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彼女に神の祝福は無く  作者: 雨竜秀樹


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第四話



 拠点の購入から数日後。

 オリヴィエは《大禍》再封印の案件を片付けるため、リグルット共和国軍から払い下げられた戦闘用偵察バイク『トルメの猛犬』に乗って各地を回っていた。

 当初は軽装甲車か軍用ジープ、小型トラック、最低でもキャンピングカーを購入する予定でいたのだが、災厄等級の依頼を解決した件でトルメの女主人から是非使ってほしいと送られてきたのである。

 細身のタンクに小刻みに震えるエンジン。

 スタンドを外すと、まるで獲物を狩りに赴く小動物みたいに軽やかに前へ傾く。車体色は塗装剥げで黒と茶色のまだら模様になり、遠目から見ると地面に溶け込む迷彩として機能している。

 サイドカーに荷物を詰め込めるので、多少の旅であれば問題はない。


《大禍》には危険性や被害予想などを加味して、一から九までの等級が付けられている。もっとも上位の三つが依頼されることはない。何故ならそれらは国家や世界存亡の危機ともなる事象であり、モグリの術者であるオリヴィエはもちろん、ヘルムタールなどの大家であっても単独で対処するようなものではない。国々の連携、惜しみなく人材を投入して、何とか封じ込めるようなものである。

 もっともそういった世界滅亡の危機のようなことは早々起こらない。

 最高位の九である黙示はそもそも未確認事例であり、八の天変も歴史上一度しか発生していない。ゆえに実質上最高位は七の天災となるのだが、これはおおよそ百年周期と考えられており、直近の発生は五十年前、当時の大国であったキルメリア連邦崩壊の原因となる大惨事を引き起こしている。その傷は未だ癒えてはいないが、経験則によれば発生確率は低い。

 一方で下位三つの低い順に萌芽・厄災・大厄はよく出現するが、これらの対処は比較的簡単であり、ある程度は封印や再封印の方法が確立されている。必ずしも聖術師が必要というわけでもないが、安全策として派遣が『推奨』される。

 リグルット共和国は先進国の中では比較的豊かではあるが、人材も予算も無尽蔵というわけではない。ゆえに『推奨』されない方法がとられることも少なくない。少なくとも、オリヴィエに仕事が回る程度には封印にガタが来ている《大禍》の数はあるのだ。


「いや本当に申し訳ありません。この自治体ではこれが精いっぱいでして、国はこの等級では補助金は出せないと、ですが我々もいつ爆発するかわからない爆弾が近くにあるのは心穏やかではなく、こうして封印していただき、感謝の言葉もありません」

「月日や環境の影響で劣化してきますから、封印術式が安定しているかは定期的に確認してくださいね。この封印強度が二段階以上低下したら等級の再検査と再封印を依頼するのが良いと思いますわ」


 オリヴィエは何度かそんなやり取りをかわしながら、各地の《大禍》を封じて回った。新たに生まれた萌芽等級の封印、封印が危険領域に達している厄災等級・大厄等級の再封印、一日に数件片付けることもあったので、依頼の消化ペースは悪くない。

 しかし用意してきた術具の消耗が激しい。

 再封印用の精霊石や高速召喚用の呪符、錬金術や呪術で作られた強化用や治療用など数々の薬品ストック、眷属を払う武器や汚染を退ける特殊な糸で編まれた衣服の耐久値の状態を考慮すると、そろそろ帰還して再度準備を整える頃合いに思える。


「この依頼を最後に帰還しますか」


『トルメの猛犬』は犬の低い唸り声のようなエンジン音を鳴り響かせて、依頼人の住む森の小村に向かった。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「ひ、ひぃ、ひぃいいいい!!!」


 全身傷だらけになりながら、第四階梯の聖術師トールは逃げまどっている。

 今まで厄災等級の《大禍》を何度も再封印してきた。だから消滅させるのも、ちょっとばかり難しい程度にしか考えていなかった。口では侮るような言葉を出してはいたが、核が出現した時に放った聖術の手を抜くことはなかった。それどころか、今までの中で会心の一撃であるという手ごたえまであった。

 そして自分たちと同じレベルの術者が他にも三人。

 彼らは第五階梯ではあるが、第四階梯の自分と遜色のない実力者だと内心認めてもいた。核を滅ぼして手柄を上げようという気持ちは当然あった。だが、気恥ずかしいので口が裂けても直接口には出さないが、同時に三人の実力も上の連中に認めさせたかったという思いもあった。

