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彼女に神の祝福は無く  作者: 雨竜秀樹


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第六話



 予定外の出費に、オリヴィエは拠点に構えた工房で次の準備を整えていた。

 ここしばらくの日数は、消費した高等精霊術無音詠唱用符の補充である。

 一部の天才にしか扱うことができなかった無音詠唱も、今では技術による再現が可能になっている。ただし安価でもないし、一般に普及しているわけでもない。その場限りで発動する術を封じ込めるのも簡単というわけでもなく、安全というわけでもない。

 オリヴィエが辺鄙な郊外に拠点を構えたのも、万が一に制御に失敗した時の被害を考えてのことである。

 このような説明からわかる通り、一般に公開されている知識ではない。国家機関や企業の専門研究所などにより秘密裏に実験と研究が行われている。外に出てくるのは、使い方だけわかる完成品であり、その知識の多くは秘密のベールに包まれている。だが、


「地の底に眠る巨獣、父なる大地の化身、すべてを押しつぶす猛き獣王、我は乞い願う、汝の爪牙を借り受けんことを、我が敵をことごとく貫き、汝の戒めを与えんことを――。ダグムス・ニグメル・オルブゾーク・ダイグハイム!」


 正しい手順と知識、適切な術の制御により、オリヴィエはひた隠しにされている技術を完全に自分のものとしていた。

 術を制御しつつ、オリヴィエは大地と重力を司る大精霊ベヒモスの力を借りた『地槍』の精霊術を封じ込める。先の戦いで、眷属たちを串刺しにした術である。

 どっと押し寄せる疲労が回復したら、同じ作業を繰り返す。

 こうして使える術をスタックしておけば、高威力の術を素早く解き放つことができる。無論、無尽蔵に使用できるというわけでも、貯蔵することができるわけでもない。封印呪符を使うには別途、詠唱とは別に力を使うのだ。さらに封じられた力はある程度の期間放置していた場合、力を失い白紙の状態に戻ってしまう。何度も封印と放置を繰り返していけば、呪符としての役割を果たさなくなるので、まるまる損失となる。

 オリヴィエたちの生きる世界法則の一つ――不変なるものなど存在しない――である。あらゆる物質は変化し、劣化する。その工程の難度により、劣化までの期間が長いあるいは逆に短いかというだけで、使わずにとっておいても朽ちていくのだ。


 消耗した分の補充を終えると、今度は花壇の手入れをする。

 園芸が趣味というわけではなく、これもまた希少な薬品を作る材料である。オーソドックスな錬金術の材料であるマンドラゴラやベラドンナの促成栽培から別大陸で育てられる薬草を育てる疑似環境の維持など。いずれは人手が必要になるかもしれないが、現時点ではオリヴィエ一人だけで行った方が効率は良い。

 そしてこれらの花々、種子、品種の数々も多くが合法とはいいがたい。

 拠点の掃除を終えてから、各地から秘かに運ばせた武器の整理は終わっていない。だが、壁にかかっている狙撃用・突撃用のライフル、特殊合金製の投げ斧、毒物の塗られた短剣類が飾られたケース。多種多様な爆発物の数々、用途によっては麻薬や劇毒となる薬物の類など――、完全に犯罪組織の取引現場である。

 もしもこの場を押さえられたなら、危険物に関する数々の違反により、最低でも数十年は豚箱にぶち込まれるに違いない。もっともその程度のリスクはオリヴィエとて承知の上である。聖術の使えぬ彼女にとって《大禍》を相手にするのに可能な限り多くの手段を選ばねばならないのだから。例えそれが、足止め程度の役にしか立たなかったとしても、あるとないとでは生存率が違う。もっともこの念入りな準備のせいで、いくつかの国では入国禁止措置を取られている。この国で活動を続けていれば、いずれはそういう日も来るかもしれない。


「我ながら凝り性だとは思いますけど」


 そうは見えない気だるげな態度で、彼女は花壇の手入れを終える。

 この国に長居する理由はないのだが、今すぐどこかに行かねばならぬ理由もない。

 少なくとも短期的な目標として《大禍》関係の仕事がひと段落するまでは留まるつもりである。

 次いで銃火器や刃物の点検、軽い射撃と白兵、体術の訓練を行う。この手の訓練は数分でもやらねば鈍る。世界法則の一つ――あらゆるものは常に衰える――に従い、実力というやつは身につけた後も維持するための鍛錬が必要なのである。現役を過ぎれば、それも叶わなくなるのだが、幸いなことに現在のオリヴィエは体力・気力共に十分、未だに上り坂である。


