第十一話
五十年前にキルメリア連邦崩壊の原因となったのは天災等級の《大禍》である。だが、その遠因である魔術もまた、忌まわしい記憶と共に歴史に刻まれている。
血筋や才能による資質が大きい聖術とそれを使う術師の存在は、特権階級を廃止したいキルメリア連邦にとっては頭痛の種であった。
《大禍》という現象を消すことが不可能である以上、聖術に変わるものを見つけるしかない。それも資質に左右されず、誰でも使え、なおかつ劇的な効果をもたらす術式を――、そんな考えを持つ国や組織はキルメリア連邦が初めてというわけではない。技術のアップデートと汎用化は常にあらゆる分野の課題として突きつけられている。
それにどれだけの資源をつぎ込めるか、どこまで既存の倫理に踏み込めるか?
キルメリア連邦は今までにない規模で、それを実行した。
王侯貴族が秘匿した情報をかき集め、禁忌とされる分野に果敢に踏み込んだ。
のちに明かされたことであるが、自国や他国の聖術師を密か誘拐し、人倫を無視した様々な実験を行った。それこそが正義であると信じて、多くの犠牲を出しながらも、ついに聖術に変わる新しい術式――魔術を生み出した。
聖術のような資質を介さず、特定の処置を行うことで誰もが扱えるようになる。そして《大禍》の核に対しても有効であるという結果を示したこの技術は、当時の世界を震撼させた。
詳細こそ伏せられたが、魔術を扱う魔術師の台頭により、キルメリア連邦は聖術師狩りを行い、既存の特権階級の完全なる駆逐に成功する。その血に満ちた革命により、キルメリア連邦は一時的にではあるが、大国の中で最大の発言力と国力を有していたのは間違いない。しかし、その夢のような新技術である魔術には思わぬ落とし穴があった。
確かに魔術は《大禍》に対して有効であった。
しかしそれはあくまでも《大禍》の等級が下位のものに限っての話であり、中位等級に対しては限定的な封印が限界、上位等級にいたっては封印どころか活性化させる始末であった。
このことをキルメリア連邦の上層部がどのように考えていたかは、今となっては不明である。ただ彼らはその事実を破滅の時が来るまで隠蔽し続け、最終的には取り返しのつかない天災等級の《大禍》に呑まれて、国土ごと消滅した。
おそらく真実を知らないままの連邦市民すべてを巻き込んで。
この事実はわずかに生き残った――聖術師狩りを生き延びたキルメリア連邦の聖術師の証言や汚染区域を調査した国際調査団の検証により、魔術の危険性を世界全土に知らせることとなり、以降は魔術を禁忌として扱い、世界に対する罪となることが決定された。
この時に行われた魔術師狩りは、キルメリア連邦の行った聖術師狩りとは異なり、正義として今でも各地で行われている。特別な資格無くして、魔術に関する書物や研究、それに携わる者は、どの国においても極刑に値する重罪犯だ。
「オリヴィエ、貴女まさか魔術に手出しをしていないでしょうね?」
「《大禍》と戦うには、取れるあらゆる手段を取るのがモットーですが、魔術は含まれませんわ。第一に《大禍》の危険性を増大させるリスク、第二に聖術と同じく魔術の素養もゼロだったこと、第三に魔術を定着させる手段」
秘匿された魔術を習得するための方法、それは自分の親族の血肉を取り込むこと。
親兄弟、さらには子まで、その命を取り込みながら継承の術式を行うことで、魔術を習得することができる。取り込む血肉は多ければ多いほど効果を発揮し、わずかなものでは微々たる力しか得られない。
ゆえに魔術師として使える水準に達するためには、親族殺しとなるしかない。
多くの場合、魔術師は子殺し・親殺しとなり、その血肉を取り込んだ。せめてもの罪悪感をやわらげるためか、錬金術を駆使して、ポーションや丸薬として、血を分けた者の命を食んだのである。
ある者は名誉欲から、ある者は使命感から、ある者は強制されて、魔術師となったのだ。その先に待ち受ける破滅を知らずに、自らを滅ぼす力を手にした。
「対抗手段の知識としては、魔術を学びましたけどね」
「絶対に正規の許可を取っていませんわよね? 魔術の知識を持つだけでも、共和国法及び国際法違反ですが……、わたくしは監視役だということ忘れていません? 全部、報告させていただきますわよ?」
「致し方ありません。アルトマンの屍を操った過程の説明、これから調べること、こちらの手札を伏せていたら話が進みませんもの。最悪の場合、時間切れでリグルット共和国が《大禍》の海に沈む可能性を考えれば、わたくしが国際指名手配されるリスクは負うしかありません」
「会った時から思っていたんですけど、なんでそんなに《大禍》と戦うですの? 自身の危険や犯罪者の烙印が押されるリスクを負ってまで、無能者の貴女が戦う理由がわかりません」
聖術師は生まれながらに《大禍》と戦うことが決定されていると言ってもいい。
職業選択の自由がある昨今においても、それは大家に属するか、個人で商売するかの違い程度であり、良くも悪くも《大禍》と戦うという道しかない。周囲からもそのように望まれ、それ以外の生き方は望まれない。
しかし、オリヴィエは違う。
彼女が《大禍》と戦う理由はない。
《大禍》に対抗する聖術を使えず、周囲からも望まれず、そういう生き方を求められない。たしかに多額の報酬は魅力的かもしれないが、それとてオリヴィエのような精霊術のエキスパートであれば、それだけでも《大禍》と戦うより、楽で安全な稼ぎ方はいくらでもあるに違いない。
だから「聖術しか取り柄のない」アンジュリーゼは問う。
何故?
