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抱き枕は中古品でもよろしいでしょうか

掲載日:2025/12/17

めちゃくちゃダイジェスト感すごいです。

「……」


床に手をついて立ち上がり、眼前に広がる床の景色に俺は思わず無言になった。

正直一度も見たことのないような無数の白いストローを切ったような何か。

察するに、俺がソファーに飛び込んだ時、下にあった抱き枕の中身だ。

当の抱き枕はというと思いっきり抉られた裂け目が広がっている。

何に抉られたと考えるまもなく、ソファーの上のカッターナイフが視界に入った。

あれは親友に貸したものを返された時カバンに入れるのが面倒でポケットに入れたものである。

そしてそれに気づかないままダイブした体重で中身に圧力がかかりそれを逃すためにカッターナイフによる穴から出てきてしまったのだろう。

たった一つの不注意で俺はこんな惨状を招いてしまった。

俺は目を見開いたまま崩れ落ちた。


「あれ?こんな靴あったっけ?瑞浪朱鷺って書いてある......そういやお兄靴変えてた。てことはお兄もう帰ってるじゃん。またどっかで固まってるかなって思って探したのに」


しかし現実は非情でこの抱き枕の所有者である二つ下の妹の衣奈さまがお帰りになる。

苗字が瑞浪だからって西と東の市の名前を子供の名前にするのはセンスが酷すぎて脱いだはずの帽子が頭上に舞い戻ってきそうである。

ということは次がいれば豊太とかになるのか?

......親の性欲が暴走しなかったことがいかに幸運だったか思い知らされる。

そんなことは置いておいて俺は何も考えずに衣奈の前に飛び出して、ひれ伏した。


「うわぁぁ、あぁ、お、お兄ちゃんかびっくりした......なんで土下座?」


衣奈の声は少しずつ低くなっていった。

どう考えても失敗なのは分かり切っていたのに、体が勝手に動いてしまった。

いや、なぜかこうした方がいいように思ってしまった。

でも、こうなった以上は後に引くことができない。


「壊しました」


「へ?」


「お大事になさっていた抱き枕を壊してしまいました。申し訳ございません!」


「あ、あれね。かなり強度も弱ってたしもうそろそろ終わりかななんて思ってたんだけど早い事処分しなかったが故にお兄ちゃんがこうなっちゃったなぁ。どうしよ」


衣奈が呆けたような声を出す。

衣奈の反応は概ね予想通りだ。

ただ、俺はここでなーんちゃってとか言えるような人間ではない。

そう思って黙っていると衣奈が呆れた声でこちらに話しかけてきた。


「多分このまま許そうとしても無理だろうし、一応きいておくけどお兄ちゃんは何かどうしたいとかある?」


「私には特に何もございません。私自身が抱き枕の代わりとなることができれば良いのですが」


「あぁ、うん。もうそれでいい」


「はひ?」


またも何も考えずに適当なことを言うと、思わず聞き間違いを疑ってしまうような言葉が飛び込んできた。


「もうこうなった時のお兄ちゃんめんどくさいしそれでいいよ。さ、抱き枕になって」


どうやら衣奈は思考を放棄してしまったみたいだ。

そりゃ俺が一回しか選択をしていないと言うのに何回もハズレを引くという奇跡を起こしている訳だから仕方ない。

仕方ない、ここは俺が止めないといけない場面である。


......あれ?俺に拒否権無くね?

と言うわけで、なぜか妹の抱き枕となりましためでたしめでたし。
















「なんかお前の行動が意味不明すぎておもろいな。具体的には刃を出したままカッターを返した俺の責任を棚に上げられるレベル」


3年後、中3から高3になった俺はカッターを返した当の本人である住吉御影にこの話をしたらまあかなり普通のことを言われてしまった。

にしてもこいつの名前も地名から取ってきたはずなのに一段格好よく感じる。

そして、こいつの見た目も名前負けせずに格好いい。腹が立つ。


「仕方ねえだろ。あんだけ大切にしてきたんだから衣奈ももっと怒ってるだろうと思ってパニックになったんだよ」


「ここで仕方ないと言うにはお前の行動が変すぎると思うのだが......とりあえずお前が今この話をしたってことは何か理由があるんだよな」


「あぁ。これが三年前の出来事だ。そして、まだ抱き枕にされてる」


「へ?」


御影は間抜けな声を出して、少し時間軸を移動してから俺に背を向けて机を手のひらで叩いて一人で大爆笑していた。

まあ予想通りだ。こんなの部外者が聞いたら面白いに決まっている。


「い、いや、人の家族のことあんまり悪く言う気もないけど、絶対お前に染められて変な感じになってるだろ。と、というか新しい抱き枕買えよ。いつまで妹の抱き枕って立場に甘んじてるんだよ。あーまじでおもろい」


