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彼女に神の祝福は無く  作者: はーみっと


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第十五話


 広間に集められた聖術師たちは、誰一人として落ち着いてはいなかった。

 白を基調とした聖衣の裾が慌ただしく揺れ、杖や聖具が床に触れる乾いた音が重なっている。普段であれば厳粛な静寂に包まれているはずの長老会議室は、今や低く抑えた怒号と困惑の囁きで満ちていた。


《大禍》が複数、都市内部で解放状態にある。

 その事実だけでも前代未聞であるというのに、それが人為的なものである可能性が浮上したとなれば、動揺しない者の方が少ない。

 その可能性を発言した人物、アンジュリーゼは周囲の視線を痛いほど感じながら、背筋を伸ばしたまま、視線を一点に据えていた。

 その視線の先、重厚な椅子に腰を下ろした壮年の聖術師――キルギアが、重く息を吐いて口を開く。


「第二階梯アンジュリーゼ・シィル・アルクベルン。報告には間違いないな?」


 問いかけは静かだった。

 答えようとするアンジュリーゼの言葉には、わずかな焦りが滲んでいる。

 普段であれば、《大禍》に対する対処は厳正なる審査と各派閥の力関係の調整の末におこなわれるものであって、一朝一夕に結論を出すことなどない。

 しかし今、この瞬間に限って言えば、聖術師が結論を出すのを遅らせた時間は、そのまま人命の損失を意味するのだ。

 一つの言葉の誤りが、報告の誤解が、多くの人命を左右する局面である。

 アンジュリーゼは一瞬も迷わず、はっきりと答える。


「はい、五階梯聖術師ハンク・ヴォーロの正体は魔術師、そして協力者はハーヴェスティ・ユギド・フィア・ベディステア。外の《大禍》は彼女が原因です。彼女の言動から何かしらの陽動だと思われますが、正確な狙いは不明です。またハンクの目的や彼が本当に所属している組織についての正体も未だ判明していません」


 広間が一斉にざわめいた。

 魔術師、国際指名手配犯、そして《大禍》を意図的に解放する行為――それらが一か所に集まり、自分たちの首筋にまで迫っていたことに、今更ながら彼らは動揺する。

 情報の真偽を確かめる時間はなく、今はアンジュリーゼの報告を信用するほかない。

 オリヴィエがこの場にいないのは正解であった。信用勝負においては、彼女の存在そのものがヘルムタール家にとってのマイナス要因なのである。

 キルギアは顎に手を当て、短く思考を巡らせる。

 今この場で重要なのは、未確定の情報を掘り下げることではない。差し迫った脅威の事実を認め、取るべき行動の整理だ。


「ハンクに関する件は、今は置いておこう。それよりも《大禍》を呼び寄せる類の魔術式――キルメリア連邦は、その手の戦略術式の開発をしているという極秘資料を見たことがある。普通であれば使うことはないが、ハーヴェスティが噂通りの人物像であり実力者ならば、使用されたとの報告を疑うことはできぬ」


 その言葉に、今度は年配者たちの座る長老席から抑えきれない怒声が上がった。


「馬鹿な!」

「何と愚かな!」

「世界そのものを破壊するつもりか!」


 若手の聖術師たちからも、怒りと恐怖が入り混じった囁き声が飛び交う。

 会議室は一瞬にして制御を失いかけた。


 ――その時。


 キルギアが、杖を床に強く打ち鳴らした。

 乾いた音が空気を裂き、ざわめきは嘘のように止まる。

 厳格な当主の薄灰色の瞳が、アンジュリーゼだけでなく、そこに集うすべての聖術師を射抜いた。


「よろしい、これは我らに対する宣戦布告だ。世界秩序の守護者である我らヘルムタールの聖術師はすべての総力を持って、この愚劣なる行いに代償を支払わせねばならない」


 その宣言は、怒号でも叫びでもなかった。

 しかし、その静かな断言こそが、場にいる全員の背筋を震わせる。

 ヘルムタール家当主の冷厳な指示は、混乱して行き先を迷う馬を鋭く鞭で打つように、混乱した彼らをビシリと打った。

 ――迷いは、もう許されない。

 聖術師たちは今、守護者としての責務を真正面から突きつけられていた。


「一階梯から三階梯の動ける聖術師はすぐに準備せよ。共和国軍と連携し、核を見つけ次第封印もしくは排除を命じる。四階梯以下は状況次第でいつでも後詰の予備戦力として動けるように術式庫周辺で待機。長老会の皆には、必要な術式道具の開封、および大規模術式の支援を命じる」


