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彼女に神の祝福は無く  作者: 雨竜秀樹


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第七話



 ヘルムタール家本家の前。もっとも、以前に述べた通り、その敷地は広大で本宅までの移動にも馬車などの移動手段が必要な程度には遠い。使用人まで含めれば何千人も行き交うので、食事や日用品の搬入口なども各所に設けられてはいるのだが、来客用の出入り口は多くはない。

 そして敷地内への出入り口も、当然ながら普通の規模ではなく、ちょっとした入国審査が必要かと思える門である。一階梯の聖術師が殺された詳細こそ末端には知らされていないが、それでも聖術師たちの物々しい様子から常駐している警備員たちの表情も引き締まっている。


「通ってもよろしい?」


 そんな雰囲気の中、気だるげな態度の美女が問いかけてきた。

 蜂蜜色の巻き毛、当主と同じ薄灰色の瞳、整った容姿に、警備員はつい表情を緩めてしまうが、職務を思い出して事務的に答える。


「訪問予約はありますでしょうか?」

「いいえ、ありませんわ」

「でしたら、受付予約をしていただくことになります。審査を行いますので、おそらく二か月後には……」

「おい、必要ねぇよ」


 警備員の説明を遮る声が響く。

 若い男の声だ。

 粗暴で野性的な顔立ちは十代半ばから後半に見えるが、その体格は立派な大人であり、無駄なく鍛えられている。黒い髪をすべて後方に流したオールバックのヘアスタイル、耳や指に着けられた無数のゴテゴテした装飾品、路地裏で徒党を組むチンピラのような風貌ではあるが、聖術師のみに許された法衣を着崩すように羽織っている。


「オリヴィエとかいう無法者はテメェだな?」


 普通の人間なら委縮するような憤怒を孕んだ視線をギロリと向けられるが、訪問者――オリヴィエは気にした様子もない。


「ええ、精霊術師のオリヴィエ・エヴァンです。貴方は初めて見ますわね?」

「第三階梯、ウィリック・ヘッジグラード。てめぇが殺したアルトマン・カル・ホル・ビュートリーデの直弟子だ」


 ボォッと怒気が視える形になって噴き出る。

『聖炎』――アルトマンの得意とした聖術である。オリヴィエは懐かしさを覚えながらも、指摘する。


「わたくしも彼に師事したことがありますわ。その時の彼は第三階梯でしたが、比べてみても随分と劣りますわね。術の制御がおろそかで、見ていられませんわ」

「死んで、師匠に詫びやがれぇ!!」


 聖術師ウィリックの感情のままに、焔が荒れ狂う。

 オリヴィエが素早く印を刻み、虚空から現れた無数の水柱が受け止めて相殺する。


「ちょっと、正気ですの? 周りに人がいるのが見えません?」

「安心しろよぉ、てめえ以外は後でちゃんと治療してやるからなぁああ! まずは人殺しの処刑が先だろおぉおおお!!!」


 ウィリックは叫ぶと、防がれた焔とは別に、新たな火炎柱が生み出される。それはオリヴィエと近くにいた警備員も巻き込む。

 炎という形を取ってはいるが、聖術師の生み出す『聖炎』は通常の炎とは違い、対象だけを焼き滅ぼす。だから警備員が受けるのはオリヴィエを焼き尽くそうとする力の余波だけだ。


「師匠と同じように、全身を焼いてやるぜ。自分のしたことを後悔しながら、のたうち回って死にやがれぇええ!!!」


 勝利を確信し、ウィリックは喜悦に顔を歪める。

 だがその表情も長くは続かない。

 オリヴィエを包み込んだ炎が、一瞬で払われたからだ。


「んなぁ!?」

「術式の構成が隙だらけで粗雑、威力だけはありますが、簡単に解術できる精度、アルトマンも貴方のような弟子を持って、哀れですわ」

「っ、てめぇ――あれ、なんで……」


 減らず口を塞いでやろうとして新たな聖炎を生み出そうとするも、聖術を解放することができない。突然の事態に戸惑うウィリック、気が付けばオリヴィエはいつの間にか目と鼻の先にまで近づいている。

 どうなっているのか、どうするべきか判断に迷う彼の鼻っ柱に、オリヴィエの正拳がめり込んだ。

 バチッと電撃音が響き渡る。

 彼女が嵌めているのは暴漢鎮圧用のスタンフィストである。本来ならば掴みかかって相手を昏倒させる精霊具であるが、今回は拳の威力を強化するために使用した。


「ふぎゃ」


 一撃では終わらない、流れるように乱打が放たれる。

 瞬きする程度の間に、聖術師はオリヴィエのサンドバッグと化した。そして何十という連撃を受けた後、「ごふぅ」と息を吐き出して崩れ落ちる。

 死んではいないが、完全に戦闘不能状態である。


「さて、暴漢を鎮圧したことですし。その飼い主に会いに行きたいのですけど、予約手続きを無視して入ってもよろしいかしら?」


 聖術師一人をぶちのめしても、さほどやる気の感じられない態度のオリヴィエ、残された警備員は何を言えばいいのか混乱する。炎から助けられた礼を言えばいいのか、それとも警備員として動くなというべきか、あるいは自分を巻き込んで攻撃しようとした聖術師の治療をするべきなのか? 理解が追いつかなかった。

 幸いなことに、彼の悩みはすぐに消える。

 騒ぎを聞きつけた本家の使い――アンジュリーゼがやってきて、オリヴィエを連れ去り、彼に口止めした後、そのまま帰宅するように命じたからだ。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「それにしても、アンジュリーゼ。最近のヘルムタール家はあのような狂犬を放し飼いにしているんですの?」


 手配された馬車に揺られながら、同行者である銀髪の聖術師に問う。


「あいつは元々貧民街出身で、アルトマンに拾い上げられたことから随分と慕っていましたわ。今回の暴走に関しては申し開きもありませんが、処分を求めます?」

「別に必要ありませんわ~。受けた被害に関しては弁済していただきますけど」


 そう言って、オリヴィエは素早く請求書を書いて渡す。

 高等精霊術無音詠唱用符を三枚、目減りしたスタンフィストの耐久値、精神的苦痛による損害賠償。


「精神的苦痛?」


 一欠けらも傷ついていなそうな表情のオリヴィエに対して、アンジュリーゼは顔をしかめるが、どう考えても非はウィリックにあるため、請求書を受諾するしかない。もっとも、最終的に騒動の元凶であるウィリックが支払うことになる。その他、警備員への慰謝料や修繕費なども、彼の負担となるだろうが、アンジュリーゼとしては気にならない。


「あのバカ個人の犯行というより、誰かがあることないこと吹きこんで焚きつけたんでしょうね。今は本家で、貴女に対する疑念が渦巻いていますの。理由は……」

「アルトマンが殺されたから――、追放された娘が復讐に戻ってきた。コミックのネタにはなりそうですわね」

「で、殺ったの?」


 血のように赤い瞳にオリヴィエを映し出して、改めて問う。

 その答えは予想と大きく違わないものだった。


「いいえ、前にも言いましたけど、ヘルムタール家には興味ありませんの」


 懐かしい道であった。

 六年前、無能といわれながらも、ここは確かに自分の生まれ育った場所である。しかし、懐かしい以上の何かを感じることはなかった。




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