09.子どもと大人
彼らと自己紹介したところで、盛大な腹の音が割って入った。さくらの正面からぐー、と鳴ったかと思うと、隣からもぐう、と音がした。
鳴らした伊予利と涼太は互いに気まずそうな顔をしていたが、他は間が抜けたようだった。夕飯時だから仕方ない。何となくご飯やお茶を出してしまったのは、もう癖だった。
さくらは知らなかったが、紅一がさくらを診療所から抱えて帰る時、伊予利と会っていたそうだ。それで伊予利は自分の身に起きたことが夢じゃないと思い、さくらに会いに来たという。
さくらはてっきり、本の中の伊予利は未来の伊予利だとばかり思っていたのだが、伊予利からすると、夢で未来の擬似体験をしていた感覚らしい。
本の中の伊予利にさくらが干渉したことで、伊予利が本の中に呼ばれて、さくらはあれだけ疲れたのだろうか。なら、干渉さえしなければさくらはエネルギーを消費しないということになる。あれ以降、さくらは本の中に入っていないが、試す価値はありそうだ。
「動けない感じとか、声が出ない感覚とかがすごいリアルで、でも目が覚めたら自分の部屋だったから、あ、夢かってなったけど、あの日、さくらちゃんを見た瞬間、夢じゃないんだって思った」
突然訪ねてごめん、と伊予利は深く頭を下げた。
「……来た理由はわかったけど、さくらにまた同じことをさせる気?」
横で話を聞いていた夕が、じっと伊予利を見る。
何がどうしてそうなったのかまでは理解出来なくとも、ぐったりとしたさくらを知っている夕たちからしたら、さくらに同じことをさせるわけがなかった。
「いや、」
「そうだって言ったら?」
伊予利の言葉を遮るように、司が言う。
「おい」
「九月十二日」
「? 何言って、」
「俺たちが修学旅行に行く日だ」
司の目が真っ直ぐにさくらを見た。
「もうすぐ七月が終わる。九月まできっとあっという間だ。もし、こいつが言うようなことが本当に起きるなら、俺は詳しく知りたい」
それは、伊予利には言えないことだ。伊予利の未来とさくらの未来は本来関係ない。偶然夢で繋がっただけだ。
それをさくらの都合も考えず、自分の命に関わることだから協力してほしいなんて、言えるわけがなかった。さくらには何のメリットもないのだから尚更だ。
「…………」
黙って司を見つめ返しているさくらからは、何の感情も読み取れない。
「何が知りたいんだ?」
気まずい沈黙が、低い声に破られる。
紅一が廊下側に立って、司と伊予利を見ていた。
「紅一!」
ぱっと明るい顔で涼太が紅一に駆け寄れば、後ろに明もいたようだ。
「あき兄も!」
子どもたちが安心したように口々にお帰りと口にする。
さくらも司から顔をそらし、紅一に声を掛けた。
「紅一さん、お帰りなさい。明さんも」
「ただいま」
「お邪魔してます。……それで、彼らは?」
鋭くはないものの、涼しげな明の目が伊予利と司に向けられる。
紅一も明も、威圧的ではないのに、声を出すのを戸惑わせるような雰囲気があった。
「あ、えっと、こんにちは。俺は名倉伊予利です」
伊藤さんとは二度目まして、ですね、と伊予利が紅一に声をかける。
「新國司です」
二人とも緊張した面持ちだ。
これは長くなるかな、とさくらは思ったが、二人の話を聞いた紅一と明は、目配せしたかと思うと、紅一が携帯を取り出し、何処かに連絡をしはじめた。
それを見てさくらは、本の中の明がしていた内容を思い出す。
オルクの社員には権限がある。部署によってその権限の幅は異なるが、紅一と明はその中でも特に広く権限の行使ができる部署だ。
さくらの考えが正しければ、今回のことはこれで大丈夫だろう。伊予利たちが訪ねて来たのは想定外だったが、何とかなりそうだ。
「あの、何処に連絡してるんですか?」
内心ほっとしたさくらと違い、何をしているのか想像がつかない伊予利は、おそるおそる明に尋ねた。
「公安委員会ですよ」
何てことないように言う明に伊予利と司は目を丸くする。
「え?!」
「は!?」
伊予利も司も、公安委員会が何をやっているのかは知らなくとも、聞いたことくらいはあった。確か警察でも上の方じゃなかったか。
え、何故?
意味がわからず、二人は顔を見合わせた。
どちらもわからないため、首をかしげるしかない。
隼人たちも不思議そうにしている。
「交通規制は公安委員会が決定しているんです。あらかじめ伝えて規制してしまえば事故の心配もないでしょう?」
つまり、修学旅行時の走行ルートに規制をかけて、事故が起こる予定の道をそもそも通れなくするということだ。
だからって直接連絡取れるってどういうこと? と伊予利も司も呆気にとられていた。
え、何? 何者?
いや、わかんないけど、え、すごい。
言葉はなくとも顔が語っている。
会話の流れで、紅一が何かすごいことをしているのを感じとった涼太は感心しているが、隼人と夕は少しだけ引いたような顔をした。
「……権力」
「いや、うん。すごいんだけど、ね」
「何で二人ともそんな顔するんだよ。解決するなら良いことだろ?」
「そうなんだけど、……うん」
「まあ、そうだな」
「だろ?」
そうこうしている間に紅一は話し終えたらしい。
「どうでしたか?」
「高校に連絡して、バスを出す旅行会社を特定後、ルートを確認して規制するそうだ」
「他は?」
「トラックと運転手がわからないからな、後は日程をずらすことを高校側に提案するくらいだ。それも向こうが連絡時に一緒に伝えると言っていた」
「だそうですよ」
大人ってすごいな。
高校生二人はそんなことを思った。