 老いも若きも聖術師の本分、世界を守るという誇りと責務に高揚感を感じているなか、当主であるキルギア・ジルム・ホル・ヘルムタールの巌のような表情は変わらない。薄灰色の瞳には緊張も、恐怖も、動揺の色もなく、淡々と事務作業をするかのような冷酷な色が宿っている。

 指示を出す当主の姿を見ながら、アンジュリーゼはやはり親子だと思った。

 冷厳で事務的なキルギアの態度と気だるげでやる気の感じられないオリヴィエの姿が、奇妙に重なって映ったからである。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 この世界を害する《大禍》という現象。

 それが発する音に、意味や意図はない――少なくともこの世界の研究者たちはそう言っている。


【フレー、フレー、ファイト、ファイト! 今年こそ優勝だ。俺たちの青春全部、ぶつけてやろうぜ。さあ始まりました決勝戦、両校とも気合十分。実力者同士の白熱した対戦を見ることができそうです。会場の熱気もすごく、わたくしも熱にあてられています。今年こそ優勝してみます。十連覇の達成なるか? 青春、輝き、決勝、決着、きぇっちゃあぁああうぐぅうぉおお!!!!】


 黒い人型が吠える。

 何かを懐かしむように、あるいは取り戻そうとするように哭く。


 人の形を取った災厄。


 その音に意味はないと言われているが、対峙した者はそこに宿った負の感情を感じるだろう。意味が理解できる言葉になればなるほど、深い怨嗟を、妬みを、狂気を。


「ひ、ひぃぃいいい!!!」

「助けてェ、助けてくれ」

「うぁわああああんん!!!!」


 数人分の悲鳴があがった。

 場所は都市部にある大規模な公園。

 周辺住民にとっては憩いの場であると同時に、非常時における緊急避難所。

 一定間隔で設けられた常夜灯、休憩用のベンチ、複数の遊戯設備。そして非常時用の物資が溜め込まれた倉庫。

《大禍》が起きた当初、この場所に集った人々の数は決して少ないものではなかったが、残っているのは今声を上げた者の周囲だけ――一か所に集まり身を縮めている。あるいは単純に腰が抜けて体を動かせないだけかもしれない。

 残りは逃げるか、殺された。

 この《大禍》が生み出した浮遊する黒い球体に貫かれて絶命したのだ。


【本日はご家族が応援に来ております。■■■■さん、お孫さんの勇姿を是非この目で見たいと、■■県■■市より駆けつけてきました。がんばってー、応援しているよー。各球団もこの試合に注目しており、ちゅうもくしており、ちゅううもぉおくぅあおあおあぉおおおお!!!】


 淡々とした言葉から最後は激昂するような音を発して、人型の《大禍》はいくつの浮遊する黒い球体を周囲に生み出し、大振りな蹴りを放つ。

 格闘家の蹴り技ではなく、まるで競技者のような動きだ。

 その動きに合わせるように、球体が動き出す。

 ただし速度は目で追いきれない。

 まるで砲撃のように、無数の球体が飛び回り、遊具を蹂躙し、倉庫を破壊し、野ざらしの死体と地面をえぐる。


【ヒット、ホームラン! 一気に点差を詰めていきます。意地を見せました。この追い上げ、追いかけられる方も苦しい。追いつけるのか、それとも逃げ切れるのか、先ほどから両者の一進一退の攻防、まけない、まけない、まけられないぃいいいいいい!!!】


 空中で変則的な軌道を描き、球体の一つが身を寄せている人々を貫こうとする。

 身を寄せている中には猫科獣人もいたが、いかに素早い種族といえども避けることはできない速度だ。巨大な体躯で知られるトロール種は反射的に近くの子供たちの盾になろうとするが、いかに頑強な種族といえども直撃すれば容易く肉体を貫く威力だ。だから、その球体が空中で蹴り飛ばされた瞬間、誰もが信じられない面持ちでその相手を見た。

 白兵戦には向かなそうな法衣を翻し、巻き毛の金髪の美女オリヴィエ。彼女は、半ば眠たげに細められた薄灰色の瞳に《大禍》の姿を見据えて呟く。

 戦闘用偵察バイク『トルメの猛犬』はどこかに乗り捨ててきたのか、瓦礫の山を踏破して悲鳴を上げる彼らの下にまでたどり着いたようだ。おそらく何らかの術式が込められた靴は、球体を蹴り飛ばした影響だろうか煙を立てている。


