呪われた姫として監禁されたのに、愛されてばかりいるのですが……
この屋敷に閉じ込められてから、退屈というものを知らない。
毎日、殿方が来るからだ。
最初の頃は少し驚いたけれど、今ではもう慣れた。むしろ、今日はどんな人が来るのかしら、と楽しみにしているくらいだ。
今日、部屋の扉をノックしたのは、背の高い人だった。足音が静かで、歩き方に無駄がない。
「失礼。少しだけ時間をいただけますか」
低く整った声。丁寧な物言い。きっと真面目な方なのだろう。
「ええ、どうぞ」
私は椅子に座ったまま、軽く頷く。
彼は私の前で立ち止まり、ほんのわずかに息を整えた。
「あなたに伝えたいことがある」
「まあ、告白かしら?」
私が先に言うと、彼は少しだけ言葉に詰まった気配がした。
「……そう、なります」
可笑しくて、私は小さく笑う。
「最近、そればかりね。ここ、そういう場所だったのかしら」
「違います」
きっぱりと否定された。
その即答が面白くて、私は肩を揺らす。
「冗談よ。続けて」
彼は一拍置いてから言った。
「あなたを、愛しています」
簡潔で、無駄がない。
昨日の人はもっと回りくどかった。一昨日の人は、言い切るまでに三度も言い淀んだ。
でも、この人は違う。まるで結論だけを差し出すみたいに、まっすぐだ。
「ありがとう」
私は素直にそう返す。
だって、悪い気はしないのだから。
「でも、先に名前を言うものではないかしら?」
彼は顔を赤くして恥ずかしそうにする。
「……緊張して、名乗りを失念してしまいました。私はレオンと言います」
名前が告げられる。
「レオンは何故、私を愛しているの?」
「……窓の奥にいる貴女に一目惚れしてしまったからです……」
「本当かしら?」
「本当です」
私は首をかしげる。
彼はしばらく何も言わなかった。
「信じてくれなくてもいい。でも、私の想いは変わらない。貴女を愛している」
「変な人ね」
「……よく、言われます……」
不思議な言い方だった。
けれど、深く考えるほどでもない。私は気にせず話題を変える。
「それで、あなたはどんな方なの?」
「どんな、とは」
「趣味とか、好きなものとか。そういうの」
彼は少し考えてから答えた。
「……規律を守ることが好きです」
「まあ、堅いのね」
「そうでしょうか」
「ええ。でも、嫌いじゃないわ」
そう言うと、彼はほんのわずかに息を吐いた。
それが笑いなのかどうかは分からないけれど、悪くない反応だと思った。
#
翌日、来たのはずいぶん賑やかな人だった。
「やあ姫様! 会えて嬉しいよ!」
扉が開くなり、明るい声が弾ける。
昨日の人とは正反対。あまりにも違いすぎて、同じ屋敷にいるとは思えないほどだ。
「元気ねえ」
「元気だけが取り柄だからね!」
「素敵ね。ところで貴方の名前は?」
「名前? えっと……マルス!」
「自分の名前でしょ?」
私はくすくす笑う。
マルスは私の前まで来て、身を乗り出すようにした。
「それでね、今日はちゃんと決めてきたんだ」
「なにを?」
「言葉を!」
私は首をかしげる。
「だから今日はちゃんと言うよ」
一拍。
「君を、愛してる!」
勢いよく、はっきりと。
思わず拍手したくなるくらい見事だった。
「上手ね」
「でしょ?」
「ええ。昨日の方より、ずっと分かりやすいわ」
「えっ、昨日も誰か来たの?」
「来たわよ。あなたよりずっと静かな人」
「へえ……」
彼は少しだけ黙った。
すぐに、さっきの調子に戻る。
「まあいいや! でも僕のほうがいいでしょ?」
「どうかしら」
わざと曖昧に笑う。
そういう駆け引きも、最近覚えた。
「姫様って意地悪だなあ」
「そうかしら?」
「そうだよ。でも好きだけど」
「まあ」
軽やかなやり取りが続く。
こういう人は、一緒にいると楽しい。
ふと、私は彼の手に目をやった。
指が長い。節の形が、少しだけ目につく。
「ねえ、明日も来ていい?」
「どうぞ」
「ほんと?」
「ええ。だって毎日誰かしら来るもの」
「そっか」
彼は少しだけ声を落とした。
「じゃあ、負けないようにしないと」
「誰に?」
「うーん……いろいろ?」
曖昧な答え。
でも、それ以上は聞かなかった。
#
日々は軽やかに流れていく。
ある日来た人は、ほとんど喋らなかった。ただじっとこちらを見て、帰り際にやっと口を開いた。
「……愛している」
たった一言。なのに、その日の夜まで声が耳に残った。
また別の日には、詩のように話す人が来た。長い言葉で飾り立てて、最後にやはり同じ結論に辿り着く。美しかったけれど、どこか他人事のようでもあった。
指先が震えている人もいた。
「す、好きです。愛しています。その、大切にしたくて」
言葉が重なって、ほどけて、また重なる。
「落ち着いて」
「す、すみません」
「謝らなくていいわ」
私がそう言うと、彼は深呼吸をひとつして、今度は静かに繰り返した。
「愛しています」
さっきとまったく同じ言葉なのに、ずいぶん違って聞こえた。
声というのは不思議だと思う。
彼等は本当に私を愛しているのかしら、と考えることもある。
でも確かめる方法はない。翌日には別の人が来て、その人の声が前の人の声に重なっていく。
それでも愛を囁かれた瞬間、私は確かに満たされる。
「今日は誰かしら」
窓辺で呟く。
閉じ込められているはずなのに、日々は案外にぎやかだ。
もしこれが呪いなのだとしても、悪くない形をしていると思う。
#
ある日、ふと尋ねてみたことがある。
「ねえ」
その日の殿方は、落ち着いた声の人だった。
「はい」
「あなたたちって、知り合いなの?」
少しの間。
「どうしてそう思うのですか」
「だって、みんな同じ時間に来るでしょう?」
なんとなく、そうだった。
夕暮れの、決まった頃合い。
「偶然でしょう」
穏やかな返答。
「そうかしら」
「ええ」
それ以上は続かなかった。
私も深く追わなかった。
どうでもいいことのような気がしたからだ。
#
夜。
屋敷の奥、人気のない廊下で、二人のメイドが足を止める。
「今日は静かだったわね」
「ええ。あの方、落ち着いていたみたい」
「どんな様子で?」
「さあ。今日はどの口調だったかしら」
くすりと笑う。
「本当に、毎日よく続くわね」
「ええ。それだけ姫様のことを、ということでしょう」
もう一人が肩をすくめる。
「それはそうよ――恋に溺れて、ご自身の声色や性格がこれほど変わっていることにも、気づいていないくらいだもの」
「それはあの方のご病気よ」
短い沈黙。
「姫様のほうは?」
「気づくわけないわ」
あっさりとした口調。
「あの転落の日以来――人の顔も、声の違いも、うまく見分けられないのだから」
それきり、二人のメイドは黙ってしまう。
そして思い出したように、仕事へと戻る。
静まり返った屋敷の中で。
ひとつの部屋だけが、明日を待っている。
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