14.水と青と雷と
小学生になる前のこと、二つ上の兄が水泳を習っていたから、同じ曜日、同じ時間に自分も習うことになった。
はじめはよくわからなかったが、深く潜れるようになり、長く泳げるようになって、もっと泳げるようになりたいと思った。小学校に通うようになって、夏に水泳の時間があるのを知った時は、春や秋もあればいいのにと思った。中学に上がってもそれは変わらず、気付けば随分と、水泳が好きになっていた。
「リモコン取って」
少し手を伸ばせば届く、テレビのリモコンを催促してくる兄にため息を吐く。
「そのくらい自分で取ればいいのに」
「近くにいるんだからいいだろ」
「しょうがないな、はい」
テレビのリモコンを渡す際、兄の手と自分の手が触れた瞬間、バチッと火花が散る。
「いたっ、……静電気か? というか、手、大丈夫か?」
「うん、僕は何ともないけど……」
「なんだったんだ?」と首を傾げながら床に落ちたリモコンを拾う兄の赤くなった指先と違い、自分の手に変化はなく、戸惑いが生じる。
その後、リモコンを落とした音を聞いた母がどうしたのかと来たから説明したら、普段おっとりしているのが嘘のように、バッグと上着を持った母に兄も自分も車に乗せられていた。
「えっ」
兄と声が重なった。
「? あ、トイレ行きたかった?」
車のエンジンをすでにかけている母にバックミラー越しに目線を向けられ、首を振る。
「ううん、トイレは大丈夫だけど、」
「診療所までならそんなに時間掛からないから、トイレは着いたら行ってね」
「いや、だから、トイレは大丈夫だって」
今度は兄が言うが、母は聞いているのかいないのか、微妙に噛み合わない、いつも通りの母の様子に兄も自分も肩の力が抜けた。同時に、母のエピトは強化だったことを思い出す。
……まさかな。
ふと過った考えに頭を振るう。
「電気のエピトですね」
兄の手を診てもらった後、自分も診てもらうことになった結果がそれだった。
「でも、今までエピトは何もなかったんですけど、」
戸惑って、引きつったような声が自分の口から出た。
ふむ、とこちらの様子を見てから、過去の健康診断のデータだか何だかに先生は目を通すと、落ち着かせるような口調で、ゆっくりと口を開いた。
「そうですね、記録では今までなしとっています。……ただ、誰がいつ、何故そのエピトになるかは、いまだにわかっていません。早ければ生まれてすぐですが、三十代や五十代といった年齢になってからエピトの診断が出る方もいます」
「そう、ですか……」
電気のエピト。
指先に意識を向ければ、パチパチと小さく電気が弾けた気がして手を振れば、先生に止められる。
「動かすと余計に電気が溜まって弾けることがあるので、コントロールできるまで、両手首にはブレスレットを着けてください」
渡されたのはシンプルな藍色のブレスレットで、形は違うが、学校でも着けてる生徒や先生を見たことがあった。
「絶対ではないですが、電気を帯びるのを防いだり、電気を溜める前に逃がしたりする効果があります。防水なので、お風呂でも着けたままで大丈夫ですよ」
「……水泳」
「うん?」
よく聞き取れなかったのか先生が首を傾げる。
「あの、水泳は、大丈夫ですか?」
そう言った瞬間、先生は少しだけ目を見開き、眉を下げた。
「残念ですが、電気と毒のエピトの場合、水泳や温泉といった、他の人に影響を与える可能性があるものは利用しないよう決められています。勿論、貸し切りなら可能ですが、感電事故や毒水事件といったこともあっての対策です」
感電事故も毒水事件も知らないが、何となく想像はできた。
通ってる中学校に水泳部はなかったから、高校は水泳部のあるところに行きたかった。
私立だと学費も高いこともあり、県立で探したら学力の高いところだったけど、学校説明会で見学して、波打つ水面を見た時にそこにしようと決めた。
数学は兄に教えてもらい、他は自分で繰り返し問題と闘った。わからないことにつまずきながらも、合格ラインに立てるよう勉強していた矢先のことだったのだ。
水泳が好きだ。ただ、身を任せて浮かぶのも、潜って見上げる景色も、飛び込む前の一瞬のあの瞬間も、全部。
バチンッと自分の気持ちと呼応するように、ブレスレットを着けた指先から、電気が弾けた。