「球技のルールは知りませんけど。パス」


 林檎のような大きさの球体――大地の精霊王ベヒモスの力を封じた重力圧縮弾が無造作に放り投げられる。それの力に《大禍》から生み出された球体が勢いよく引き寄せられて――今まで蹂躙してきたのと同じ威力で《大禍》に叩きつけられる。

 耳に残る嫌な音を立てながら、無数の球体は人型の《大禍》にめり込む。普通の生物であれば間違いなく致命傷、頑健な軍用ゴーレムであっても機能停止する。だが《大禍》という現象が消えることはない。


「その球体――眷属じゃなくて《大禍》そのものの一部。一番厄介なタイプですわね」

【追い詰めている。やれるぞ、今年こそ優勝だ。おおっとここで投手交代、今までよく頑張りました。ベンチに戻り、出てくるのは■■■■■■だ。落ち着いた雰囲気、応援席もヒートアップしています。よろしくお願いします。よろしくおねがいします。ヨロ、シク、オネ、ガイシマス!】


 自身の一部である球体を叩きつけられても、黒い人型《大禍》にダメージはない。矛盾は成立せず《大禍》は無傷で、その一部たる球体もまた無傷である。

 オリヴィエは肩をすくめて、身を寄せ合っている民間人に告げる。


「南東は比較的安全ですわ。急いで逃げなさい」

「あ、あんたは……」

「足止めします。無駄な問答は終わり、死にたくなければ行動なさい」

「すまん、ありがとう」


 有無を言わせぬ態度に、彼らは軽く礼をのべるか、頭を下げて逃げ出す。

 トロールは泣き叫ぶ子供たちを背負い、猫科の獣人は足の不自由な老人に肩を貸し、他にも傷ついた者たち同士で互いに助け合う。誰もが我先に逃げ出したい想いはあっただろう。だが、死の恐怖と自己保身の感情を勇気あるいは献身の想いでねじ伏せて、互いを支え合いながら死地から脱出する。

 その様子にオリヴィエは口元をほころばせて、重力圧縮弾の効果が消えそうになると次を投げつける。


【プレイボール、ぷれいぼーる、ぷれいぼぉおおおおお、ストライク、バッターアウトトととぉおおぉおおおおお!! 絶好調です。ここにきて、一気に抑え込みます。このまま、試合終了まで抑え込めるでしょうか?】

「災厄等級といったところでしょうけど、今の装備だと――これ以上の等級が上昇すれば、足止めも難しくなってきますわね」

【さあ大きく振りかぶって、投げましたー!】


《大禍》は重力場に押しつぶされながらも、再び足を動かして、何かを蹴るようにもがく。言動と行動がチグハグな様子に、オリヴィエは薄灰色の瞳を細め疑問を口にした。


「本当に、一体何なんでしょうね? 《大禍》というやつは」

【打たれたー! 走る走る走る、セーフ、セーフです!】


 無論、《大禍》がその問いかけに応えることはない。

 破壊しようとするだけだ。

 オリヴィエには理解不能な言葉を発しながら《大禍》は何かを必死に蹴ろうと足を動かし続けるのであった。




【用語解説】


《大禍》等級(弱い順番)

1萌芽――危険はほぼなし。核が存在しないため、消滅させることもできない。聖術師は派遣されず、他の人員による封印と監視のみ行われる。

2厄災――数十人規模の危機。六階梯以下の聖術師が派遣。

3大厄――数百人規模の危機。五階梯以上の聖術師派遣。この等級から《大禍》の眷属たちが出現する。聖術師は消耗を押さえるため、眷属を相手にする人員の派遣も行われる。

4小災――小さな街が消滅するレベルの危機。四階梯以上の聖術師派遣。国家から補助金が支払われる。

5災厄――地方が消滅するレベルの危機。三階梯以上の聖術師派遣。この等級から眷属たちの強さや数が爆発的に上昇する。

6大災――国が消滅するレベルの危機。この段階で国家及び聖術師は利害を超えて協力することが国際常識となっている。二階梯以上の聖術師派遣。

7天災――複数の国家が消滅する非常事態。50年前にキルメリア連邦崩壊の原因となり、複数国による軍事・聖術師の介入により終息するも、未だの傷跡が残っている。この等級から第一階級を主力に、複数の聖術師が投入される。

8天変――歴史的災害。過去一度だけ起こり、ひとつの大陸を消滅させ、当時の総人口約三割を消滅させた。

9黙示――未確認事例。世界存亡の危機として伝えられている。




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