第十七話
時間は少し遡る。
オリヴィエが自分を嵌めた犯人を特定するため、病院に向かった時のことである。
聖炎使いアルトマンの直弟子ウィリックの病室。
病院のベッドに寝たまま、首だけ動かして入室してきたオリヴィエとアンジュリーゼを睨みつける。
ウィリック・ヘッジグラード。
出会った時と同じく、その表情に友好的な色はない。だが、溢れるほどの憎悪も感じられない。
「あら、まだ動けませんの?」
「あんたの拳で人体破壊されたからなぁ」
スタンフィストによる乱打からそれほど時間も経っていない。
回復系聖術あるいは治療薬などを使えばすぐにでも動けるようになる。だが、そのどちらも与えられず、彼は今もベッドの上に横たわっている。緊急時でもなければ、自己治癒力に任せて回復させるのが健康に良いという配慮。そして軽率な行動に対する軟禁という懲罰的な意味合いをあわせての処置である。
「その……、悪かった。なんでか、頭に血が昇って……」
「別に謝罪は必要ありませんわ。多分ですけど、本当に正気じゃなかったんでしょうから」
「オリヴィエ、どういうことです?」
アンジュリーゼの問いに、オリヴィエは答える。
「反感や憎悪を煽る精神系魔術が使われた可能性が高い、まあ当時は私も気が付きませんでしたけど。敵に高位の魔術師がいるとなれば、彼の凶行は敵に操られた結果だと推察します。もちろん、大穴として、彼が黒幕という可能性もありますが……」
気だるげに蜂蜜色の髪をかき上げるオリヴィエが挙げた可能性を、アンジュリーゼはきっぱりと否定する。
「こいつにそれだけの知恵があるとは思えません」
「おい、糞アマ」
「階梯が上の者に対する作法がなっていないわね。山猿」
怒気を込めてアンジュリーゼを睨みつけるウィリックだが、冷ややかな赤い瞳に見下ろされると、舌打ちをして顔をそむける。
「猿回しの猿にされたわけで、誰が貴方を使ったのか、教えてほしいんですけど?」
「誰が猿だよ。っ、覚えてねぇ。アンタが師匠の敵だと思い込む前に、誰かと話したことは覚えている。だけど、そいつが誰だったのか、具体的に何を話したのか、思い出せねぇ」
ウィリックは悔し気に顔を歪める。
「敵も相応の対策はしているということですわね」
「手がかりは、内側に裏切り者がいるってこと、一体誰が……、オリヴィエ、あなた、何を取り出しているの?」
アンジュリーゼはギョッとした表情で、オリヴィエが取り出した道具を見る。
病院に来る前、一度オリヴィエの拠点に戻り、彼女が色々と術具を補充していたのは見ていたが、試験管の中で蠢く不気味なイソギンチャクに似た生物はなんだろうか?
「普通の術式だと対策されている可能性が高いと思いますけど、この妖虫なら相手も想定外のはずですわ」
「なに、それ?」
「聞いてしまっていいんですの? 正体を知ったら、止めるか共犯になるかの二択ですけど?」
「……わかった。答えないで、私はしばらく目を閉じて、耳を塞ぐわ」
監視役としては失格だが、真相に近づくためには正しい選択だった。ついでに自分の保身も忘れない。
「さて、お猿さん――ではなく第三階梯の聖術師ウィリック・ヘッジグラード」
「な、なんだよ……」
「貴方にもどちらかを選んでほしいんですけど」
「やるか、やめるかってことか?」
ウィリックの言葉に、オリヴィエは大仰な仕草で首を横に振る。
「自発的に協力するか、協力を強いられるかですわ」
「それって、一択じゃねぇかよ……」
「結果は一緒ですけど、過程の選択は大事だと思いますわ。どちらを選んでも、後悔しないでくださいね?」
ニコリと微笑むオリヴィエに、ウィリックは渋々ながら前者を選択した。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
そして再び時は、オリヴィエが二つの《大禍》を引きつけながら戦う時にまで戻る。
(彼が入院していた病院が近くにありましたわね)
弾丸のように襲い来る変幻自在な球体と直線的な砲撃。
異なる攻撃を回避しながら、オリヴィエは周囲に探索用の下位精霊を飛ばし、情報を収集する。破壊された街並みから以前の姿を思い出すのは難しいが、大まかな地図は頭に入っている。
