アンタ、主役だよ!
「ではここで、ご友人代表のスピーチです。沙和様、よろしくお願いいたします!」
司会の声と同時に、拍手が起こる。私は席を立ち、すっと背筋を伸ばす。心臓はドラムロール並みに鳴っていたけれど、今日だけは主役を譲るわけにはいかない。
だって――あいつの親友だからね。
マイクの前に立つと、まずは深呼吸。そして、ちょっとだけ間を取ってから、第一声。
「皆さん、どうもこんにちは! 本日は、沙有里の“親友代表”としてお時間をいただきました、沙和と申します。よろしくお願いします!」
一礼すると、会場の空気がふわっと和んだのを感じた。よし、のった。
「さて、スピーチって、たいてい“泣かせにくる”って相場が決まってますけど――すみません、私、そういうの無理なんです。沙有里とは泣くような話、ほとんどしてきてないんで!」
会場にクスクスと笑いが広がる。狙い通り。
「私たち、出会ったのは高校の演劇部。第一印象? “あ、この子、たぶんめちゃくちゃ根が真面目だな”って思いました。でも次の瞬間、部活説明会で“台本読みたい人ー!”って声に、手を挙げたの私だけで。沈黙。で、その沈黙を破って『あ、私もやります!』って手を挙げてくれたのが、沙有里でした」
うんうんと頷いてくれる人もいる。本人はすでに笑ってる。
「それがきっかけで、気がつけばいつも隣にいた。配役でも、一緒にオーディション落ちたし、一緒に主役も勝ち取った。演劇って、人生と一緒で、“相手を信じないと成り立たない”んです。で、その相棒が沙有里だったのは、本当にラッキーだったと思います」
ここで一息、笑顔で会場を見渡す。
「でもですね、皆さん。ここだけは言わせてください。沙有里、めちゃくちゃ“努力型”です。台詞の覚えも早いし、反応もいい。でも、実は家でひたすら自主練してるんです。台本真っ黒ですから。いやもう、勉強かってくらいの書き込み。ホッチキスでページ増えてる台本、あれ誰が持ってると思います? 新婦ですよ!」
笑いが起こる。ご両親も微笑んでくれていた。
「でも、そんな沙有里が、ついに今日、人生の共演者を選んだわけです。ねえ、新郎さん――この人、全力で愛したら、全力で返してくる人ですよ? うっかり中途半端な愛し方したら、演劇部仕込みの“無言の圧”が飛んでくるかもしれませんからね! お気をつけて!」
笑いが広がる。新郎は吹き出しそうになりながらも、うなずいていた。よし、いいリアクション!
「でも、本当に真面目な話。私が何かに迷ったとき、いつも背中を押してくれたのは沙有里でした。私がミスして落ち込んでたとき、『お客さん、そこまで見てないよ』って言ってくれた一言、今でも大事にしてます。たぶん今日も、緊張してる私に向かって、心の中で『滑っても大丈夫、会場あったかいから』って言ってくれてると思います。……言ってない? いや、絶対言ってる(笑)」
もう一度、笑いの波。そして、声のトーンを少しだけ落とす。
「そんな沙有里。どこに行っても、誰といても、あなたらしく、あなたの舞台を生きてください。泣けるようなエンディングじゃなくていい。あのときの私たちみたいに、スポットライトを浴びながら、誇らしく、ちょっとだけドヤ顔で、カーテンコールを迎えてください」
そして、最後に――最高のセリフで締める。
「では改めて、今日という記念すべき“人生初日”に、心からの拍手を送ります。
――沙有里、アンタ、主役だよ! お幸せに!!」
マイクを離した瞬間、会場に「おーーっ!!」という歓声と拍手。
誰かが口笛を吹き、何人かがスタンディング。
沙有里が泣きながら笑っていた。
これが、私たちのカーテンコールだ。