「よう、お邪魔するぜ。オリヴィエ」

「呼び鈴くらい鳴らしたらどうですか?」


 突如呼びかけられても、オリヴィエは驚く様子も見せずに気だるげな態度で相手の方を見る。

 斡旋業者――マルトン・フランデル。

 この国に来ることになった理由の一つ、トルメの《大禍》依頼を紹介した顔馴染みの獣人である。相変わらずぼさぼさの赤毛、顔の半分を覆う洒落たサングラス、風雨に擦り切れたトレンチコートという、いつもの服装。

 危険物の数々を気にすることなく、彼はオリヴィエに問う。


「ちょっと聞きたいんだが、あんたは三日前の夜は何をしていた?」

「消耗品の補充ですわ」

「アルトマン・カル・ホル・ビュートリーデって名前に聞き覚えは?」

「ヘルムタール家の聖術師ですわね。六年前は第三階梯、得意とする聖術は『聖炎』。少しばかり指導を受けたことがありますけど、周囲からは女好きで、遊びが過ぎるといわれていましたわ」

「関係を持ったことは?」

「ありません。って、さっきから何ですか?」


 まるで刑事に尋問を受けている気分になって、流石のオリヴィエも少しばかり言葉が熱くなる。

 聖術を使えるようになると信じていた頃、アルトマンには聖炎の特性がないかと一時的に指導を受けたことがあった。「オリヴィエ、もう少し大人になったらデートしないか?」などという言葉をかけられたこともあったが、指導にかこつけて体を触るなどの性的なことはされていない。

 ヘルムタール家では珍しく自分のことを「無能者」と呼ばない人間の一人であった。


「今は一階梯の聖術師だ。いや、だったというべきか、今朝方亡くなったからな」

「……先ほどの聞き方だと、どうやら犯人だと疑われているように思いますが?」

「ヘルムタール家に張られていた情報網から推察するに、犯人はアンタってことになっているみたいだ。もしもそうなら、俺も連座でコレよ」


 首を斬る仕草をするマルトン。

 職を失うという意味ではなく、物理的に首が落ちることを意味している。多少の違いはあれど、聖術師に対する殺傷は他の罰則よりも重いのが常識で、実行者はもちろん共犯者に対する処分も極めて重たいものとなる。影響力の強い聖術師の家であれば、独自の特権として非公開の捜査、逮捕、裁判どころか即時の処刑執行も許可されている。


「誤解も甚だしいですわね」

「まあな、その辺は俺も奇妙に思ったよ。アンタが本気なら証拠の一つだって残さない。しかし現場を調べてみると、ご丁寧に精霊術師がやりましたっていう痕跡だらけ、さらには死ぬ直前に被害者があんたの名前を口にしている。ついでに、アンタ自身はこんな僻地に一人でいたから無罪証明も困難だ。どうする? お勧めは、とっとと国外逃亡することだが……」

「致し方ありません。直談判といきましょう」

「わかった、んじゃあ荷物をまとめて、この列車に……って、直談判?」


 気だるげなオリヴィエの返答に、マルトンは素っ頓狂な声を出す。


「あら、今のリアクションは最近流行しているコメディの一幕みたいですわね。もう一度、口に出してもらえます?」

「直談判んん!!? って、正気かよ。アンタを殺す気満々の聖術師たちの本拠地に行くつもりなのか? 火薬庫でイフリートを召喚するようなものだぞ!」

「精霊術師ジョークにも通じているなんて、貴方も侮れませんわね」


 クスクスと笑いながら、オリヴィエは準備を整える。

 久々の実家帰りである。

 十全な用意が必要なのは言うまでもない。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 ヘルムタール家は今や怒りが爆発する寸前であった。

 少し前までは嘲笑の的であった無能者によって、第一階梯の術者が殺されたのだ。彼らの中ではそれが事実となっている。確かに状況証拠は十分であるが、それを理由に断罪していいかどうかは別問題である。

 まして聖術師たちが事の真偽を見抜くような捜査能力を有しているかと問われると、はなはだ疑問であった。


「それで、オリヴィエがやったと思うか?」


 当主であるキルギア・ジルム・ホル・ヘルムタールは、呼び出した謹慎中の第二階梯聖術師アンジュリーゼ・シィル・アルクベルンに問いかける。

 実の娘に殺人の容疑がかけられた今でも、人類の守護者としての厳格な表情は変わらない。アンジュリーゼは緊張した面持ちで、見解を述べる。


「いいえ、今の彼女の実力であれば、そもそも事件が発覚することはなかったでしょう。遺体を調べさせていただきましたが。精霊術以外にも奇妙な反応がありました。専門の術者たちが出す鑑定を待ってみてはいかがでしょうか?」


