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姫は謎を解く  作者: 天野空音


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序章 探偵少女の秘密

 ここ天律国の宮城には、毎日のように色恋や陰謀、失踪や盗難、嫉妬や復讐の噂が飛び交っていた。

 

 しかし、その中にひときわ異彩を放つ噂があった。今年の春の中旬くらいから、いつのまにか広まった噂。

どんな厄介事でも解決してくれる不思議な場所がある――。

噂は小声で広がり、宦官も侍女も、時には下級女官までもが囁きあう。

 

 その場所は「白蓮の間」と呼ばれており、決まった刻限、夕刻の鐘が三度鳴るときにしか扉が開かないという。

 

 そこには一人の少女がいる。

 

 侍女の衣を身に纏いながら、誰の侍女でもない。名は蘭雪と名乗り、淡い微笑みを浮かべ、優しい声で依頼の内容を聞くだけ。


 そして、三日後には必ず問題が解決している――と依頼人たちは言うのだ。

 

「白蓮の間」は、宮廷の人々にとって救いであり、また恐れでもあった。

 

なぜなら、彼女がどこまで知っているのか、そして何者なのか、誰も知らないからだ。


 ***


「蘭玲様、お茶でございます」


 そう言い、杯を差し出すのは蘭玲の侍女頭である、鈴雪。

 にこやかに微笑みを浮かべて、杯を受け取るのは国の五柱と呼ばれる五大家の中の直轄市と自治区の観察管理を司る金家の姫である蘭玲。齢十五歳で、豊かな黒髪に美しく輝く紫色がかかった瞳と白磁のようなきめ細かい肌。長いまつ毛を伏せて、鈴雪の方を向く。


「ありがとうございます、鈴雪」


 そしてゆっくりと口に含む。


「相変わらず、鈴雪が選ぶお茶はとてもいいですね」


 鈴雪は柔らかい微笑みを浮かべて、一礼する。


「お褒めいただけて、嬉しい限りでございます、蘭玲様」

「ふふっ、そうですか?」


 蘭玲はふと窓の外を見つめる。遠くの方で侍女女官達の忙しなく動いている。今日の明桜宮は騒がしい。


「あら?…鈴雪。今日の明桜宮は騒がしいですね」

「そうですね、明日から夏の始まりですからね」

「明日…鈴雪。予定があったかしら?」

「いえ、特にないと思います」

「そうですか、なら今日はあそこにいけますね」


 ここは明桜宮。外廷と内廷の中間に位置し、普段は宴会用の宮として使われているが、妃選抜のさいには、姫達が居住する為の宮として使われる。

 

 この妃選抜という制度ができたのはおよそ千年前の事。天律国という新しい国が建国された。当然「女の園」と呼ばれた華やかな後宮には、沢山の妃達が住んでいた。そして、後宮は果てなく広がり、妃たちは権力と嫉妬の渦に沈んだ。

 

 そこで当時の皇帝は異例な制度を作った。

 

「この国の皇后と四夫人は、この国にもっと貢献している五大家の姫達から、もっと国母に相応しい者を選抜し妃として迎え入れる、そして高官や役人、商家の娘達からなる九嬪も選抜するように」

 

と宣言した。すなわち、妃の位は皇后・四夫人・九嬪しか認めないと言う事だ。

 

 妃選抜の時期は位によって大きく異なる、皇后・四夫人候補の場合は四月一日から一年間、明桜宮で過ごし、三月二十九日から三日間に及ぶ最終試験を受ける。しかし九嬪候補の場合は少し違う。九嬪候補は最後の一ヶ月を明桜宮で過ごし、皇后・四夫人の選抜と合同で最終試験を受ける。

 

 この制度の下で、姫たちはただの「華やかな存在」ではなく、国を背負う存在として宮城に集められるのだ。


 今代の皇帝である、景耀帝が今年で齢四十三となり、まだ皇帝としても君臨できる年齢だが景耀帝は退位を考えているという事で、彼の息子である皇太子、天佑の妃選抜が行われる事になった。

 蘭玲もその為に来ているのである。


(…なんでこんな面倒な事を決めたのでしょう…昔の皇帝は馬鹿かな?)


