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彼女に神の祝福は無く  作者: 雨竜秀樹


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第十二話



 キルメリア連邦の崩壊。

《大禍》そのものは各国の聖術師が行った結界による封じ込めにより、最低限の被害に抑えられたと各国は発表した。だがその最低限の被害は単純に一つの国が滅びたというだけではなく、既存の商業ネットワークの崩壊も意味しており、世界規模で起こった大不況と大暴動の始まりでもあった。

 その槍玉に上がったのは、キルメリア連邦出身者たちであり、当時はまだそれなりの数がいた魔術師たちである。魔術師になる過程――親族の血肉を取り込むという行為が表沙汰になると、迫害から狩りになった。

 人の皮を被った怪物として、あらゆる国が賞金をかけ、世界的な魔術師狩りが行われる。魔術は確かに強力な力ではあったが、それでも限度はある。祖国は崩壊し、支援もないまま生き続けられる魔術師はほとんどいなかった。

 そう、ほとんど。

 一部の魔術師は社会の闇に身をひそめた。

 まだ表立って活動していた時に集めた資金、そして金や魔術の力を必要とする裏社会の協力者、そして何より世界から迫害されたことによって生まれた強固な連帯感・仲間意識を武器として、彼らは闇の中で生き続けた。

 十年、二十年、三十年、世代を超えた後も、闇の中で密かに息をしながら、自分たちの存在が過去になる時を待ち続けた。

 そして、彼らは再び動き出す。

 自分たちを利用していた裏社会の協力者たちを密かに懐柔、あるいは始末し、自分たちを闇へ追いやった社会すべてに復讐する時を、自分たちの代わりに今も栄光と羨望を独り占めする聖術者たちに鉄槌を!

 そんな邪念が結集して、一人の少年は生み出された。

 彼以外にも候補は多くいたが、彼だけが聖術という力を持ちえた。魔術師の両親から生まれた奇跡のような存在、そして両親も、彼らが属する共同体も、彼を復讐の道具として――愛と憎悪を混ぜて、最悪の刺客に育て上げたのだ。

 何人もいた名も知らない兄弟姉妹の血肉を食ませることで、彼は魔術師としても傑出した力を手に入れていく。代償として、人間性を削り、彼自身の人生を失っていく。


「お前を誇りに思う、ハンク」

「私たちの血肉を使い、奴らに復讐してね」


 ハンクの父と母は望んで、彼が魔術を行使するための生贄となった。

 自分の両親だった真っ赤なポーションを飲み干し、少年は完全に心を失い、そして完璧な刺客となる。

 裏社会のルートを通じて、哀れな孤児と偽り、聖術が使える新人として、ヘルムタール家に潜り込み、指令の時を待った。

 聖術師の家で時に競い、時に励み、時に笑い泣きながらも、彼はひたすらに使命を果たす時を待ち続ける。

 そして、その時が来たのだ。

 黙示の時――、世界を変える時が来て、ハンクは秘かに行動を開始した。

 野心的な若い聖術師に目をつけ、彼と共に行動する。


「貴方たちが戦った《大禍》の核、最初は封印を解除したことで等級が上がったものと思っていましたが、魔術師である貴方が秘かに等級を上げたんですのね? 魔術の中には、故意に《大禍》を活性させることが可能な術式がいくつかあったはずです」

「……」


 オリヴィエの指摘にハンクは無言のまま相手の隙を伺う。

 沈黙を肯定と受け取ったのか、彼女は話を続ける。


「わたくしの精霊紋を模写したのは、あの戦闘時ですわね。アルトマンを殺した後、その時の精霊紋を痕跡として残した。でも少し不思議なのは、貴方がアルトマンを殺したまでは良いとして、無傷というのは解せません。誰か協力者がいたのではなくて?」

「……」


 オリヴィエの問いにも、ハンクは口を開かない。

 ただ少年から殺意が高まるのを感じて、精霊術師は真実だろうとあたりをつける。


「ですが、ウィリックをわたくしに仕掛けたのは下策でしたわね。最初は彼が愚かで、聖術師の誰かに扇動されただけと思っていたのですが、改めて病院で『妖精眼』による鑑定を行ったところ、精神汚染の魔術式痕跡を発見できましたわ。見事な隠蔽といいたいところでしたが、ウィリック本人の同意を得て『記録喰らいの妖虫』を使って貴方が彼に術をかけた瞬間を見つけました」


 言い逃れることはできないと観念したのか、無言を貫いていたハンクが口を開く、声も瞳と同じ冷たさを有してはいるが、その声音には相手を賞賛する響きがあった。


「『記録喰らいの妖虫』の使用は国際条約で制限されていますよ。正規手続きによる使用でしたら、申請して最低でも二ヶ月は待つ必要があったと思いますが?」


 気だるげな態度で、精霊術師は肩をすくめた。


「そうですわね。だから貴方も油断した。ですが自分が外法を使うのに対して、相手が正攻法しか使わないと考えていると、足元をすくわれることもありますのよ」

「勉強になります。ついでに教えてほしいのですが、オリヴィエさんの望みは何ですか?」


 少年は無駄だと思いつつ、一応は交渉を試みる。

 相手が言葉を返すか、攻撃術式を叩きつけるか、どちらでも対応できるように体を適度に緊張させる。その自然な戦闘態勢は、オリヴィエが最初に見た時の下位聖術師とは違う。相手を殺すための訓練を受けた工作員、暗殺者の類である。