 精霊術による痕跡を調べるのも、この時代においては精度が高まっている。精霊術はすべて同じようでありながら、実は一つ一つ細かな違いがあり、同一人物が放った術であるか否かはかなり高い精度で判定することができるようになっている。ただしこれにも相応の時間と費用がかかるため、役所的な書類手続きが長い。今回のような聖術師殺しとなれば超特急で行われることになるが、それでも結果が出るまでまだ何日かは必要である。

 その何日か、ヘルムタール家の聖術師たちが暴走しないように押さえておくのは、なかなかに難しい課題であった。


「冷静な者が家中に残っていたのは幸いだ」


 アンジュリーゼの見解を聞き、キルギアは重々しく言う。

 彼自身も娘が犯人であるとは疑っていないようであり、アンジュリーゼは少しばかり安心するが、出た言葉は心境とは正反対のものであった。


「容疑者から外して良いわけでもありません」

「その通りだ。どうにも、あれが帰ってきてから騒がしくなっているようにも思う。だから一度、ここに呼び出して弁明させてみるのはどうかと考えている」

「素直に応じるでしょうか?」

「わからぬ。才がないと外の世界に放り出して、その後にどのような人生を歩んだのかは知らぬ。あるいは、皆の言うように蔑ろにされた恨みを果たすために戻ってきたのかもしれん」


 当主には、少なくとも恨まれる程度のことをしたという自覚はある。

 聖術師という立場を守るためには、身内にこそ厳しい処置が必要だと考えたからだ。それを間違っていたとは思わないし、同じ状況であれば何度でも同じ選択をした。その結果として娘が復讐鬼となったのなら、残念ながら断罪するしかない。

 親としての情よりも、聖術師の長としての立場を優先するその姿勢は、今も昔も変わらない。それを美点ととるか欠点ととるかは、個人の感性に委ねられるが、アンジュリーゼはその姿勢を良しとする。その上で彼女は当主の質問に答えた。


「実際に最近出会った私の印象を述べさせていただくなら、オリヴィエにそのような意思はないと思われます。六年前と印象が変わったという点は間違いないと思いますが、復讐者の目には見えませんでした」


 アンジュリーゼは復讐者の目を知っている。

 大規模な《大禍》を鎮めるのに、毎回犠牲者なしというわけにはいかない。聖術を行使するにあたり、眷属たちを押さえる露払いとして犠牲になる者は一定数いる。そして犠牲者の家族たち全員が犠牲を納得しているわけではない。言葉に出して罵る者は少ないが、その瞳に宿る憎悪を受け止めるのも聖術師たちの役割の一つなのである。

 彼女が聖術師としての階梯を昇るつど、そうした復讐者の視線は増えてくる。

 だから感覚として、今一つオリヴィエが復讐者とは思えないのであった。無論、六年という月日で牙や爪を隠す努力をしたという可能性も捨てきれないが、それだけの忍耐に対して、今回の犯行はどうにも稚拙に感じている。

 その差異を埋める意味でも、もう一度、オリヴィエと顔を合わせるのは悪くない考えである。


「無論、事件が起こる前のことです。お許しを頂ければ、私がオリヴィエを連れてきましょう。他の者たちでは説得するのは難しいかと思います」


 自信があったわけではないが、他の連中よりはマシだと思い、当主に願い出る。謹慎を解いてほしいという打算もないといえば嘘になるが、もう一度、顔を合わせて話したいとも思ってはいたのだ。

 その望みは、すぐに叶った。


「よかろう、お前の謹慎を解く。事情を説明し、オリヴィエを当家に連れてこい」

「仰せのままに、当主」


 白銀の髪をなびかせて、優雅に一礼する。

 そして退出しようと扉を開くと、慌てた様子の使用人と鉢合わせる。どうしたことかと考え、いったん部屋を出ずに使用人に報告させる。


「旦那様、外におじょう――オリヴィエ様が来ております。いかがいたしましょうか?」


 その報告に、ヘルムタール家の当主は巌のような表情にかすかな笑みを浮かべる。

 長年勤めた使用人は主人の笑みが、遊戯盤の勝負で相手から予想外の妙手を受けて、どう返すべきか考える時の表情だと知っていた。




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