 しかし結果は、彼の予想とは大きく異なった。


【嘘、嘘、欺瞞、拒絶、嫌い? 好き? ねえ、感じて、命を、死を、ボクのこと忘れないで、あたしのこと忘れて、お前は誰だ? 今日はいい天気だね、どうしたの怖い顔して? 坊やどこにいるの、お母さんは此処よ。ぶっ殺すぞテメェ、金返せよ!】


《大禍》の放つ異音が言葉となり、トールの脳を揺さぶる。

 しかし、逃げる足は止まらない。あるいは彼一人だけだったら恐怖に身をすくんで動けなかったかもしれないが、今の彼は一人ではない。真っ先に気絶した最年少の聖術師ハンクを背負っている。そして、隣で並走しているのは、ユーリーンだ。彼女も自分と同じように負傷者を背負っている。マルギッテ、彼女の意識こそあるものの《大禍》の攻撃により右腕は失っている。


「おいて、逃げろよ。くそ、足止めぐらいしてやるから……」

「黙って! トール、絶対に《大禍》を人里に出しちゃダメ。私が囮になるから、あんたは二人を連れて、急いで第三階梯以上の人を連れてきて」

「そんな、おれの所為なのに……」

「本当に最悪の選択だったわ、でも仕方ないでしょ。過去はやり直せないなら今をどうするかよ。で、私には二人を担いで外まで行くことはできないんだから。あんたは私が死ぬ前に、さっさと援軍を連れてきてよ!」


 眼鏡の奥で涙を滲ませながら、ユーリーンは叫ぶ。

 結局、彼らは再封印ではなく《大禍》の核を滅ぼすために逆に封印を解いたのである。

 そして核が出現した瞬間、ありったけの聖術を叩きこんで滅ぼそうとしたが、その戦術がものの見事に失敗したのだ。

 出現した《大禍》は人間よりも二回りは巨大なオーガのような見た目をしていた。そして、その《大禍》は出現と同時に、聖術のほとんどを予期していたかのように、眷属を盾にして防いだのだ。そして逆襲の一撃として、腕に闇の刃を生やしてマルギッテの腕を斬り落とし、精神を破壊する大絶叫によりハンクを昏倒させた。

 トールたちも聖術で応戦したが、最初の一撃に力を使いすぎたためか、《大禍》に致命傷を与えることはできず、逆に体力と精神力を削られていき、ついには逃走する現在の状況となったのである。


【遊ぼうよ、ねぇ、おいていかないで? わしを誰だと思っとるんじゃ、首じゃ! お前のような役立たずは首、くび、くび、美味しいね、このアイスクリーム。貴方との初デートの味を覚えている? 人生、歓喜、禁忌、背徳、羨ましい、妬ましい、じゃあまた明日ね。僕はお前らなんかに負けない!】


 理解不能な文脈による狂気の台詞を聞きながら、トールたちは最後の選択肢も奪われたことを理解する。《大禍》は新たな眷属を生み出し、彼らの逃走経路を塞いだのだ。周囲を見れば、いつの間にか異形の怪物たちにぐるりと囲まれている。《大禍》が生み出した眷属のどれもが、狂人が粘土細工で作りだしたような禍々しい外見をしている。


「逃げるのも無理だ、玉砕覚悟で核を仕留めるしかねぇ」


 こうなってはトールの言葉は間違ってはいないが、同時にそれをやるのは困難を通り越して不可能に近い。

 二人は戦闘不能で、残り二人も心身ともに消耗しきっている。


「覚悟を決めるのはよろしいですが、死ぬ気なら私を雇いません?」


 気だるげな声と共に、眷属たちが次々と大地の槍に貫かれていく。

 そして大地が動き、眷属たちの串刺しで舗装された道が生まれ、そこを戦闘用偵察バイク『トルメの猛犬』にまたがったオリヴィエが通り、あっという間にトールたちの傍にたどりつく。


「何を考えてやったか知りませんが、不用意に核を覚醒させたみたいですわね。第四等級小災、国からの補助金目当てじゃないでしょうね?」

「お、お前は誰だ?」


 ヘルムタール家の聖術師ではあるが、トールは彼女が噂される直系筋の落ちこぼれであることを知らない。彼が聖術師になった時には、すでにオリヴィエは国外にいたからだ。一方で、トルメの《大禍》でサポートをしていたユーリーンはその姿を忘れてはいない。


