魔王ちゃんと勇者の剣の話
マナス大陸の西方。
人類が生息する東側とは違い、魔素に汚染された大地では濃い魔力が空気中に満ちて、今日もうっすらと霧が大地を覆っていた。
そんなマナス大陸西方の中央付近に位置するのが、魔なる者達の王。
魔王が住まう城……魔王城である。
十二年ほど前までは魔王の城は漆黒の外壁を輝かせる立派な城であったが、今は見る影もなく、破壊された城の跡地の様であった。
しかし城の中からは、可愛らしい子供の声が響いてきていた。
「執事! 執事ぃ!」
「何ですか。お嬢様」
「魔王と呼ばぬか不届者! 余はすでに即位したのじゃぞ!」
天井が崩落した玉座の間では、成人男性の腰あたりまでしかない身長のちびっ子が腰に手を当てながら、真っ赤な玉座の上に立ち、叫んでいた。
そんなちびっ子に執事と呼ばれた老年の男性が近づき、親しさを通り越したやや上からの態度で少女に応える。
「左様でございますね、お嬢様」
「むきー!! 尊敬と畏怖のないダメ執事め!! まぁ良い! 余は寛大であるからな! それよりアレをやりたい!!」
幼女魔王様はぴょんと玉座から飛び降りると執事を見上げながら叫ぶ。
が、やはり執事は冷たく幼女魔王の言葉を切り捨てるのだった。
「ダメです」
「何も言っとらんのに!」
「どうせロクでもありません」
「そんなことないもん! まぁ聞け?」
「嫌です」
「即答!? 魔王ぞ!? 余、魔王ぞ!?」
「存じております。お嬢様」
魔王と執事のやり取りはどこまでも平行線であり、執事の顔色は少しも変わらない。
その様子に魔王の怒りは頂点に達し、さっさと話を進めるという選択肢を選ぶ事にした。
「あぁもう埒が明かぬ! 勝手にしゃべる!! アレじゃ。勇者にしか抜くことのできぬ剣、アレ、余もやりたい」
「これは想像を超えてきた」
「勇者だけずるいじゃろ!! 余も剣を抜いてみーたーいー!! 女神の加護がほーしーいー!!」
「なるほど、お嬢様はアホでいらっしゃる。魔王にご即位なされたのでは?」
「そう! 三日前にな! しかぁし! 魔王が勇者の剣を抜いてはならんという決まりもあるまい」
「ありませんが無理です」
約十二年程前に、魔王城を襲い、先代魔王を殺害したのは勇者である。
当然と言えば、当然の話であるが……そんな魔王の敵たる勇者の力を得ようなどという発言自体が無茶であり、執事は呆れて物が言えない状態であった。
しかし、幼女魔王の良いところは諦めないという所にある。
故に……。
「やーだー、やーだー! やーりーたーいー!! なので経験者にコツを聞くために前任の勇者をここに召喚してみようと思う」
「アホではなく行動力の伴ったアホでございましたか」
魔王は自らの感情が向かう方向へと全力で走る為に、地面を勢いよく踏みつけた。
これにより、魔王の足元に円形の魔法陣が現れそこから光が溢れだす。
本来であれば蘇生魔法というのは、聖職者にしか使う事が出来ないのだが、その様な制約など知らぬとばかりに魔王は蘇生魔法を行使し、一人の男をこの場に呼び出すのだった。
「あれッ!? ここは!? 魔王城!!?」
「お久しく。前勇者さま」
執事は忌々しい物を見たとばかりに顔をしかめながら魔王の前に立ち、戦う為の準備をする。
そして、勇者もまた十二年前に……いや、魔王との戦いで死した勇者にとっては一瞬前なのだが……魔王との戦いで魔王の隣に居た男を見つめ、闘気を全身に漲らせていった。
だが、そんな二人の一触即発の空気を弾き飛ばしたのは、この場に先代勇者を呼んだ者。魔王であった。
「こら! 下らぬ争いをしていないで! 魔王たる余に! 剣の在り処を教えんか!」
「魔王……だと? 嘘を吐くな」
「嘘ってなんじゃ! わらわはどこからどう見ても魔王じゃろうが!」
魔王は怒りながら先代勇者に言葉を投げつける。
「もう良い! すっとこどっこいめ! そんなことより! 勇者の剣について教えよ!」
「剣……? 何の剣だ」
「お主に聞いておるんじゃから! 勇者の剣に決まっておろうが!」
プンスカ! と地団太を踏みながら怒る幼女魔王に、先代勇者は少し戸惑った様な顔で幼女魔王を見据えた。
姿はまるで子供であり、言っている事も街の子供と大差ない。
頭に生えた角を除けば、おおよそ人間の子供と変わらない姿であった。
その姿に戸惑いつつも、勇者として気を抜かず幼女魔王に言葉をかける。
「どうして勇者の剣を求める」
「抜いてみたいからじゃ!」
「抜いてどうする」
「女神の加護が欲しいからじゃ!」
話にならない――!
