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呪われた姫として監禁されたのに、愛されてばかりいるのですが……

作者: フーツラ
掲載日:2026/04/21

 この屋敷に閉じ込められてから、退屈というものを知らない。

 毎日、殿方が来るからだ。


 最初の頃は少し驚いたけれど、今ではもう慣れた。むしろ、今日はどんな人が来るのかしら、と楽しみにしているくらいだ。


 今日、部屋の扉をノックしたのは、背の高い人だった。足音が静かで、歩き方に無駄がない。


「失礼。少しだけ時間をいただけますか」


 低く整った声。丁寧な物言い。きっと真面目な方なのだろう。


「ええ、どうぞ」


 私は椅子に座ったまま、軽く頷く。

 彼は私の前で立ち止まり、ほんのわずかに息を整えた。


「あなたに伝えたいことがある」

「まあ、告白かしら?」


 私が先に言うと、彼は少しだけ言葉に詰まった気配がした。


「……そう、なります」


 可笑しくて、私は小さく笑う。


「最近、そればかりね。ここ、そういう場所だったのかしら」

「違います」


 きっぱりと否定された。

 その即答が面白くて、私は肩を揺らす。


「冗談よ。続けて」


 彼は一拍置いてから言った。


「あなたを、愛しています」


 簡潔で、無駄がない。

 昨日の人はもっと回りくどかった。一昨日の人は、言い切るまでに三度も言い淀んだ。

 でも、この人は違う。まるで結論だけを差し出すみたいに、まっすぐだ。


「ありがとう」


 私は素直にそう返す。

 だって、悪い気はしないのだから。


「でも、先に名前を言うものではないかしら?」


 彼は顔を赤くして恥ずかしそうにする。


「……緊張して、名乗りを失念してしまいました。私はレオンと言います」


 名前が告げられる。


「レオンは何故、私を愛しているの?」

「……窓の奥にいる貴女に一目惚れしてしまったからです……」

「本当かしら?」

「本当です」


 私は首をかしげる。

 彼はしばらく何も言わなかった。


「信じてくれなくてもいい。でも、私の想いは変わらない。貴女を愛している」

「変な人ね」

「……よく、言われます……」


 不思議な言い方だった。

 けれど、深く考えるほどでもない。私は気にせず話題を変える。


「それで、あなたはどんな方なの?」

「どんな、とは」

「趣味とか、好きなものとか。そういうの」


 彼は少し考えてから答えた。


「……規律を守ることが好きです」

「まあ、堅いのね」

「そうでしょうか」

「ええ。でも、嫌いじゃないわ」


 そう言うと、彼はほんのわずかに息を吐いた。


 それが笑いなのかどうかは分からないけれど、悪くない反応だと思った。





 翌日、来たのはずいぶん賑やかな人だった。


「やあ姫様! 会えて嬉しいよ!」


 扉が開くなり、明るい声が弾ける。

 昨日の人とは正反対。あまりにも違いすぎて、同じ屋敷にいるとは思えないほどだ。


「元気ねえ」

「元気だけが取り柄だからね!」

「素敵ね。ところで貴方の名前は?」

「名前? えっと……マルス!」

「自分の名前でしょ?」


 私はくすくす笑う。

 マルスは私の前まで来て、身を乗り出すようにした。


「それでね、今日はちゃんと決めてきたんだ」

「なにを?」

「言葉を!」


 私は首をかしげる。


「だから今日はちゃんと言うよ」


 一拍。


「君を、愛してる!」


 勢いよく、はっきりと。

 思わず拍手したくなるくらい見事だった。


「上手ね」

「でしょ?」

「ええ。昨日の方より、ずっと分かりやすいわ」

「えっ、昨日も誰か来たの?」

「来たわよ。あなたよりずっと静かな人」

「へえ……」


 彼は少しだけ黙った。

 すぐに、さっきの調子に戻る。


「まあいいや! でも僕のほうがいいでしょ?」

「どうかしら」


 わざと曖昧に笑う。

 そういう駆け引きも、最近覚えた。


「姫様って意地悪だなあ」

「そうかしら?」

「そうだよ。でも好きだけど」

「まあ」


 軽やかなやり取りが続く。

 こういう人は、一緒にいると楽しい。

 ふと、私は彼の手に目をやった。

 指が長い。節の形が、少しだけ目につく。


「ねえ、明日も来ていい?」

「どうぞ」

「ほんと?」

「ええ。だって毎日誰かしら来るもの」

「そっか」


 彼は少しだけ声を落とした。


「じゃあ、負けないようにしないと」

「誰に?」

「うーん……いろいろ?」


 曖昧な答え。

 でも、それ以上は聞かなかった。





 日々は軽やかに流れていく。


 ある日来た人は、ほとんど喋らなかった。ただじっとこちらを見て、帰り際にやっと口を開いた。


「……愛している」


 たった一言。なのに、その日の夜まで声が耳に残った。


 また別の日には、詩のように話す人が来た。長い言葉で飾り立てて、最後にやはり同じ結論に辿り着く。美しかったけれど、どこか他人事のようでもあった。


 指先が震えている人もいた。


「す、好きです。愛しています。その、大切にしたくて」


 言葉が重なって、ほどけて、また重なる。


「落ち着いて」

「す、すみません」

「謝らなくていいわ」


 私がそう言うと、彼は深呼吸をひとつして、今度は静かに繰り返した。


「愛しています」


 さっきとまったく同じ言葉なのに、ずいぶん違って聞こえた。


 声というのは不思議だと思う。


 彼等は本当に私を愛しているのかしら、と考えることもある。


 でも確かめる方法はない。翌日には別の人が来て、その人の声が前の人の声に重なっていく。


 それでも愛を囁かれた瞬間、私は確かに満たされる。


「今日は誰かしら」


 窓辺で呟く。


 閉じ込められているはずなのに、日々は案外にぎやかだ。


 もしこれが呪いなのだとしても、悪くない形をしていると思う。



#



 ある日、ふと尋ねてみたことがある。


「ねえ」


 その日の殿方は、落ち着いた声の人だった。


「はい」

「あなたたちって、知り合いなの?」


 少しの間。


「どうしてそう思うのですか」

「だって、みんな同じ時間に来るでしょう?」


 なんとなく、そうだった。

 夕暮れの、決まった頃合い。


「偶然でしょう」


 穏やかな返答。


「そうかしら」

「ええ」


 それ以上は続かなかった。

 私も深く追わなかった。

 どうでもいいことのような気がしたからだ。



#



 夜。

 屋敷の奥、人気のない廊下で、二人のメイドが足を止める。


「今日は静かだったわね」

「ええ。あの方、落ち着いていたみたい」

「どんな様子で?」

「さあ。今日はどの口調だったかしら」


 くすりと笑う。


「本当に、毎日よく続くわね」

「ええ。それだけ姫様のことを、ということでしょう」


 もう一人が肩をすくめる。


「それはそうよ――恋に溺れて、ご自身の声色や性格がこれほど変わっていることにも、気づいていないくらいだもの」

「それはあの方のご病気よ」


 短い沈黙。


「姫様のほうは?」

「気づくわけないわ」


 あっさりとした口調。


「あの転落の日以来――人の顔も、声の違いも、うまく見分けられないのだから」


 それきり、二人のメイドは黙ってしまう。

 そして思い出したように、仕事へと戻る。


 静まり返った屋敷の中で。

 ひとつの部屋だけが、明日を待っている。

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