く、俺の顔に笑みが戻り音のする方へと走っていく。
―――すると!!
燦然と輝く川が目の前に現れたのだ。
その川はとても綺麗で清んでいる透明色だった。
「はぁ・・・はぁ・・・!やっと見つけたぁああああ!!」
俺は嬉しさのあまり裏返った声で言った。
そして俺は、制服を着ていることを忘れて、川に勢いよく子供のように飛び込んだのだ。
――ジャボンッ!!
水が勢いよく跳ね上がった。
とても気持ちが良い冷たさ。全身が水に包み込まれる爽快感に俺は包まれた。
すると近くから誰かの悲鳴が聞こえた。
「きゃあっ!だ、誰?」
女性の悲鳴がして、ビクッ!と体を硬直させて俺が声のした方を見てみると…。
そこには1人の女性が、洗濯籠を持って立っていた。
姿を見る限り女性の年齢は21歳くらいで、茶色のショートヘアで、前髪をバレッタで
止めているのが印象的だ。
そして物凄い驚いた顔をしてこちらを見ていた。
俺も驚いた顔をして、勢いよく水面に落とした腰を持ち上げて、姿勢を正して女性を見た。
そして訳もわからず慌てて口を開いた。
「ご、ごめんなさいっ!!」
と俺は謝った。
まるで新人社員が、仕事でミスをしてしまった時に上司に頭を下げているようだ。
それに女性が「え?」と困惑したが、すぐに「ふふ」と笑ったみせた。
「面白い人ね。けど、悪い人じゃ無さそうで良かった。」
「ご、ごめんなさい…。とても暑かったもので…。」
「暑い?面白いこと言うのね。ここの温度は変わったりしないのよ?」
「え・・・?」
「え?って、だってここ天国よ?ここは太陽に近い場所だから暑いのかもしれないけれど、
慣れれば苦にはならないよ。」
「て・・・天国!?」
その言葉に驚いて俺が一歩後ずさりをした。驚いて開いた口が塞がらない状態。
すると、女性は俺の姿を、下から上へと眺めた。そして首を傾げながら言った。
「うーん、あなたまだ天国に来たばかりの人かな?なら驚いたり、暑がったりするのは当然ね。」
女性は「ふふふ」と可愛らしい笑顔で笑ってみせた。
俺はまだ混乱しながらも、その女性の言葉を理解しようと必死だった。
すると女性が俺に向けて、真っ白い手を差し伸べて言った。
「良かったら私の家に来ない?色々と案内するよ♪」
心臓がドキッ!と打ち鳴った。頭の中は未だに混乱状態だったが、このまま森を迷っていても
仕方がないと思った俺は、女性の手を取ったのだった。
(黒髪に黒い瞳。…珍しい人!今更だけれど、天国には黒髪に黒い瞳って人あまりいないなぁ。
ふふふ。お父さんビックリしちゃうかな?)
『ウイルスが侵入しました。バグが発生しました。エラーが発生しました。初期化しますか?』
「初期化します」
鳴らない携帯。
持って逝かれた数字
小さな数にでも、賭ける価値があるのなら…。