先代勇者はどこか気持ちが遠くへと旅立ってゆくのを感じながら目を閉じた。
そして、しばらく思考の海で泳ぎ、フレッシュしてから再び現実へと帰還する。
「話にならないな」
「なんでじゃー!」
「女神様が魔王に力を貸すワケが無いだろう」
「え? 女神って勇者の剣をずっと見張っておるんか? 抜いた者に力を貸すのではなく? え? 女神って暇なんか?」
「そういう訳じゃない。剣を握ると女神様とお話が出来るんだ」
「へー。便利じゃのー。余もそういう魔導具作ろうかの」
「作ってどうするんですか? お嬢様」
「決まっとるじゃろ! 魔王の剣を作って、抜いた奴を魔王軍に勧誘するんじゃ!」
くふふ。最高のアイディアじゃろ。と両手で口を押さえながら笑う魔王に、先代勇者は隙だらけだと闘気を満たした手刀で振り下ろそうとした。
しかし、魔王がハッ! と顔を上げた事で、奇襲を中断する。
「駄目じゃー! この作戦駄目じゃー!」
「っ! どうしたんだ。魔王」
「余、知らん奴とお話するの怖いから……剣の向こう側でもお話出来んかもしれん……」
「いや、俺とは普通に話をしてるじゃないか」
「そりゃお主は勇者じゃなからな! 余をイジメたりはせんじゃろ? なっはっは!」
腰に手を当てながら高笑いをする魔王は、何とも情けない姿であったが、先代勇者は魔王を見ていて一つ思いついた事があった。
それは……魔王と勇者の終わらない因縁を終わらせる事が出来るのではないか。という思いつきだ。
魔王が聖職者しか使えない筈の蘇生魔法を使った所から、魔王の心が闇ではなく光の精神を持っている事が分かる。
そして、光の精神を持っているのであれば、魔王を闇の世界ではなく、光の世界へ導く事が出来るのでは無いか。という仮説を先代勇者は自らの中に作り出した。
可能性はあくまで可能性だ。
しかし、試してみる価値はあると先代勇者は考えていた。
何故なら、例え失敗したとしても失われるのは先代魔王との戦いで死した己だけであり、世界には何も影響が無いからだ。
だから……。
「魔王」
「なんじゃ! 勇者!」
「もしかしたら……抜ける様になるかもしれないな」
「なんと!?」
「ただし、その為には、お前が正しい心を持たねばならん」
「ただしい、こころぉ?」
何のこっちゃとばかりに首を傾げる魔王に先代勇者は笑みを浮かべる。
ここで、そんな物は無いときっぱり言う様であれば、先代勇者もこの魔王を処理しようとしただろうが……彼女はまだ何も知らないだけなのだ。
まだ、間に合う。
ここから先代勇者が正しき心。優しき心を教えてゆけば、彼女はきっと……。
「おっと。余計な事をお嬢様に吹き込まないで貰いましょうか! 前勇者!」
「……魔王軍四天王……! メギドボロス!」
「今はしがない執事です。そして……お嬢様を素晴らしい魔の道へと導く教師でもあります!」
先代勇者は執事と言葉をぶつけ合わせ、この場における敵。
人類の敵を正しく認識した。
魔王は矯正できる。人類と共に正しき道を歩む事が出来る。
執事さえ居なけらば!