 平然と「国の太陽」である皇帝を愚弄する蘭玲。

 蘭玲には、この決まりがよく分からない。これは超絶の近親婚の繰り返しのような気がする。昔は妃の管理が厳しく、そんな事を誰も考えていなかったのだろう。


 蘭玲は杯を机に置き、立ち上がる。鈴雪がそっと杯を下げる。


「蘭玲様、もう少しで夕刻の鐘がなります。参りますか?」

「ええ、鈴雪。それと麗珠と明明を呼んで、頂戴」

「分かりました、蘭玲様」

「私は、お化粧を終わらせておきますね」


 麗珠と明明は数少ない蘭玲付きの侍女である。侍女頭である鈴雪を含めるとたったの三人しかいない。


 鈴雪はその場で一礼をして、侍女達を呼びに出て行く。


「退出、失礼いたします。蘭玲様」


 蘭玲はひらひらと手を振る。


(私の侍女は少人数体制…しかし鈴雪達はよく働いてくれますね…)


 普通侍女というのは上級、中級、下級に分けられているものだが、蘭玲の叔母にあたる金家出身の妃で四夫人の中の二位である淑妃は、蘭玲はしっかり者だからと、淑妃付きの中級侍女であったこの二人だけ十分だと思ったらしい。侍女頭の鈴雪は家から連れてきたので、合わせて三人だけ異例過ぎる待遇に少しの間噂になった。


(叔母様…こっちは上手くいけてますよ…あ、お化粧しなくては)


 蘭玲は鏡台に座り、己の顔に化粧を施す。

 手元の筆を握った。自分の白磁のような肌に、ほんのり影を落として少し暗めに整える。小さな鼻にはそっとそばかすを描き足し、まるで幼い日の自分を呼び起こすかのように微笑む。

 最後に小さな唇に紅を引き、指先で軽くぼかすと──鏡の中の少女は、表の顔の蘭玲ではなく、裏の顔「蘭雪」として微笑んでいた。


「…楽しみだわ…謎を解き明かすことは」


 蘭玲が鏡の前で「蘭雪」としての顔を完成させると、扉の軋む音とともに侍女たちが部屋に入ってきた。蘭玲は鏡台から立ち上がり、微笑みを浮かべる。


「来たのね、麗珠、明明。鈴雪、ありがとうございます」


 鈴雪は一礼をする。麗珠と明明は顔を見合わせて笑う。彼女達は蘭玲の心強い味方だ。


「はい、蘭玲様」


 鈴雪は柔らかい笑みを浮かべる、麗珠と明明も微笑みを浮かべている。蘭玲は淡く微笑みながら、侍女の衣に着替えて部屋の扉の前に立つ。


「じゃあ、三人とも、留守を頼みますよ」


 そう言って蘭玲は出ていく。


 ***

 

 明桜宮の中で、一番端にある部屋「白蓮の間」の扉の前には、ある侍女の影があった。周りをキョロキョロと見て、右往左往をして扉の周りを行ったり来たりしている。


 彼女の名前は慧芳といった。五大家の王家の姫付き、名ばかりかも知れないが一応、上級侍女である。

 

 王家とは北にある、天律国最大の港町、海寧を中心に治めている。北から名前を取り、通称北領を治めており、外交官長を担う家。そして一族は誇り高い性格であり玉華ももれなく性格がきつい事で有名だ。


 王家の姫、玉華は強さと権力こそが自分の価値を映す鏡だと信じ、あらゆる力を振りかざす。

 だが、顔が良い者や地位の高い者には、途端に声を変え、甘く媚びる術も心得ている。玉華はとくにこれといった特技もなく無芸無才と人々から嘲笑の的である。

 だからなのか「毒蓮の姫」と呼ばれている。

 

 恐ろしい自分の主人を思い出し、慧芳は小さな手を握りしめ、扉の前で息を整える。

 

(…本当にここで会えるのかしら…?)

 

何度も後ろを振り返り、周囲に誰もいないことを確認する。

 

 庭を渡る柔らかな夕風が、彼女の頬に触れた。

 胸の奥がざわつき、足が少し震える。

 噂の「白蓮の間」に入れること――そして、あの蘭雪に会えること――を考えると、期待と不安が入り混じる。

 

 カーン……カーン……カーン……

 

 夕刻を告げる鐘が三度鳴り響き、窓から灯がともったのを見た。微かに香が焚かれているのか、窓から煙が揺れていた。


 慧芳は息を整えて、扉を開ける。

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