「その問いには、一言で答えることは難しいですわね~。最初は意地とかでしたけど、今は誓いや約束でしょうか? まあもっと詳しく聞きたい場合は、わたくしの好感度を上げて、個別ルートに入ったらお話して差し上げますわ~」
「なによ、それ」
「モチベーションと手法についてでしたら心配なさらず、魔術師狩りも初めてではありませんから」
「その辺りは信頼したいところですが、ウィリックが入院している病院に向かう理由は? あの単細胞が魔術と関係あるとは思えないんですけど……」
警察署の件で、いろいろと説明した翌日、彼女たちはアルトマンの直弟子ウィリックの入院している病院に向かっていた。入院の原因となったのは、オリヴィエが的確に人体を破壊した所為であるが、お見舞いというわけでもあるまい。
「この国で、わたくしの精霊紋を模倣できる人物は限られていますし、その人物と接触があったかどうかだけ確認したいんですの」
オリヴィエはそう言うと同時に、そろそろ病院に到着すると運転手が告げた。
そして彼女は、自身の予想が当たっていたことを知る。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「ハンク、お前なぁ……、やらかしたのは俺なんだから、あの人と契約なんかする必要はなかったんだぜ?」
ヘルムタール家にある下位聖術師たちの宿舎。
第四階梯トール・サルヴァリンは一回り年下の少年に申し訳なさそうに言う。もっとも、長年の付き合いがなければ、あまり申し訳ないとは思ってなさそうな態度ではある。このあたりは聖術師たち全般の悪癖ともいえるかもしれない。
強者として生きねば、彼らは格を保てないと考えており、その態度はどうしても高慢、強情、上から目線という評価を受けてしまう。実際にその通りなことも多いのだが、その強弱を見極めるには、やはりそれなりの月日で付き合う必要がある。
「僕も賛成したんだから、責任を取らなくちゃ。それにオリヴィエさんは、言われているほど悪い人じゃないと思うよ」
ハンクは年相応の微笑みを浮かべる。
その微笑みは、先の説明通りのものが多い聖術師たちの中においても珍しい部類だ。
幼くして第五階梯という実力は、十分に天才の領域である。
ただし同世代でも大天才と称されるネリス――その周辺世代の高い実力者たちが名を上げているため、トールから見るとハンクは今一つ評価されていないようにも感じている。そのことにハンク自身は気にしていないようだが、トールとしては少しばかり悔しく思う。それを払拭しようとした結果が、オリヴィエとの契約となれば、彼としてはハンクに何を言われても恥じ入るほかはないのだが、ハンクは気にした様子もなく、それどころか自分にも否があると同じ代価を背負う選択をした。
その心づかいに、トールは深い感謝と謝罪の念を抱く。
「そういえば、あの人が事件調査をしていた警察署で、なんか騒ぎがあったみたいだぜ。聖炎使いアルトマンの亡骸が損壊されたとかで、上の間じゃまたオリヴィエ復讐陰謀説が浮上しているとか」
「へぇ、そうなんだ……」
「アルトマンの直弟子ウィリックが入院している病院にも向かったとかも聞いたけど、なんかあるんかな?」
「それって、いつの話?」
「ああ、俺が聞いたのは昨日だけど? どうしたんだ?」
トールの話を聞き、ハンクは顔を青くして呟く。
「ひょっとしたら、オリヴィエさんは……、いやでも疑うのは悪いよね」
「ハンク?」
「ごめん、僕もちょっと調べごとがあるから、今日は遅くなるかも」
「おい、ちょっと待てよ!」
ハンクはトールの静止を聞かずに、急いで宿舎の部屋に入ると、最低限の荷物だけを手にする。
そして少年は暗くなりつつある外に飛び出す。
事前に用意していた逃走経路。
計画の段階が進むにつれて、危険性が高くなっていくのは理解していたが、それでも聖術師が相手であれば欺けると思っていた。
だが、精霊術師オリヴィエ、彼女は何をするのかわからない。
最初の仕込みも破られ、その後の邪魔も次々と潰されている。
アルトマンに仕掛けた「死せる魔兵」の術式が破られ、ウィリックを調査するとなれば、自分が疑われるのは時間の問題だ。
そうなる前に一目散にヘルムタール家の敷地から外に出ようとし、そこで捕まった。
「久しぶりですわね。第五階梯聖術師ハンク・ヴォーロ。それとも魔術師ハンクといった方が良いですかしら?」
待ち構えていた精霊術師オリヴィエの姿に、ハンクはヘルムタール家の誰にも知られていない底冷えする眼差しを向ける。
正月の書き溜めはここまでになります。以降は土日の毎週投稿を目指したく思うので、引き続き楽しんでいただければ幸いです。