「精霊術師のオリヴィエ……」

「第四階梯一人に、第五階梯一人、残り二人は戦力外。まあ、何とかなるようにしてあげますわ。予備の契約書を持っていてよかったですわ~」


 闇の刃がオリヴィエに襲い掛かる。

《大禍》は今、この場にいる一番厄介な標的を仕留めようと動いたのだ。

 オーガのような巨体に似合わぬ俊敏さは、まるで野生のゴリラのようである。腕から生やした闇の刃はまるで巨大な斬首刀のようにオリヴィエに迫り、『トルメの猛犬』に備え付けてあった砲撃の一撃に巨体ごと吹き飛ばされた。


「大凶斑大蜘蛛の糸とミスリル繊維で作った捕獲網。《大禍》にダメージは与えられませんが、小災等級程度の相手を足止めする程度の役には立つんですの」


 気だるげな態度を崩さないが、目の前でみたオリヴィエの見せた早業にトールもユーリーンも開いた口が塞がらない。


「で、どうします? わたくしを雇うなら《大禍》を滅ぼすお手伝いをしますが、嫌ならサイドカーに捕まりなさい。無事は保証できませんけどね。最寄りの村々への避難や《大禍》を消せる聖術師の派遣要請もしなくちゃいけません。迷っている間に被害が深刻になるのはお分かりいただけますわよね?」


 だらりとしながらも、その口調には圧があった。

 ヘルムタール家の当主にも匹敵する重みに、トールは口を震わせる。一方、ユーリーンは素早かった。


「雇います! 貴女を、あの《大禍》を外に出すわけにはいかない」

「貴方はどうなさいます、第四階梯の聖術師? いるといないとでは、生存率も、戦術も大きく違うんですのよ」


 そう言われてしまうと、元凶であるトールとしては断ることなどできない。少なくとも、知ったことかと逃げ出すほどに無責任ではないようであった。


「わかった、あんたを雇う」

「それじゃあ、二枚。……結構ですわ。最初の確認ですけど、あなた方の習得している聖術、一番攻撃力の高いものは?」

「聖弾です」

「同じく」


 ヘルムタール家で教わる基礎的な攻撃用聖術である。

 使い勝手が良く、相応の攻撃力と命中精度、制御のしやすさから最初に教わることも多い。そして聖弾を自在に使えるようになってこそ一人前という風潮がある。もちろん、そこから派生して、聖炎や聖槌、聖砲といった様々な方向に実力を伸ばしていくのだが――、オリヴィエの予想通り、完全に駆けだしのようである。


「それじゃあ、貴方たちを勝たせてあげます」


 厭世的な態度から一変、オリヴィエは戦闘態勢となる。


「まずはサイドカーにある銀の箱にあるポーションを飲んでください。今の貴方たちの体力と精神力じゃ、逆立ちしても《大禍》を仕留められません」


 捕獲網を引き裂いて、《大禍》は再びオリヴィエに突進する。

 同時に、自らの周囲に新たな眷属を作成し始めた。が、それらはオリヴィエの操る大地の槍に次々と貫かれ、縫い留められていく。


【あああぁあああああそぼぉおおおおおおお!!!!】


《大禍》は叫ぶ、意味を理解しているかもどうかもわからぬ言葉を発しながら、精霊術を使ったオリヴィエを引き裂き、力を回復させようとする聖術師たちも勢いのままに葬り去る――という真っ当な思考方法を相手が持っているかどうかは不明だ。

 今まで見てきた《大禍》は、いずれもオリヴィエの理解の外にいた。だから、彼女はあらゆる状況を考え、臨機応変に対応する。

《大禍》は突如向きを変え、腕を失ったマルギッテを標的に定める。

 頭の部分が巨大な肉食獣の口に変じて、無防備な聖術師を呑み込もうとするが、《大禍》の一撃は空を切る。

 否、別のものを呑み込んだ。

 錬金術で作られた強酸爆弾が内側から爆発する。それで《大禍》に止めを刺すことなどできないが、本来の動きは鈍り、行動が乱れる。

 マルギッテは無事である。

 肉体強化術のかけられた指輪を犠牲に、オリヴィエが超人さながらの速度で《大禍》を追い越して救ったのである。マルギッテの身代わりに強酸爆弾を数発置いて行くという離れ業までやってのけている。