勇者はここで執事を滅ぼす為に動こうとした。
執事さえ始末してしまえば、後はどうとでもなると考えたからだ。
しかし、勇者の剣を持たぬ先代勇者が強大な魔王を倒す事は難しい。
戦っても、相打ちが良い所だろう。
そうなってしまえば、次の執事が現れ……やはり彼女は魔の道に堕ちる。
そうなっては何の意味も無い。
だから……先代勇者はここで一つ素晴らしい一手を打つことにした。
一石二鳥の妙手である。
「魔王!」
「んー? なんじゃ」
「どうだ。今から勇者の剣を抜きに行ってみないか?」
「おぉー!? 良いのか!?」
「何を考えている! 前勇者!」
「ふっ、お前には関係ないだろう! どうだ。魔王。もしかしたらもう抜けるかもしれないぞ!」
「そうじゃな!」
「いけません! お嬢様!」
「勇者! 勇者の剣はどこじゃ!」
「ピリパの町の! 外れにある洞窟だ!」
「おー。では行ってみるとするかの! てーい!」
「お嬢様!」
執事の叫びも虚しく、魔王は勇者を蘇生させた時と同じように、床を小さな足で叩き、魔法陣を展開する。
そして、光を放つ魔法陣に導かれるまま……魔王城から遥か遠く、東方にあるピリパの町へと移動するのだった。
ピリパの町の外れに移動した魔王一行は、勇者の案内で町の近くにある洞窟の中へと向かった。
執事は全てが勇者の思惑通りに進んでゆく現状に苛立ちを感じながらも、何か逆転の手は無いかと考えるが、魔王の興味が完全に勇者の剣に向かっている現状ではそれも難しい。
しかし、必ず手はある筈だと、執事は静かに闇の中で魔王を見守るのだった。
そう。
先代魔王が先代勇者と相打ちになり、親友であり、最高の上司を失った執事は、必ずや人間に復讐してやると誓ったのだ。
その為に、魔王がかつて人との間に作った子の元へ行き、魔王の因子を与えて今代の魔王とした。
先代魔王の悲願を叶える為にも、己の復讐を達成する為にも。
執事はただ、昏い闇の中で復讐心を燃やし続ける。
「なんじゃー!? 無いではないか!」
「おかしいな。俺が死んだから、勇者の剣はここにあるハズなんだが」
「ハズじゃないわ! ハズで見つかったら苦労は無いんじゃ!」
「うぅむ」
先代勇者は魔王の言葉に悩み、考える。
ここに勇者の剣が無い理由は一つ思いつくのだが……まさかという様な考えもあった。
だが……。
「あぁ……なんだぁ。闇の気配がすると思ったらぁ~。ふふ。まさかもう会えるだなんて思わなかったよぉ」
「な、なんじゃ!? 何者じゃ!」
じゃりじゃりと、何か固い物を引きずる様な音を立てながら洞窟の入り口から何者かの声がする。
その声に、魔王は酷く怯えた様子を見せながら声を震わせた。
しかし、魔王が何者かと問うても、返ってくるのはクスクスと笑う様な声だけである。
「何者じゃ! と言うておるじゃろう!」
「ふふ。『エリスちゃん』は変わらないねぇ。怖がりでさ。いつも、私の後ろに隠れてたっけ」
「お、お主など知らん! 余は、知らん!」
「それは悲しぃなぁ~。あー。悲しい悲しい」
「はわ……はわわ」
ガリガリガリとおそらくは洞窟の壁に固い物を勢いよくこすりつけた様な音に、魔王は本格的に怯え始める。
そして、そんな魔王の前に……魔王と同じくらいの背丈の少女が現れた。
その手に、大きすぎる『勇者の剣』を持ちながら。
「私のこと、忘れちゃったのぉ? エリスちゃん」
「し、しらん……! お主の様な、人間など……余は知らん!」
「悲しいなぁ。あー。悲しい。悲しい。じゃあ今度は、私の名前忘れない様に体に刻んであげなきゃ」
「ひ、ひぃ……! な、なんじゃお主。狂っておるのか……!?」
「嫌だなぁ。自分の持ち物に、名前を書くのは大事でしょぉ? 盗られない様にさぁ。ふふ」
怪しく笑う少女に、魔王だけでなく先代勇者も緊張からゴクリと唾を飲んだ。
しかし、その少女の手に、先代勇者のよく知る剣が握られていたことで、先代勇者は少女に語りかける。
「き、君……! その剣は」
「え~? 剣~? あぁ。この剣はねぇ。ふふ。さっき抜いたんだよぉ。ほら、私、勇者になったから」
「は……」
まさかと思いながらも先代勇者は問うたが、返って来た答えは先代勇者の想像通りでありながら、理解の出来ない答えであった。
先代勇者の頭の中には、これほど禍々しい空気を纏う者が今代の勇者なのか。という驚きで満ちる。
「さぁ。勇者の力でエリスちゃんを救ってあげるよ。私がだいーすきだった時に戻してあげる」
「知らん! 知らん! お主なんて知らん!」