(できれば、そちらには向かわせたくはありませんけど……)
【つよいぞー、かっこいいぞ、びーむ。びーむ。びーむだ。ばんばんばーん!】
【打ったー、また打ちました! この局面、で、で、で、で、わたしたちは、わたしは、ああは、うつうつつつつつつ、デッドボール! これは、血が出ています。大丈夫でしょうか? 協議しているようですが……、応急手当だけで、出血が酷そうですが……、再開するようです。一塁に出ました。はんそく、はんそく、はんんそくそ、しねよ、やめろよ、ちがうちがうちがう、わざとじゃない、わざとじゃない、わかっている、試合を続けよう、試合を続けて、俺たちの夏を続けよう、つづけ……】
オリヴィエは周囲の精霊を介して、索敵と同時に緊急避難の指示も飛ばし続けている。おおよそ数百ほどのシルフたちの囁きが、彼女の耳に届き、それらを処理して適切な避難経路に導いている。
大災等級《大禍》を相手に時間稼ぎをすると決めてから、助けられるものを逃がしながら、同時に《大禍》の被害が少なくなる誘導も行っていたが、そろそろ処理能力に限界が来そうでもあった。
その隙をついたつもりなのか、人型の《大禍》は散発的に打っていた黒球をオリヴィエに集中させる。四方八方から襲い来る攻撃の回避は不能。
防御に切り替えようとして、オリヴィエは足を止める。
それを狙ったかのように、巨大な《大禍》は極大の砲撃を放つ。
《大禍》による偶然の連携、回避不能な連弾、極大砲撃。基本的な防御術式では砲撃を受けきれず、回避しようにも連弾が退路を封じている。ならば打つ手無しだろうか? 否、
「チッ! ――次元ヨ、歪メ、時間ヨ、歪メ、我ガ身、我ガ魂、ヒト時、歪メ」
舌打ちの後、口頭詠唱にてオリヴィエの全身が透過する。
すべての攻撃をすり抜けた後、半透明だったオリヴィエの姿が元に戻ってくる。
「ぐっ、かはぁ」
彼女の得意とする精霊術とは異なる術式、戦闘用呪術「歪ミ巫女」は、一時的に自身の存在を別世界――虚数境界面に移動させるものである。遥か東の別大陸で発展した呪術であり、一流の呪術者はこの呪術を使い、相手からは触れることのできないが自分は自由に相手に触れることができる無敵の存在となり敵を殺害したという。もっとも、この呪術の使用には七日七晩の儀式が必要であり、いくつかの諸条件が必要な制約の多い術式であり、加えて術式を解除した時の反動が大きいため、現代ではほとんど使用する者はいない。
オリヴィエが使ったのは、その改良版ともいえるもので、正確には「歪ミ巫女・改」と呼ぶべきかもしれない。効果時間を短縮する代わりに、使用条件を口頭詠唱にのみにしたものである。使用時間はわずかではあるが、その間はあらゆる攻撃を無効化できることは、六年間の《大禍》との戦いで何度も経験済みである。対人戦闘においては、術式の穴を突かれることも多いので、ハーヴェスティとの戦いでは使えなかったが、《大禍》相手であれば致命的な一撃を回避できる切り札の一つである。
もっとも、虚数境界面から物質世界に帰還した際の激痛と疲労は半端なものではない。
「――っ、どうしました? もう一度、同じ攻撃をすれば勝てますわよ?」
【う、うううううんんんんん????】
【はんそく、はんそく、はんそく、たいじょう、しっかく、たいじょうたいじょう、バツ、バツ、バツ、×、×、罰、ルール違反は許せない、許しません、審判、しんぱーん】
必殺の攻撃を受けても死んでいない相手に対して《大禍》が何を思っているのかはわからない。そもそもコミュニケーションが成立するかも怪しい存在なのだ。だから、オリヴィエの挑発的な言動はまったくの無意味に思える。
だが二つの《大禍》が、ある種の注意を引いたのは確かだ。
オリヴィエに、注意が向き、それ以外に対する注意が疎かになった瞬間、人型の《大禍》が聖なる劫火に包まれ、巨大な球体の《大禍》の中心を光り輝く砲撃が撃ち抜いた。
「クソ、大した度胸だよ。アンタ」
【ああ、ああぁああ、あああ、おわらない、なつ、なつなつなつ、ゆめのぶたいがあぁ、ああぁあああああああ!!!!】