「そろそろ、力が回復してきましたわね? でもまだ聖術で攻撃してはダメですよ。赤の箱に入っている小瓶で〈獅子〉と〈翼竜〉のラベルがあるものを一本ずつ飲み干してくださいませ。もう一度動きを止めますから、左右から貴方たちの聖弾を放ちなさい。後先考えずに全力で、勝機は一度だけですわ」


 オリヴィエはトールとユーリーンの二人に手早く指示を出す。


【嫌いにならないで、あなたのこと好きなの。忘れないよ、この想い出は生まれ変わっても。いい加減にしろよ、きめーんだよ便所虫が、俺の女に手ぇ出すんじゃねーぞ。あは、あははは、血の海だ。今日はなんていい天気なんだろう、みんなピクニックだよ。お弁当は忘れないで、お菓子は持った? 先生、ありがとうございます。無為、無常、お前らの命に価値はない。お前らの歴史に意味はない。お前らは何も残せず消えていく。矛盾、無価値、繁栄、無為、はは、あははははは、今日のご飯は何?】


《大禍》の姿形が元に戻りながらも、内側から変化を続けていた。

 闇色の身体が裂け、まるで傷口のように開いた赤い線、その現象をオリヴィエは知っている、小災から災厄への等級上昇! 封印が解かれた《大禍》がより凶悪な災いと化す現象は普通ならば起こらない。何か月も放置されていたならいざ知らず、こんなにも早いスピードで等級が上がることなどないはずである。

《大禍》は変化しながら、たえず蠢き、その体をオーガのような巨体からヘドロのようなスライム状のものに変化させていく。


「ちょっと、不味いかもしれませんわね」


《大禍》との戦いに絶対はないとはいえ、ここまでイレギュラーが続くのは久しぶりであった。


「おい、俺も契約書をくれ、倒す……」


 オリヴィエの呟きに意識を取り戻したのか、抱えていたマルギッテが息絶え絶えに言ってくる。片腕を失ってはいるが、闘争心は未だに萎えていないようだ。


「一応確認ですが、聖鎖は使えます?」

「チッ、一番苦手な聖術じゃねーか」

「幸運ですわね。苦手科目が克服できますわよ。いいですか、何が起きても聖鎖を維持し続けないさい。さあ!」


 マルギッテは合図と同時に、聖鎖を生み出す。しかし《大禍》を縛るような操作をすることなどできない。この聖鎖という術は、聖術の中では封印や再封印の時に使用されるのが普通である。維持することは難しくはないのだが、その操作は非常に難しく、よほど熟達した術師でもなければ、動く的に向かって聖鎖をあてることはできないとされる。《大禍》の核を縛るとなれば、一階梯の聖術師でも数えるほどしかいない。

 だが、その役割はオリヴィエが補う。

 聖鎖の先を掴むと、彼女はヘドロと化した《大禍》に突進する。マルギッテは驚くが、言われたとおりに聖鎖を維持するのだけは忘れない。

《大禍》は自分の内側に入ってきた存在を感じ取り、殴殺しようと蠢いた。

 蠢き、包み込もうとした瞬間、オリヴィエは中高く弾かれた。まるでリンゴの実が地上に落ちるのとは逆に、彼女は空に落ちていく。

 重力反転。

 いざという時の脱出用靴に込められた力は、普通の魔法で空を飛ぶよりも速く彼女を《大禍》の囲みから脱出させる。オリヴィエは聖鎖を放すことなく持っており、伸び切った聖鎖が一本の芯のように天高く伸びる。

 その光に釣られるように《大禍》は天高く一本の棒のように伸びていく。まるで巨大な蛇が天高く飛ぶ鳥を喰らうかのように。さらには周囲に眷属たちも出現させて、まるで奈落から天に手を伸ばす亡者のようにも見えたかもしれない。

 さらに一押し。

 オリヴィエは反転させた重力を元に戻し、落ちていく、緩んだ聖鎖を操りながら、今度は彼女を捕食しようと伸びた《大禍》を縛りあげる。さらに、大地の槍が周囲の眷属たちを次々と串刺しにしていく。


「今!」


 叫ぶような指示と同時に、トールとユーリーンは聖弾を放った。

 左右から放たれた光の弾丸が闇に触れた瞬間、劇的な効果を発揮する。


【いいいぉおおゃああやややあああぁああああおおおお!!!!】


 闇が震え、吠える。

 せめて、一人でも道連れにしようとヘドロを伸ばすが、崩壊は止まらない。瞬く間に、一欠片の灰も残さず《大禍》は核ごと消滅したのである。


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