とはいえこいつももう少し男らしいやつだとは思っていたが全くそんなことなかったな。

ガチでうるさい。全部言ってる通りだからこそウザい。

ただ、俺にはそうも笑ってられない事情があるのだ。


「なんか抱き枕はいくら探しても同じのが見つからないんだよ。一回探したんだけどどこにも見当たらなかった。本題はそこじゃなくて、俺大学入ったら一人暮らししようと思ってるんだけど、このままだとそれを諦めるか、妹を連れて行くことになるんだ」


「あーなんかまだ面白さの片鱗は残ってるけど急に現実的な話になったな」


「というわけでせっかく責任を棚に上げていたところ悪いが、衣奈と同じ年の妹もいることですし、一人の責任ある者として助言を頼みます」


「責任ある者って普通行動する側な気もするけどまあいいか。正直うちの妹は俺のこと塾の教師みたいな微妙な扱い方するから全くもって参考にはならんし、当事者でもない俺にとって言えることは同じ抱き枕探せくらいなんだよな。なんかそれを買った時のことで覚えていることとかないか?」


「覚えてること......確か俺が小学校4年で衣奈が2年だった時の正月だったな。確か鉄道で隣町まで行って家族の俺以外の3人で店に入って俺は外で待ってて、散歩してたら足挫いた衣奈と同じくらいの少女を見つけて、確か自分たちと一緒に来てたから単純な興味でおぶって店の前まで一緒に来たな。あとお前もいた気がする」


