第四章:拘束されたリヴァイアサン
目の前の光景に、感情抑制されていたはずのルナの眉がピクリと動いた。
湖は死んでいた。
水面はコールタールのような黒いノイズの膜で覆われ、その上を企業ロゴの入った無数の採掘ドローンがハエのように飛び回っている。彼らは湖から無理やりデータを吸い上げ、甲高い駆動音を響かせていた。
そして、その中央。
かつて「空を泳ぐ庭園」と呼ばれた巨大なクジラは、今は見るも無惨な姿で、地上数メートルの高さに拘束されていた。
何本もの極太のアンカーが打ち込まれ、物理的な鎖と電子的なロックコードによって雁字搦めにされている。
背中にあった美しい角の森は枯れ果て、代わりに巨大な冷却ファンと、データ抽出用のパイプが突き刺さっていた。
クジラは時折、身をよじり、低く唸った。
『ヴォォォォ……』
それは歌ではない。システムが崩壊する直前の、悲鳴に似たノイズだった。
「ターゲット視認。リヴァイアサン級データ生命体。……状態、極めて不安定」
「いい眺めだろう?」Kの声が嗤う。「あれ一匹から採れる純度99%の『ノスタルジア』は、富裕層相手に莫大な値がつく。さあルナ、仕上げだ。あいつの脳幹にパイルをぶち込んで、中枢データを吸い出せ」
ルナはドローンの発着ポートを足場にして跳躍し、クジラの背中へと着地した。
足裏から伝わる感触は、生き物というより、過熱した発電所の床のようだ。
枯れた蔦が、ルナの足に力なく絡みつこうとするが、彼女はそれをブーツで踏みちぎった。
「動くな。すぐに楽にしてやる」
彼女はパイルバンカーを構え、クジラの脊髄にあたるメイン回路のスロットに狙いを定めた。
これが終われば、借金は消える。スラム街の薄汚いアパートを出て、まともな空気が吸える上層区画へ行けるかもしれない。
彼女は冷徹に、発射トリガーに指をかけた。
その時だった。
クジラの背中の排気ダクトから、圧縮された蒸気が噴き出し、視界を奪った。
同時に、足元の装甲板が開き、防衛システムの一部である触手がルナの腕を捕らえた。
「チッ、まだ抵抗する気!?」
ルナはナイフで切り払おうとしたが、触手の先端から伸びたコネクタが、彼女の首筋にある「神経接続ジャック(ニューラル・ポート)」へ、強引に侵入した。
――強制同期。
「ガッ……アアアアッ!?」
ルナの視界がホワイトアウトした。
バイザーの数値が弾け飛び、脳のファイアウォールが内側から食い破られる。
「不正アクセス検知! リンク切断不能! 逆流してくる……!」