第三階梯聖術師ウィリック・ヘッジグラードの「聖炎」が人型の《大禍》を焼き尽くす。
「囮役、ご苦労様でした。聖術師でない身としては上出来です」
【びー、びーむ、びーむはむてき、びーむは、さいきょう……】
第二階梯聖術師アンジュリーゼ・シィル・アルクベルンの「聖砲」に貫かれた《大禍》は弱々しく呻く。が、ぐるりと向きを変えて悪あがきをする。
【最後に放つ、最強ビーム!】
「消えなさい!」
《大禍》の不意打ちを予想していたかのように、アンジュリーゼは更なる「聖砲」で《大禍》の禍々しい光線を吹き飛ばす。
【びーーーーーーびいぃいむうううううううぅはさいこおぉおおおおおお!!!!】
最後の断滅魔とも呼べる音が響く。
《大禍》の核が消滅したのか、巨大な球体もボロボロになって崩れ落ちる。
「以前よりは、成長したようで何よりですわ。泣き虫アンジュ」
「別に、貴女の言葉を覚えていたわけではありません!」
以前、トルメの《大禍》で不覚を取った時に言われたことを気にしていたのか、アンジュリーゼは顔を赤くして叫ぶように言った。
「ウィリックも、来てくれて助かりましたわ」
「《大禍》相手に聖術使えねぇやつが大立ち回りしているのに、病院のベッドで寝ているわけにもいかんだろ。プロとして、アンタに妖虫で脳みそ弄られたことも、ぜーんぜん、気にしてねぇよ」
「……本格的な『酔い』は三日後から来ますから、いつ嘔吐しても良いようにしておいてくださいね」
「え、マジで? あの気持ち悪さと同じのをまた味わうの?」
顔を青くさせるウィリックを無視して、オリヴィエはアンジュリーゼに問う。
「他の《大禍》は?」
「来る途中の《大禍》は、大厄等級以下の小物ばかりでした。ヘルムタール家の聖術師たちも総出で事にあたっていますから、これ以上の被害は抑えられるはずです」
「……いいえ、まだ終わっていません」
「『あの』ハーヴェスティが、まだ何か企んでいると?」
赤い瞳を細めて警戒心を強めるアンジュリーゼに対して、オリヴィエは首を横に振る。
「いいえ、彼女はサポートです。本命は魔術師ハンク……、あるいは彼が所属する組織が求めているもの。そういう女なんですよ、ハーヴェスティは、彼女自身の望みじゃなくて、暗い欲望を手助けするのが生き甲斐の、はた迷惑な……」
「オリヴィエ?」
「少し、休みます。この騒動は囮で、本命はたぶん、ヘルムタール家……、父……、あの男、当主キルギアに……、警戒を……」
「オリヴィエ、しっかりしなさい! ウィリック! 病院の方角は? まだ機能しています? 私、治癒術は苦手なのに、本当にもう! どうなっても文句は言わないで!」
「よけいなことは……」
それ以上言葉を続けることはできず、オリヴィエの視界が暗くなり、意識も闇に落ちていく。
【用語解説】
《大禍》等級(弱い順番)
1萌芽――危険はほぼなし。核が存在しないため、消滅させることもできない。聖術師は派遣されず、他の人員による封印と監視のみ行われる。
2厄災――数十人規模の危機。六階梯以下の聖術師が派遣。
3大厄――数百人規模の危機。五階梯以上の聖術師派遣。この等級から《大禍》の眷属たちが出現する。聖術師は消耗を押さえるため、眷属を相手にする人員の派遣も行われる。
4小災――小さな街が消滅するレベルの危機。四階梯以上の聖術師派遣。国家から補助金が支払われる。
5災厄――地方が消滅するレベルの危機。三階梯以上の聖術師派遣。この等級から眷属たちの強さや数が爆発的に上昇する。
6大災――国が消滅するレベルの危機。この段階で国家及び聖術師は利害を超えて協力することが国際常識となっている。二階梯以上の聖術師派遣。
7天災――複数の国家が消滅する非常事態。50年前にキルメリア連邦崩壊の原因となり、複数国による軍事・聖術師の介入により終息するも、未だの傷跡が残っている。この等級から第一階級を主力に、複数の聖術師が投入される。
8天変――歴史的災害。過去一度だけ起こり、ひとつの大陸を消滅させ、当時の総人口約三割を消滅させた。
9黙示――未確認事例。世界存亡の危機として伝えられている。