「そんなお前が犯罪まがいのことしてた時に俺もいたのか......ん?お前がおぶった少女って当時眼鏡してたか?」


「え?確かにしてたな。お前知ってるのか?」


「じゃあ髪の毛はどうだった?なんか外に曲がってたりしなかったか?」


「そういえば見た目の年齢の割にはやたら曲がってて眼鏡も相まって異質な感じすごかったな。なんでそんなこときくんだ?」


「俺多分その少女のこと知ってる。今言ってもいいがなんか面白いからそのままで」


そう言って御影は俺の前から信じられないスピードで走り去って2つ下の学年がいる階へ降りていった。


その日の夜、俺は自分の家のソファーで本を読んでいると背中側から何かに滑り込まれ、腕と足でしっかりとホールドされた。

背中から感じるのは間違いなく衣奈の体だ。

別にこの状態自体が嫌なわけではない。

嫌なわけではないのだが、これを三年も続けている以上、辞めたら辞めたで変な感触がしばらくの間残るのだろう。

かといって、辞めないというわけにもいかないのだが、俺から辞めることはできない。

そして抱き枕が見つからないからなのかなんなのか衣奈も辞めてくれない。

正直これは笑っていられない問題なのだが、どうしても先延ばしにしてしまう。

どうすればいいのか考えていた時にふとこちらに視線が向けられていることに気づいた。

その方向を見ると、衣奈と同じくらいの女子がいて、なぜか目を逸らされてどこかに行ってしまった。

あの子は衣奈の友達なのだろうか、もし友達だとしたらこんな兄に抱きつく姿を見せるのは平気なのだろうかなどと邪推していると、俺の背後からその子に向けた声が聞こえた。


「そんな恥ずかしがらずにこっち来なよ」


衣奈がそう言うと、その子は下を見てゆっくりと歩いてきた。

下を向いていることで肩までかかった少し巻いた髪、その隙間から見える綺麗な顔になんだか見覚えがあった。

じっと観察していると、いきなりその子が口を開いた。


「えっとその、だ、抱きつかせてくださいっ!」


その瞬間、俺は未だ抱き枕になっていることを御影に話した時の御影のように時間軸を移動した。


「あの、お名前をお伺いしても?私は瑞浪朱鷺と言います。瑞浪衣奈の兄です」


「あぁ、あ、そうですよねいきなりすみません。住吉紗和乃って言います。衣奈ちゃんの一応友達って扱いでいいです。後住吉御影の妹です」


その言葉を聞いて、俺はさっき見覚えがあったことに合点がいった。

御影の妹ともなればどこかで見たことはあっただろうし、あいつともよく似ている。

にしても、神戸の住吉と大阪の住吉を混同するって言うのと兄の方はそのままの漢字で妹の方は漢字を変えるというのはどうかと思うが、まだセンスとしてはうちの親よりはだいぶマシだ。帽子が舞い戻ってくることはない、ちょっと浮くくらいだ。

もし次が生まれたら京都の住吉で大和とかになるのだろうか。

でも京都の住吉はだいぶ知名度は低いし、大和なんてつけられたらしんどい。


「あ、ちなみに衣奈ちゃんとは名前の話してたら仲良くなってました」


なんとこれを考えているのは衣奈も一緒だったとは驚きだ。

とにかく、この子......紗和乃ちゃんが元気と平静を取り戻してくれたようで何よりだ。

御影の妹と最初に話すのが気まずいままだったら後から面倒だからな。


「で、先ほどのは何だったのですか」


「え、えっと、良いです。忘れてくださ……」

「なんか昔抱きついたお兄の背中が忘れられないんだって」


衣奈さまも紗和乃さまが紗和乃さまご自身の恥部を隠そうとしたところを躊躇なくバラすなんてあまりにも無慈悲である。

まだ言ってることはよくわからないけれど思わず紗和乃さまに同情してしまいそうだ。

そして当の紗和乃さまはというと情けない声を出しながら俺が座っているソファーの横に真っ赤な顔を埋められております。

御影の妹であるという逆補正をなくしたとしたら犯罪を犯してしまうことを恐れて飛び退いてしまうくらいには可愛い。いや御影の妹でも犯罪は犯罪なんだが。


「ね、紗和乃ってすんごい可愛いよね」


そしてやっと俺の体から離れてソファーの逆側に移動した衣奈さまは全く罪悪感を覚えておられない。

もちろん俺の問いに答えただけだから別に悪いことは何もしていないのだが張り付いていたんだから耳打ちするなりもう少し方法はあったのではなかろうか。

しかしどう考えても視認できているであろう地雷を衣奈さまが盛大に爆破したことで動けなくなってしまった紗和乃さまを助けることが最優先事項である。


「えぇっと、どうしたら落ち着けるとかありますかね。僕の背中に抱きつけば落ちつけると言うなら別に構いませんけれども」


「な、忘れてって言ったじゃないですか、酷いです!衣奈じゃ信用できないのでお兄ちゃん呼んでください!お願いします」


あいつ塾の教師みたいに扱われてるって言ってたけど親友より信用されてるって相当じゃないか?

