第二章:壊れた庭師と、処刑のロジック
森の内部は、腐敗した電子回路の臭いで満ちていた。
かつて記憶を語ってくれた発光キノコたちは、ウイルスに侵されたように黒く腫れ上がり、近づくと「ブブブ……」という不快なエラー音と共に胞子を撒き散らした。
ルナは最短ルートを直進する。彼女のバイザーには、効率的な侵入ルートが緑色のワイヤーフレームとして地面に投影されている。思い出に浸る余地などない。
「右前方、熱源反応。識別信号……『庭師』クラス」
ガサガサという音と共に、藪の中から何かが転がり出てきた。
それは、かつてチックタックと名乗った、アライグマ型の自律機械だった。
だが、その姿は見る影もない。
シルクハットは潰れ、左目のルーペレンズは粉々に砕け散っている。腹部の誇らしげだった古時計はガラスが割れ、そこから錆びついたゼンマイが腸のように垂れ下がっていた。
「あ、あ……オ、キャク、サマ……?」
チックタックの声は、傷ついたレコードのように飛び飛びだった。
「ヨウコソ、ヨウコソ……。オチャ、オチャハイカガ……? イマ、イマ、トケイヲ、ナオシ……」
彼はルナの足元に這いずり寄り、油まみれの手で彼女のコンバットブーツを掴もうとした。その動作は遅く、哀れで、そして何よりもルナの神経を逆撫でした。
ルナは無表情で、足元のその鉄屑を見下ろした。
かつての冒険。温かい紅茶。時間を整理するという優しい嘘。それら全てが、今のルナにとっては「換金できない無駄なデータ」であり、同時に胸を鋭利に抉るナイフだった。
「識別:機能不全の自律随伴機。任務の障害と認定」
ルナは躊躇いなく腰の電磁警棒を引き抜いた。
「悪いわね。思い出話に付き合っているほど、私の時給は高くないの」
「ル、ナ……?」
チックタックが、砕けたレンズの奥で彼女を認識しかけた瞬間。
バヂィッ!!
青白い閃光が森の薄暗闇を裂いた。
チックタックは悲鳴を上げる間もなく、激しい火花を散らしてショートし、ただの沈黙したガラクタへと変わった。
焦げたオイルの臭いが漂う。
「障害排除。進行する」
ルナは報告し、動かなくなったかつての友人を冷淡に跨いだ。
胸の奥でチクリと何かが痛んだ気がしたが、彼女は即座にインプラントの設定を開き、「感情抑制レベル」を6から8へと引き上げた。
今の世界で生き延びるために必要なのは、優しさではない。トリガーを引く指の速さと、記憶を消去する図太さだけだ。




