05.幕間
伊予利はとにかく必死だった。
エスパーのエピトと診断された伊予利に出来るのは、物を移動させること。机から落ちた消しゴムを机に移動させたり、体育館の天井に挟まったボールを手元に移動させたりと、ちょっとした移動だ。自分を移動させようとしたこともあったが、とにかく眠くなってしまい、無理なんだなと諦めた。
そんな、出来ても別に凄いというほどでもなく、まあ、ちょっと便利かな程度で毎日を過ごしていた。
修学旅行中のバスの中、トラックの荷台で影が出来、窓に目線をやるまで、本当にそう思っていた。
言葉を出すのも忘れ、トラックにバスがぶつかって来た瞬間、伊予利は考えるよりも先にトラックとバスを移動させた。とにかく無我夢中だった。
正直、本当に移動出来たかどうか、わからなかった。バスの中が喧騒で包まれる中、伊予利は急激な眠気に逆らえず、意識を手放したからだ。
ふと、意識が浮上した時、伊予利は右も左も、上も下もわからない場所にいた。体は動かず、声も出ない。時折、誰かの声が遠くに聞こえた気もしたが、本当に小さく、頭の中の自分の声が、誰かの声だと思いたかったのかもしれない。
考える時間だけがあった。
朝なのか夜なのか。あの後どうなったのか。本当はもう、ここは死後の世界ではないのか。
ぐるぐるとぐるぐると、頭の中でどれだけ考え、どれだけ騒ぎ立てたか。伊予利は気がおかしくなりそうだった。
だから、ぴくりと自身の指先が動いた瞬間、迷わず身体中にこれでもかと力を入れた。目の前に垂らされた糸をむんずと掴み、引っ張るように自分の身体を移動させた。
「触りますね」
まだ幼い、女の子の声がはっきりと伊予利の耳に届いた。
手から身体全体に、満たされるような感覚があった。ほっとして、深く息を吸いたくなった瞬間、伊予利は目を覚ました。
目蓋を何度も開け閉めして、右へ左へ動かせば、頭もぐらぐら動き、解放感でいっぱいになる。
そして、左側に佇む少女があの声の子だろう。多分、この子がいなければ、伊予利はいまだに目を覚ませていなかった確信があった。とにかく感謝を伝えたかった。
「、みが、……、く、……ん……ね。……とう」
君が起こしてくれたんだよね。ありがとう。
そう言ったつもりだったが、声が上手く出なかった。
もう一度と思い、身体を動かせば、伊予利の左手が幼い手を掴んだままになっていた。
「ごめん」
今度は言えたが、どうにも格好がつかなかった。