まああいつクッソ腹立つけど良い奴だし、こういう純粋そうな子に頼られるのはわからなくもないか。

なんて思いながら俺は御影に電話をかけた。


「はいもしもーし」


御影はまるで電話がかかってくることがわかっていたかのようにノーコールで電話に出て勢いよく返事をした。


「俺だ、オレオレ。ちょっとさっき女の子の地雷を妹が踏んづけちゃって」


「オレオレ詐欺しようとするんじゃねえよ。とりあえず事情は何となくわかったが、向かえば良いんだよな?」


やたらとノリが良い御影くん。もしこのノリで妹の前にいたとしたら......完全に塾講師だ。

イケメンでノリも性格も良いだいぶ若い塾講師、女子高生の人気は抜群だろう。


「ああ、頼む」


そう言って俺は電話を切った。


「患者はどこだ?」


そして、本来なら彼の家からは五分はかかるはずの所を御影は二分で到着しやがった。

絶対に呼ばれるのがわかっていたに決まっている。用意周到なやつである。


「こちらでございます」


そう言ってリビングのドアを開けて御影を誘導する。

すると、未だソファーの横に顔が埋まっている紗和乃さまがいらっしゃった。


「ねんぴーかんのんりきねんぴーかんのんりきねんぴーかん......」


何と観音経を四倍速で唱えなさっていた。

流石に四分の三を飛ばしたら意味がないと思う。

御影は手際よくポケットの中のウエットティッシュを取り出して紗和乃さまの首元に貼り付けた。


「ねんぴーかんのうわぁっ!観音様女の子の体冷やさないで!」


そして随分あほの子になっていた。

紗和乃さまがやってもこれは可愛いから許される。

御影がやってもイケメンの一つのキャラとして許される。

衣奈がやってもちゃんとギャグになるから許される。

つまり許されないのは俺だけ。何と無慈悲な。観音様助けて。


「大丈夫、観音様はそんなことしない。そんなことするのはお前の兄だ」


「あぁ、お兄か。衣奈に全部言われる前にもう全部説明してくれない?私ちょっと恥ずかしいから向こう行っとくし」


「随分と投げやりだな。まあ俺も悪い部分はあるしそこは許す。あっち行っとけ」


御影がそう言って、またすっかり元気と平静を失った紗和乃さまはこの場から消えていった。

御影はそれをしっかりと見届けて切り出した。


「では説明しようか。まず、お前がおぶっていった少女なんだが、どうやらあいつだったらしい」


冒頭から衝撃の一言を言われて俺は思わずたじろいだ。

見覚えがあるってのはただ単に御影の妹だからだけじゃなかったようだ。


「で、あいつはその時のお前の背中が忘れられなかったらしくてな、今でもその時のことを鮮明に覚えているらしい。背中フェチになって色んな人の背中を目で追うようになって、ずっと探していたところにお前が少女をおぶって行ったという話を聞いて俺はなぜかたまたま持っていたお前の背中が映り込んでいる写真をあいつに見せたら絶対にこの人だって言ったわけで、お前の妹にお前の家に連れて行ってもらった。無断でやらせたわけだけど、嫌だったとかないよな」


「いやまあそれはないんだが、どちらかといえばあの子の方が気になるんだが」


「多分今は8年探してた人が結構身近にいてパニックになっているだけだ。お前が心配するほどではない」


「まあじゃあ別に俺は何も......ん?」


別に普通の話をしていただけなのに、俺の頭の中には何かが引っ掛かった。


「どうした?」


御影が俺に心配したような視線を向けてくる。

おそらく彼には特に引っ掛かるようなことは何もないのだろう。

つまりこいつにはあまり関係なくて、俺には大いに関係あることだろう。

と言うことは......


「お前の妹はその時のことを鮮明に覚えているって言ったよな」


「あぁ」


「ってことは抱き枕を買った店も覚えてるんじゃないのか?」


「確かに、ちょっとあいつ呼んでくる」


そう言って御影は走ってドアを開けて、紗和乃さまを連れて戻ってきた。

俺はドアを閉めた紗和乃さまの綺麗なお顔のすぐ近くまで迫って尋ねた。


「僕があなたをおぶって下ろした時の場所覚えていませんか?位置関係とか何となくでも良いです」


紗和乃さまはピクリと固まった。

無理はない、目の前には俺の顔で、背後はドアだ。犯罪を疑われてもおかしくはない。

ただ、今の俺の状況ではそうも言っていられないのだ。


「えっ!?えっっと店の名前は覚えてないんですけど、たっ、確か駅から3、4分北に歩いたところにあるあっ、アーケード街の銀行と保険屋の間にあったと思います。そ、その、ちょっと近すぎると思います」


「あっすみません」


そう言って俺はドアから背を向けて自分のスマートフォンを取った。

背後に崩れ落ちる音が聞こえたが、そんなことは気にせずにその店を探す。

説明を聞く限りかなり真面目そうな店二つに挟まれる抱き枕を売っている店ということで想像するだけでも落差がすごいのだが、ストリートビューを使って見るとかなり痛々しいグッズを取り扱っているようで、あまりの落差にさっき聞こえたように俺も崩れ落ちてしまった。