「えぇー。ひどいなぁ。ほら。湖に沈めた時に約束してくれたじゃない。私の物になるって誓ってくれたでしょ?」
「知らんと言うておるじゃろうに!」
知らないと言いつつも、自称勇者の少女と話しているだけで魔王の脳裏には湖へと魔王を突き飛ばし、陸へ上がろうとする魔王を棒で湖へと沈め、私のモノになると誓わないと死んじゃうよ~? などと脅しをかけてきた少女の姿が浮かんでいた。
記憶には無いが、体に刻み込まれたトラウマが蘇ったのだろう。
魔王は震えながら急いで転移の魔法を発動させた。
そして、これで逃げられると地面に広がった魔法陣と、自分達を空間の歪みから守る為にあらゆる干渉を防ぐ障壁が出来た事で安心して少女勇者を見やった。
しかし、次の瞬間、少女勇者は怒りに染まった目で魔王に向かって勇者の剣を投擲しており。
その剣はあらゆる干渉を防ぐ障壁を貫通し、魔王の角を僅かにかすめながら背後の壁に突き刺さったのだ。
「は……?」
「その角。次に会ったらへし折ってあげるね?」
「ひぇ」
魔王は言葉もなく立ち尽くしていたが、既に発動していた魔法は正確に魔王たちを魔王城へと導くのだった。
そして、魔王城へと戻って来た魔王はへなへなと座り込んで、目じりに涙を浮かべながら口をぱくぱくと動かしていた。
もはや見ているだけで哀れな姿であるが、勇者にも執事にも言える言葉はない。
そんな沈黙に支配された魔王城玉座の間で、ドカドカと荒々しく歩く足音が響き渡った。
そして、巨大な扉を開きながら、一匹の巨大な魔族が姿を現す。
「おぉ。新しい魔王が生まれたという話は本当だったか!」
「……」
「フン。しかし、小さな小娘の様だな。この俺! 最強の魔族であるギリア様に服従するのなら……」
「ぎ、ぎりあと言ったか?」
「ん? あ、あぁ」
巨大な魔族、ギリアの足にしがみつく魔王に、ギリアは少し戸惑いながら頷く。
そして、ウルウルと泣きそうな顔で自身を見上げる美少女魔王に、ドクリと心臓を跳ねさせるのだった。
「た、たのむ。勇者を、勇者の奴を殺してくれ……! たのむぅ」
ギリアに縋りついて泣きじゃくる姿は非常に情けない物であったが、ギリアは可愛らしい魔王に頼みごとをされるというシチュエーションに興奮しており、良いだろうと頷いた。
そして、ガハハと笑いながら魔王に約束をするのだった。
「良いだろう! 俺様が勇者を滅ぼしてやろう! ただし」
「本当か? 本当なんだな? ありがとう。ありがとう。ギリア」
「ふ、ふん。任せておけ。お前はゆるりと婚礼の準備でもしておくんだな!」
ギリアは大変気を良くして魔王城を後にした。
三日後。
魔王城に狂気の贈り物が届く。
その贈り物には手紙が一つ付いており、魔王はその手紙を見た瞬間、泣き叫びながら玉座の後ろに隠れてしまった。
『エリスちゃんへ。今日は勘違い豚野郎の首を贈ります。食べても美味しくないだろうけど。飾り物としてはそれなりかな。って感じだね』
『うん。それでね。この豚野郎が言うにはね。エリスちゃんは豚のお嫁さんになるんだって』
『許せないよね。許せないよ。うん。許せない』
『だから、身の程って奴を教えてあげました。動けなくしてさ。足の先のね。指から順番にすこーしずつ削ってあげたんだ』
『ぶひーぶひー鳴いててうるさかったから、静かにさせるのが大変だったなぁ』
『それでね。豚を解体しながら気づいたの』
『エリスちゃんの似合わない角も、先っぽからすこーしずつ削っていったら、愛する私の事を思い出すんじゃないかって』
『ふふ。素敵なアイディアでしょ?』
『今度会うのが楽しみだね』
「お嬢様」
「執事ぃ! 大陸全域から戦力を集めるんじゃ! あのイカレ勇者をこの世から完全に消し去るんじゃ! それしか余が生きる道はなぁい!」
必死に涙を流しながら魔王は訴える。
そんな姿をやや離れた場所から見つめていた先代勇者はため息を吐きながら、魔王の傍で行く末を見守る決断をした。
魔王はこの様な状況にあっても光の心を失っていない。
ならば……あの勇者さえ何とかすれば道は開けると。
そう決断し、魔王から借りた剣を握る。
しかし、先代勇者の決断がどうであれ、魔王の嘆きがどうであれ、執事の企みがどうであれ、勇者の狂気がどうであれ。
世界はこれから人魔大戦に突入してゆくことになる。
その戦いの果てに、人間と魔族は手を取り合い、荒れ果てた大陸を共に立て直してゆく事になるのだが……。
魔王がどうなったのか、その先を知る者は誰も居ないのであった。
Twitterでお友達の天狗さんに書いてみてって言われたので、書きましたー