「とりあえず貴方をアルトマン殺しの容疑で拘束して、協力者と組織を吐かせることですかしら? やり口からして、魔術復興主義者、あるいはキルメリア連邦残党、その両方?」

「残念ですが、どちらも叶いません。僕は捕まらないし、仲間を裏切らない。それより、黙って消えてもらえませんか? 僕らのやることを邪魔せず、この国から立ち去ってくれたら、無駄に争わずに済みますよ。飲んでくれるなら僕も判を押した契約額の二倍。いや、三倍を支払ってもかまいません。元々、このヘルムタール家は貴女を捨てた場所で、この国だって思い入れなんか欠片もないでしょ?」


 飄々とした口調であるが、その目は鋭く、ゆっくりと動く体術はいつでも相手に飛びかかれる独自の重心移動だ。

 おそらく生まれた時から、この時のために訓練を受けてきた相手をわずかな時間で改心させることなどできない。オリヴィエは相手に対する警戒レベルを上げながら返答する。おそらく戦闘開始の合図になることを予見して。


「その程度の理由で見過ごすつもりはありませんわ。ただの権力闘争ならともかく《大禍》を利用した行為は、個人的な心情から許せませんもの」

「なら、後悔しますよ!」


 ハンクは地を蹴って、オリヴィエとの距離を縮める。

 対する精霊術師は素早く印を切り、風の上位精霊ジンによる烈風を放つ。だが、その風はハンクの周囲に浮かぶ闇に呑まれて消える。その圧倒的な防御力に覚えがあった。


「《大禍》!」

「ええ、魔術『闇の現身』は《大禍》と同質の防御力を術者に付与するものです。精霊術しか扱えない貴女の攻撃は、僕には効かない。そして、そこだぁ!」


 自分に向かう殺気を感じ取り、ハンクは魔術で生み出した「闇槍」を放つ。

 鋭く放たれた魔術が、死角から攻撃をしようとしていた聖術師アンジュリーゼの身体を串刺しにした!


「貴女が一人で待ち伏せているとは思いませんよ。一緒にいた第二階梯聖術師アンジュリーゼの方が、僕にとっては警戒するべき相手、自分が囮となってと考えたんでしょうが、詰めが甘かったですね」

「そうですわね」


 オリヴィエは頷き、印を結ぶ。

 彼女のすぐ隣に――聖術「聖砲」の構えを取るアンジュリーゼが姿を現す。

「闇槍」で貫かれたのは、彼女の幻影でしかない。


「なっ!」


 とっさに回避しようとするが間に合わない。

 アンジュリーゼの放った聖なる砲撃が、ハンクを「闇の現身」ごと貫く。


「ぎゃあぁああああああああ!!!!!」


 魔術師の少年は叫び、仰け反って倒れ伏す。

 彼自身が言った通り、聖術「聖砲」は《大禍》と同質の防御を持つ彼にとっては、致命的な一撃となって突き刺さったのである。


「さすがに幻影に殺意を乗せるのは骨が折れましたわ。貴方が優秀な敵で助かりました。馬鹿みたいに突進してこられたら、そちらの方が危うかったかもしれません」

「その時でも、私は『聖砲』を直撃させていたわよ」

「わたくしたちも串刺しになっていた可能性は高いですけどね。まあ逃走する前に発見できたのは、幸運でした」


 ウィリックの頭から『記録喰らいの妖虫』で犯人を突き止めた後。

 彼女たちは事の次第を報告しようと戻る途中、状況から判断して――逃走するハンクの姿を発見したことから、今回の遭遇戦となったのである。

 即興にしては悪くない戦術ではあったが、相手の手札――どのような魔術を使うか不明な点があったため、博打要素が皆無ではない。幻影による囮と隠蔽、くわえて風精霊による牽制、オリヴィエにとって魔術師との戦いは初めてではなかったが、今回は聖術師がいて助かったところが大きい。最悪、相手の精魂が尽きるまで昼夜問わず何日も戦い続ける泥仕合になる可能性もゼロではなかったのだから。


「とりあえず、彼――ハンクが送られてきたルートを徹底的に洗えば、地下に潜んでいる連中は洗い出せるはずですから、そういう組織的なところはヘルムタール家にお任せしても?」

「そうね、一応は貴女の依頼も終了ということになるのかしら?」

「そのあたりは彼から聞ける情報次第ですけど、『記録喰らいの妖虫』を使います? まだ、ストックはいくつかありますけど」

「気軽に国際犯罪の片棒を担がせないでくださる? とりあえず――」


 ハンクの拘束を提案しようとしたアンジュリーゼは、オリヴィエの素早い足払いで転ばされる。トルメの《大禍》の時と同じ、奇妙なデジャヴを覚える。


「なにを……、オリヴィエ!?」


 アンジュリーゼは抗議をしようとしたが、精霊術師の姿を見て悲鳴のような声で相手の名を呼ぶ。以前と同じように、アンジュリーゼを狙って放たれた攻撃、それを回避するための強引な手段は、今度は目的こそ成功したが、代償としてオリヴィエの身体に無数の刃が突き刺さっていた。



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