そして地面に崩れ落ちたままその店のホームページを開くと、今日でこの店は営業を終了すると書いてあった。

商品一覧にはしっかりと同じサイズの抱き枕が表示されてある。

このチャンスを逃せばいつ同じ抱き枕が見つかるかわからない。

そう思うと、今日買いに行くしかなかった。


「御影、行くぞ!今からなら戻ってくる時も終電間に合うだろ」


「なんで俺?」


「俺一人だと職質受ける可能性があるからに決まってるだろ。夜中の俺なんてどんだけ怪しいと思ってんだよ!」


「何でそこ自覚あるんだよ」


そう呆れ声で愚痴をこぼしながらも全力疾走する俺に辛そうな顔せずついてきてくれた。

こういうところがイケメンで良い奴なんだよ。

そして、電車に乗って隣町で降りて再び走って息切れしながら店の中に入る。

受付のお姉さんは息切れしている俺らを見て言葉を失っていた。

お騒がせしたことに対する申し訳なさはあるものの、今はそんなこと気にしていられない。

俺は息切れしながら未だ何の言葉も発せていないお姉さんに尋ねた。


「商品紹介のページにあったこれってどこに置いてますか?」


「えっ、あっそれは一応18禁コーナーに置いてあるんですけど、大丈夫ですかね」


しまった18禁であるかどうかを確認するのを忘れていた。

一応18歳以上ではあるのだが、高校生である以上おそらく一般的にはアウトだろう。

受付のお姉さんもそれを察してくれたようだ。


「まあ正直うちはそこまで厳重なわけでもないですし、商品自体は未成年に売っても問題無いものなので売っても良いんですけど、あまり褒められた行為でも無いので、私が買ったことにしましょうか。現在残り2つで、買われる予定がないことを考えると2つとも買っていただきたいんですが、良いですよね?」


「はい。大丈夫です」


「では今めちゃくちゃ安くしてるので6000円になります」


そう言われて、俺が6000円を渡すと、自分でレジを打って持ってきてくれた。

話がわかる方でよかった。


「こちらになります。にしても、お二人はなぜこんなギリギリでこれを買いに来たんですか?」


「彼は関係ないんですけど、僕が妹に買ってあげないといけなくて」


そう言うと、受付のお姉さんはおもむろにどこか遠くを見つめ始めた。

なんかそんなに変なこと言ったんだろうか。


「ほ、本当にこれを渡すんですか?」


「はい、僕が三年前に壊しちゃって、全く同じものがこれしかなくて」


受付のお姉さんはずっと戸惑いの表情を浮かべている。


「いや確かにこのサイズのものはこれしかないですけど......というか三年もどうやってたんですか?」


「僕が抱き枕になってました」


「へ、へぇー。よくわかりました」


と受付のお姉さんは全くわかってなさそうな様子で棒読みな声で言ってそそくさとレジを去っていった。レジ去って大丈夫なのか?

そして御影はというとお姉さんの方に哀れみの視線を送っていた。

まあおそらくあのお姉さんはしょうもない下ネタが聞きたいんだと言うことは俺だってわかっているが、かといって事実がそれを許してくれないのだ。

そんなことがありながら、俺は両脇に抱き枕を抱えて外に出た。

しかしこの両脇の抱き枕というものがとてつもなく歩くのに邪魔である。

そして痛々しい視線も降り注がれている。

俺はそこまで気にしていなかったが、御影がすごい気にしていたようで、鬼の形相で俺にアドバイスをくれた。


「流石に両脇にそれ抱えて歩いてたら怪しさ満点だから俺は袋買ってくる。だからお前は駅地下の方に入って多分下にトイレがあるからそこに入れ。まだ終電までの時間は十分にあるはずだ」


そう言ってでかいビルの方に走って行った。

俺は御影の助言に従ってトイレへと歩いて行った。

そしてついに多目的トイレへと入ろうとした時に左腕を掴まれてそのままトイレの中へ引き摺り込まれた。


「お前か!トイレの中に体液をかけ続けた犯人は!」


何が起こったかわからないが、俺は今俺の左腕を掴んでいる警官含めて5人の警官に囲まれている。

腕を掴んでいる経験が続ける。


「現在体液が何日も続けてトイレの便器にかけられると言う事件が起こっていて、警察は捜査をしているのだが、単刀直入に言おう、お前だな」


「なっ何で僕が体液なんか便器にかけないといけないんですか?おかしいですよ!」


そう言った俺を俺の左腕を掴んだ警官は睨む。

なぜだかわからないが、かなり疑われているようだ。


「じゃあお前の脇に挟んでいるものはなんだ?どう考えても体液をかけるための道具だろう」


こいつらは何を言っているのだろうか。体液をかけるのにこんなもの必要ないだろう。


「意味がわからないですよ!大体毎日体液をかけるなんて健康に悪そうなこと僕がしてることにされてるんですか?」


俺がそう言うと、俺の左腕を掴んでいた警官は左腕を離して胸ぐらを掴み、さらに俺の顔に顔を近づけて睨んできた。

そして大声で叫んだ。


「じゃあ証拠でも出してみろよ!できないんならんな怪しい格好してやってないなんてほざいてんじゃねえよ!」


証拠を出せと言われてしまった。

正直こんな奴らの前でこんなことをしたいわけではないが、仕方あるまい。

そう思って、俺は自分の服の下に手を入れて、勢いよく引っ張り上げた。


「うわぁぁぁぁぁぁ何で脱ぐんだよ!」


そう悲鳴をあげながら周りの警官たちは自分の目を手で覆っていた。


「体液なんて血管と細胞の中しか通ってないんだから毎日かけたって言うんだったら傷だらけに決まってるでしょう。何でもクソもありませんよ。何なら下も脱ぎますか?」


そうやってズボンを下ろそうとした俺を警官は鬼の形相で止めに入った。


「いらねえよ、と言うかここは脱ぐ場所じゃねえよ!」


「何言ってるんですか、トイレを服脱がずに使うなんて意味わからないですよ」


「あ、あぁ確かにそうだな。時は......関係ないし今は服を脱ぐような状況じゃ......」


「証拠だせって言ったのは誰ですか?僕は傷口一つもない上半身を見せて証拠を出しただけですが」


反論しようとする警官を俺はすぐに遮った。

別に最後まで言わせてもよかったのだが腹が立ったが故のことだ。


「あぁそう言うことか。すまなかった。おそらく俺たちとお前には認識の齟齬が発生している。とりあえず今はどうしようもないから署に向かってくれ」


正直行く気はなかったのだが、さっきまで威圧的な態度をとっていた警官に土下座されては流石に申し訳なさが勝ってしまい、渋々行くことになった。

そしてかなり遅れて御影が到着した。


「あなたが住吉御影さんで合っていますか?」


俺を署まで連れて行った警官がそう問うと、俺の顔を見た御影が申し訳なさそうな顔をして言った。


「はい、合ってます。彼、瑞浪朱鷺はパニックになった時に多少なんてレベルじゃなくおかしくなるんですよ。本当にすみません」


その後、ちゃんと事件の説明をしてもらった。

どうやらこう言う刑事事件での体液とは基本的には生物学的な体液ではなく、精液のことを指すとのこと。

これを初めて知った俺に対して御影は思いっきりため息をついていた。

そして少し質問に答えたらもう俺の容疑は晴れたらしい。


「では、もう大丈夫ですのでお帰りください」


と警官は言うが、こんな夜中に未成年が長い距離歩いてもいいのだろうかと思い、


「あなたたちのせいで終電間に合わなくなったんですけど」


というと、御影含めてこの場にいる全員が苦笑した。

俺は至って真剣だと言うのに、失礼な奴らである。

そして、協議の結果パトカーで不健全な抱き枕を二つ抱えたまま俺の家まで送ってもらうことになった。

結局、帰ったのは日付が回った後だった。


「何でパトカーから出てきたのかわからないですけど、無事に帰ってこれたようで何よりです」


そう言って紗和乃さまは出迎えてくれた。

当の衣奈はソファーで絶賛熟睡中で、腹の上に買ってきた抱き枕を置いてやると、


「かんのんしゃまー」


なんて間抜けな寝言を喋っていた、なんだその不健全な観音様は。

そして安心してソファーに座り込もうとすると、後ろから抱きつかれた。


「衣奈が言ってたんです。『お兄抱き枕としてはうるさいからあげるよー』って。流石にそんな軽い感じで決めたら駄目だと思うので一応確認しておきたいんですけど、そっ、そのっ、いっ、良いですよね?」


小さいつと読点が多すぎておかしなことになっておられる。とても愛おしい。

許されないのは承知で観音様のお助けを信じて真似してみよう。


「えっ、あっ、まっ、まあ別に良いですよ」


そういった瞬間、俺の背中に小さな顔が埋まった。

もう観音経は唱えておられない。

恋愛要素があってコメディだからラブコメだ。そうだ、そうに決まってる。

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